第11変 勝ち目なしの負けられない戦い③

 そして、早くもテストの日になる。

 大変なこともあったが、毎日勉強してきたおかげで晴翔は随分、問題を理解できるようになった。


「いよいよだな」

「そうだね。こんなにテストで緊張することなんて初めてだよ」


 晴翔は緊張しているからか、そわそわしている。


「落ち着け。今まで勉強してきたんだ。きっと、大丈夫だろ」


 晴翔は頷くと、深呼吸をする。


「よし! 今まで勉強してきたんだ。裕と卓球をするために頑張るぞ」

「朝から騒がしいですね」


 後ろを振り向くと、久保がいた。


「どうやら、裕様と一緒に勉強したとか」

「そうさ。裕と毎日勉強して……」

「ま、毎日!?」


 何故か動揺している久保をお構いなしに、晴翔は話を続ける。


「毎日一緒に勉強してきたからこそ、絶対に勝つよ!」

「……凄い自信ですね」

「当たり前さ。死ぬほど勉強したからね」

「死ぬほどは大袈裟かもしれないが、まあ、凄い勉強してたな」

「あの津久井がそんなに勉強するなんて」


 驚く久保を見て、晴翔は勝ち誇ったような顔をする。

 まだ、何一つ久保に勝ってないけどな。

 そんな晴翔に久保はイラっとしたのか、


「まあ、それでも私に勝てるとは限りませんけどね。


 久保は微笑みながら言う。恐ろしい。

 そして、テストが始まった。



 数日後、テストが返ってくる。


「やったよ! 裕!」


 教室中に晴翔の声が響き渡る。


「お、落ち着け」

「……! すまない、大声出して」

「そ、それで、どうだったんだ」

「こんな点数今まで取ったことがないよ!」

「おー、すごいな。何点だったんだ?」

「それは秘密さ。テストの点は、テストが全部返ってきたら言う約束だろう?」

「そうだったな」

「ふふ、楽しみにしといてくれ。きっと僕のテストを見て驚くはずさ」


 そして、一週間経つと全てのテストが返ってきた。


「やっとこの日がきましたね」

「そうだね。勝っても負けても文句なしさ」


 空気がピリピリしてきた。久保と晴翔はよっぽど自信があるのだろう。その証拠に二人から物凄い自信を感じる。


「じゃあ、早速始めましょうか」

「最初は国語からでどうだい?」

「良いですよ」


 二人はカバンから答案用紙を取り出す。


「せーの」


 久保が100点、晴翔は75点だった。


「ひゃ、ひゃくてん……」

「やっぱり100点か。流石だな。それに、晴翔もめちゃくちゃ凄いぞ。よく頑張った」

「まさか、津久井がこんな点数を取るなんて……」


 久保が驚く気持ちも分かる。晴翔が70点台を取るなんて奇跡なようなものだ。しかし、晴翔は落ち込んでいた。


「でも、花織には勝てなかった……」

「ま、まだ四教科もあるだろ」


 その言葉を聞き、晴翔の顔はたちまち明るくなる。


「そうだね。残りの教科で花織に勝ってみるよ! ははは!」

「立ち直りが早いですね……」

「それが、晴翔だからな」

「それじゃあ、次は数学、英語、理科を一気に出そうじゃないか」


 いきなり三教科も出すのか。


「分かりました。それじゃあ……」

「「せーの」」


 二人が一気にテストを出す。


「おお……」


 そのテストを見て、思わず声が出てしまった。

 久保は数学、英語、理科の順で100、100、100。晴翔は同じ順で79、82、76だった。


「う、全部100点……。自信があったのに……」

「津久井が社会以外で82点なんて!?」

「奇跡だ。凄いじゃないか、晴翔!」

「全然凄くないさ。むしろ、全然花織に届いてない」

「いやいやいや……」


 晴翔がこんな点数を取るなんて、本当に奇跡だ。久保も珍しく動揺している。しかし、晴翔も凄いが、今のところ全部100点の久保も凄い。


「じゃあ、最後は社会だな」

「そうですね」


 最後に社会にしたということは、よっぽど社会が高かったのだろうか。そう言えば、授業中に叫んでた時も社会のテストが返ってきた時だった。だからだろうか、さっきまで落ち込んでいた晴翔は急に笑い始めた。


「はっはっは! さっきまでのテストはさ! 本番はここからだ」

「便座じゃなくて、前座な」

「……前座さ! 実は、社会が一番自信があるんだ。花織に勝ったよ!」

「……それは本当に勝ってから言ってください」


 そう言い、二人は社会の答案用紙を手に持つ。


「覚悟は良いかい? 僕に負ける覚悟が」


 久保は無言で何も喋らない。

 そして、緊迫した中、二人は答案用紙を出す。


「あっ」

「あ」

「ま、負けた……」


 晴翔は崩れ落ちる。さっきまでの威勢はどこに行ったのやら。二人の点の差はたった5点だった。


「は、晴翔が95点?」

「本当に奇跡です。びっくりしました。……で、ですが、どうやら口だけだったみたいですね」

「ま、まあ、晴翔も頑張ってたしな」


 何とか励ますが、晴翔は放心状態のままだった。


「それじゃあ、裕様は私とテニスに……」


 その瞬間、晴翔が子供みたいに泣き出す。


「お、おい、晴翔!?」

「……裕と卓球じたかっだのに、花織にもまっだく勝でなかっだ」

「落ち着け。晴翔も頑張ったぞ。ほら、今までと比べたらすごく良かったし」

「でも、げっきょくは勝でながった」

「確かに勝負には負けたけど、頑張りは無駄にはならなかっただろ」


 晴翔は黙り込む。

 どうしたらいいんだ……。


「裕様」


 そんな中、久保が小声で話しかけてきた。


「どうしたんだ?」


 一枚のプリントを渡してくる。それは球技大会のプリントだった。久保は下の方を指さす。そこには、


『競技名:テトリス 3人』


 と書いてあった。この競技は運動が苦手な人のためにあり、テトリス以外にもババ抜きやオセロがある。


「これは、あ」


『3人』という文字が目につく。もしかして、久保は三人でこの競技に……。


「久保……」


 久保は恥ずかしいのか、下を向いている。


「久保、ありがとう」

「……いえ、津久井の頑張りは伝わってきたので」


 そう言うと久保は後ろを向く。


「晴翔!」

「……何だい?」

「俺と久保、そして晴翔の三人で参加しよう」

「え? どういう意味だい?」

「これ」


 プリントを見せ、テトリスの所を指さす。


「三人! いいのかい!?」

「ああ、もちろんだ」


 しかし、最初は嬉しそうな顔を見せたが、次第に下を向いていく。


「でも僕は負けてしまったんだ。それに、もし、裕がそれで良いとしても、花織が……」


 口籠る晴翔に近づき、久保に聞こえないように囁く。


「これは俺が言い出したんじゃない。久保が言ってくれたんだ」

「それって……」

「晴翔の頑張りが伝わってきたんだってさ」


 久保はチラチラとこっちを見ている。そんな久保の様子を見て、晴翔は、


「か、花織〜」


 と言い、また泣き始める。


「もう、何で泣くんですか」


 大泣きする晴翔を見ながら、久保は微笑んだ。

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