第8変 油断して感謝して

「洲本、これ頼むぞ」


 この一言で放課後の居残りが決定した。目の前には山盛りに積まれたプリント。どうやらこのプリントを種類別に分けないといけないらしい。正直めんどくさいが、頼まれたからにはやるしかない。


「裕様」


 俺を待っていた久保が話しかけてくる。晴翔は用事があるらしく、先に帰った。


「すごい量ですね……」


 久保が山盛りのプリントを見ながら言う。


「こういうことだから、先に帰っといてくれ」


 今は16時。終わるのはだいたい18時くらいだろう。そんなに久保を待たすことはできない。なので、先に帰るように促す。


「いえいえ、手伝います」


 そう言うと、久保は席に座り、一番上にあるプリントを手に取る。


「いや、大丈夫だ。一人でもできる」

「この量を一人でこなすのは厳しいと思います。それに一人でやるよりも二人の方が早く終わるじゃないですか」

「いや、でもな……」


 俺の仕事なのに手伝ってもらって、何だか申し訳ない気持ちになる。

 そんな俺を見て、久保は微笑んだ。


「私は全然大丈夫ですから。早く始めましょう」


 久保はそう言うと、早速分別を始める。

 俺は自分が押しに弱いことを自覚し、作業に取り掛かる。


「……とんでもない量だな」

「そうですね。手伝って良かったです」

「確かに一人だったらやばかったな。助かった」


 そう言うと久保は嬉しそうにする。

 そして、俺達は黙々と作業を続けて――――


「で、できました。やりましたよ、裕様!」

「手伝ってくれたおかげで、結構早くできたな」


 種類別に分けられた山盛りのプリントを見ながら、喜び合う。長時間やってたのもあって、達成感がすごい。


「あとはこれを持っていくだけですね。量が多いので数回に分けて持っていかないと……」

「あ、その前に休憩しないか?」

「そうですね。長いことやってましたし、少し休憩しましょうか」

「ああ。……ちょっと暑いな。窓開けていいか?」

「はい」


 久保の返事を聞き、窓を開ける。窓から涼しい風が入ってくる。


「あ」


 すると、数枚のプリントが風に舞って、窓の外へ飛ばされていった。予想外の事態に驚き、唖然としていると、久保が急いで窓を閉める。


「裕様! しっかりしてください!」

「す、すまん」


 プリントを確認すると、飛ばされたのは……。


「飛んでいったのは、英語のプリントですね。急いで探しに行きましょう


 飛ばされていった体育館の方へ急いで向かう。


「ありましたか?」

「ああ、何枚か」

「私も見つけました。飛ばされたのは五枚で、私達の手元にあるのは……四枚」

「あと一枚足りないな」

「そうですね。もしかしたら、部活をしている人達が拾ってくれているかもしれません」

「ちょっと聞いてくるか」

「お願いします。私はこの辺りを探してますね」

「ああ」


 返事をすると、体育館へ向かう。

 体育館の前に行くと部活をしている人達の声が聞こえてきた。


「……入りにくい」


 体育館の扉は閉まっており、開けると中の人は俺を見てくるだろう。嫌だ。

 どうするかしばらく考える。


「ん?」


 考えていると、一本の木に目が止まる。その木の枝にプリントが引っかかっていた。よく見ると、それは探している英語のプリントだった。周りを見ると体育館の横に脚立が置いてある。

 どうするべきか……。


「まあ、大丈夫だろ」


 脚立を使ってプリントを取ることにした。危ないかもしれないが、何とかなるという気持ちの方が勝つ。

 脚立を立て、ゆっくりと登っていく。プリントに手を伸ばすが届かない。もう少し体を左に寄せる。


「くそっ」


 届かない。もっと体を寄せる。すると、伸ばした手がプリントに少し触れた。あと、もう少しだ。


「届いた!」


 手に持ったプリントを確認すると、脚立から降りようとするために、体の位置を元に戻す。そして一段ずつ降りようとするが、


「あっ」


 しまった……!

 脚立を踏み外してしまう。さらに脚立が俺に向かって倒れてくる。


 その時、誰かに受け止められた。少し後に脚立の音が響く。


「え?」


 ゆっくり目を開くと、そこには久保がいた。

 久保は俺を抱きかかえており、俺の顔を覗き込んでいた。


「大丈夫ですか!?」

「ああ……」

「良かったです」


 久保が一息つくと、俺を下ろす。


「久保……。あ、ありがとう」

「裕様に危険なことがおきたら、助けるのは当然です。私にとって当然のことをしただけです。けど、本当に危なかったですよ?」


 そう言うと、久保は俺が握りしめているプリントを見る。


「まあ、状況は分かりますけど……。とにかく、こんな危険なこと、二度としないでくださいね」

「本当にすまん。二度としない」

「約束ですよ」


 久保がいなかったら俺は今頃、大怪我をしていたかもしれない。

 心の奥から久保に感謝をする。


「とりあえず、プリントは揃いましたね。早く先生に持って行きましょう」


 歩いている久保の背中を見ながら、申し訳ない気持ちになる。

 久保にはいつも助けてもらっているのに、自分は迷惑をかけてばっかりだ。


「久保……」

「どうしました?」


 久保が立ち止まり、振り返る。


「いつも、ありがとう。久保がいてくれて良かった」

「な、何ですか。急に」

「いや……」


 久保は赤い顔で、あたふたしていた。

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