十三.昨日の友は

   十三.昨日の友は


 レイジたちは、ガーデン本拠地跡からしばらく離れた先の手頃な倉庫で、夜明けを迎えた。スバルは、泣き叫び疲れたのか、崩れた表情のまま死を懇願していた。


「私はもう何も知らない……。本当です……。だからもう、楽にして、ください……」


 カルミアの拷問は容赦がなかった。尋問という体で開始された聞き取りから、十分と経たずに、ホームからの潜伏者は洗いざらいをぶちまけた。どんな手段を取ったかは、語るには易くない。少なくとも、スバルは、これから男と交わることが決してできない体にされている、としか形容しようがなかった。


 凄惨な様に、ナガレは卒倒した。あのニカイドウでさえ席を外すほどだった。レイジだけはそれを最後まで見届け、全てを見聞きした。そうして、得られたのは次のような情報だった。


 一、アイザワは直接スバルに指示を出していたわけではなかったということ。 

 二、賢人脳会によりスバルはガーデンに以前から潜入していたこと。

 三、レイジのことは事前に情報が知らされていたこと。

 四、スバルの任務はガーデンに内通し、レイヴンを招き入れること。

 五、レイヴンとも内通していたこと。

 六、任期はあと数週間とされていたこと。

 七、ネームレスの存在は知らされていなかったこと。


「あんたの報酬はなんだったんだい。答えな」


「永遠の、命、です……。始めは嘘か冗談だと思っていました……。でも、賢人脳会にエマの存在を知らされてからは、わたしは、信じて……」


 スバルの口からエマの名が出てきたことに、レイジはにわかに動揺した。再生臓器抽出物の出所は秘匿され、一般には知らされていなかったのだ。単にそれは“クスリ”と表現され、新技術による万能薬としか認知されていなかったはずだった。 


 レイジが口を開く。 


「アイザワに会うにはどうしたらいい」


「私は、知りません……。もう許して……楽にして……。こんな体じゃ生きてたって……」


「ここに再生臓器抽出物がある。特級品だ。今からこいつを投与してやってもいい」


 スバルは、地面を見つめたままの目を見開き、ばっ、と顔を上げた。


「早く! お願いです! 姐様、私、尽くしてきましたよね!? 裏切りはしましたが、一緒に戦ったじゃないですか!」


 カルミアが多層マスクを脱ぎ去り、口元を歪めた。そして、舌で軽く唇を湿らせると、こう言い放つ。


「ホームに入る手助けをするなら、そのずたずたにしてあるソコを治してもいいよ」


「やります、やります! なんでもします! だから、早くそれを!」


 傷の癒着が始まってから再生臓器抽出物が投与されれば、創傷部位は元通りにはならない。それを知っているからこそ、スバルは急き立てた。


「姐様!」


「その、アネサマっての止めようか。あんたみたいなクズに呼ばれると虫酸が走るんだよ」


 ひっ、とスバルは声を上げて顔を伏せる。


「カルミア、クスリをやれ。このままでは彼女も苦しいだろう」


 尋問には定石とされる手法がある。良い警官と悪い警官だ。片方が責め立て、もう片方が穏やかにとりなす。すると緩急がついて口を割りやすくなるというのだ。レイジはこれを旧い映画で知った。カルミアに関しては、素で悪い警官、いや、怒りを隠さない警官だったようだが。


 カルミアが舌打ちをして、拷問を続けようとする。


「まだ訊きたいことはあるんだよ。これが一番大切な話さ」


「なん、でしょう」


 斬れ味があえて鈍いであろうナイフを女の頬に当てがい、ずるりと皮膚を斬り裂きながらカルミアが訊く。


「レイヴンのためにガーデンの妹たちを何人売った?」


「それは……」 


「何人か言えッ! ……片手で足りる数なら右腕を落とす。両手で足りるなら左腕も落とす。覚えてないなら、それらに加えて、足の指を全て削ぐ」


 女は視線を左上に逸らした。嘘を吐こうとする人間の多くは無意識にそうすることを、レイジは知っていた。知っていることや記憶を探る時は右上を見てしまう。これは脳の構造によるものらしい。


「カルミア、その女を解放してやれ。どうせクスリをやってもこの有毒雨の中では三日と保たない」


「さ、三人です! 三人!」


 嘘だ、とレイジは察した。


「へえ、そしたら両腕を一回落とそうか。どうせ後でくっつくからね」


「嘘じゃない! やめて! やめ──!!」


 高周波ナイフが大上段に構えられ、振り落ろされる寸前で、レイジはカルミアの腕を掴んだ。


「止めるな!」


「見ろ、もう失神している。これ以上は無意味だ」


 女は傷だらけの股ぐらから失禁し、気絶していた。


「あたしの気が済まないんだよ!」


「ならホームに帰還してから存分にやってやればいい。今は無駄だ」


 カルミアの視線から、レイジは「目覚めた時に両腕が無い方が衝撃が大きかろう」と考えていることが分かったが、手中にあるカルミアの腕が脱力するのを感じ、手を離した。


「ホームへはどうやって?」


 カルミアはマスクを着装し直し、レイジに問う。


「この女が入ってきた時に使った道が通れたらいいのだが、おそらく、それは正規の手続きを踏んでのものだろう。壁の向こうに行く抜け穴を探す必要がある」


「コウタロウたちが装甲車で来た時はどうしたって?」


「それもアイザワの口利きがあってこそだ。グレーゾーンだが、おそらく正規のルートだろう」


「少し策を練る必要があるね。コウタロウたちと話をしようか」


 ナガレは倉庫の個室で横になっていたが、スバルの最後の絶叫を聞いてしまったらしく、なおも青ざめた表情で入室してきた二人を見た。ニカイドウに至っては、目を細めながら旧い携帯音楽プレーヤーで何かを聴いている。しかし、その音漏れの大きさから、外の音を聞きたくはないが故の行動であったようだと推察できた。


 ニカイドウがイヤホンを外して、終わったか、と訊いた。レイジは小さく頷くと、防毒ケープとマスクを外した。


「ホームへの潜入ルートを相談したい」


 ナガレが身を起こしながら口を開く。


「確かに、壁を越えるにはそれ相応の準備がいるね……。最短ルートの西門は統括区の門番が見張っている。僕らが入る時は追放に近い形だったから、素通りもいいところだったけど」


「コウタロウ、門が開くのはいつか分かるかい?」


「多分、追放者の輸送時か、物資の供給時に限ると思う。それ以外は、海路も空路も封鎖されてるからね」


「じゃあよう、壁をまんま登ったりで越えるってのはどうだァ? 高さは確か五メートル程度だろ?」


 ニカイドウの提案に、カルミアが首を横に振る。


「車なりの足をなくしたら、そこから箱根の山まで歩いて何日かかると思ってんだい?」


「……あー、考えたくもねェな」


 すると、答えは一つだった。


「あの女を利用して人員または物資の運搬トラックを奪うしかないようだな」


 レイジがそう言うと、全員が頷いた。


「レイヴンとも通じていたのなら、そのトラックが来る時期も大まかには掴めるだろう」


「じゃあ、彼女を治してあげないと。このままじゃ可哀想だ」


 ナガレが情けをかける言葉を口にすると、カルミアはため息を一つ吐いた。


「特級品のクスリをあんなクズのために使うなんて、もったいないね」


「リュウコ、それじゃあレイヴンやアイザワと同じだよ。利用するだけして、あとは殺すだけなんて」


「でもね、コウタロウ」カルミアは言う。「あたしたちの、ガーデンの流儀では功罪は然るべき報いを受けるんだ。それに、再生臓器抽出物を簡単に使うなんてことは、元々しない。駄目だと思った時、それを諦めるというのも、必要な生き方なんだ」


 ナガレが立ち上がり、カルミアのマスクを両手で柔らかく挟んだ。


「でも、君はコルチカムを諦めなかった。それに、諦めて死ぬことを簡単に受け入れてきたなら、僕らはこうして再会できなかった。だからリュウコ、君は今、慈悲を彼女にも向けるべきだ。彼女は許されないことをしたかもしれない。でも、立ち直るだけの道を、用意してあげるだけのことはしてあげて欲しいんだ」


 ナガレの言葉に、カルミアは無言のまま、立ち尽くした。


 ナガレがシャツの胸を開き、大きな傷痕を露わにし、そこへとカルミアの手を誘う。二人が生き別れになった時につけられた、他者による離別の証だった。


「僕も君を諦めなかった。死を何度も覚悟した。死を何度も作り出す手助けをした。でも、君が生きていてくれた。だから、もう道を踏み外さないでくれ。僕も、これから正しいことをする。そして、君も。リュウコ」


 レイジは、その様子をいくらかの羨望の眼差しで見ていることに気付いた。手を汚してきた女と、それに敵対してきた勢力の男が、今、こうして愛をもって向き合っている。互いが死んだかもしれないと思っていたのかもしれない。だが、カルミアは携帯端末にナガレの昔の写真を保存していた。忘れてしまおうと消去することはできたはずだ。それでも、二人はこうして再度巡り逢った。ナガレはカルミアの素顔を見てすぐに幼馴染の少女の面影を見つけた。逆もまた然りだ。


 レイジにとって、過去を持たない彼にとって、それは、ただひたすらに、眩く映った。


「わかったよ、コウタロウ。今すぐクスリを入れてくる。これで残りの特級品は一本だ。使い所は慎重に選ばないとね」


「リュウコ、ありがとう」


 その空気の中で、ニカイドウが口を挟む。


「ガーデンの人間、どうしてっかな」


 無粋と言えば無粋なタイミングではあったが、彼の疑問も、もっともだった。


 地下鉄で走れる列車があったとして、電力に乏しい東京ではそう遠くまでは行けないはずだ。線路の途中で立ち往生している可能性がないとも言えない。仮に遠方へと出られたとして、そこはおそらく封鎖されているか、他のグループのテリトリとなっているはずだ。


「安心しな。そう簡単に野垂れ死ぬようには鍛えてない」


 カルミアはそう言いはしたが、不安の色は拭えない。


「他の駅跡地にも誰かが住んでいるんだろう?」


 ナガレが訊くと、カルミアは頷いた。


「少なくとも、武闘派ではないところに送ったつもりだ。土産にありったけの物資を積んでいくよう指示はしてある。さあ、クスリを裏切り者に打つからレイジも手伝いな」


「いいだろう」


 スバルは目覚めると、無傷の裸体に落涙して喜んだ。カルミアが鏡で局所を見せてやると、完治した創傷部を認め、嗚咽さえを漏らした。


 カルミアは今度こそ丁寧な口調で尋問を開始した。物資の供給路を受け取る手段を知る方法、その日時を訊き出す。


 ホームからの情報伝達手段は、鳥型のアニマロイドを用いたものだった。それは毎週水曜日、夕暮れ時──日が出ていれば、の話だが──に渋谷駅跡のもっとも高い建造物に現れ、情報を伝えてすぐに消えるのだという。


「伝書鳩とは古風だな」


「矢文よりマシさ」


 倉庫に身を寄せてから二日の猶予があった。その間、レイジはハセクラの下へと戻るかを思案したが、目立った行動は避けるべきだ、というナガレの意見に従い、食事と休息、装備の手入れに時間を割いた。


 寒風が吹き始めた。有毒雨がさらに冷たくなり、倉庫の割れた窓から容赦なく入り込んでくる。冬も近かった。


 二日目の朝方、ナガレとカルミアの姿が見えなかった。それをニカイドウとレイジは確認し、目配せをして、もう一眠りすることを決めた。さすがに、そこに割り込むのは無粋に過ぎるというものだった。


 昼になり、妙に距離感の近い二人が現れると、レイジは一つ提案をした。


「ナガレ、お前、格闘の経験は」


「え? 一応、クリーナー補佐でも訓練はしていたけど」


「鈍っているだろう。ここからはお前も戦うことになるかもしれない。少しは勘を取り戻しておくべきじゃないのか」


 カルミアがマスクを外した状態で言い咎める。


「怪我をさせたら承知しないよ」


「大丈夫だよ、リュウコ。レイジは頭が堅いけど、手加減ぐらいはできる」


「硬い頭での頭突きに手加減はしないがな」


 レイジとナガレは素手で相対した。


 ナガレはその痩身とリーチの長さで、アウトボクシングの構えを取る。対してレイジはインファイターだ。コンビネーションからのショートアッパーなどを得意としていた。


 最初にナガレがステップを踏みながら左のジャブで距離感を測り出す。


 緩い、とレイジは思った。デスクワークなどばかりで筋力が不足しているのだ、と。


 レイジはすり足で距離を詰めていく。そして、ジャブを右腕で外へ払い、ガードの空いた脇腹へと左脚を振るう。しかし、直撃はさせない。


「ナガレ、ガードが甘い。今ので肋骨は折れていたぞ」


「オーケー、レイジ。もう一度いこう」


「ナガレの兄さん、やる気だねェ」


 再度距離を取り、同じようにナガレはジャブで牽制を行う。しかし、今度は上半身が小刻みに動き、足捌きも軽やかだ。


「なんだか訓練時代を思い出すよ」


 ナガレが口を動かしながらも、ジャブを繰り出す。


「そうか」


 レイジはナガレと出会うほんの数週間前に創られた存在だ。その頃のことを知りたいと思うと同時に、知るのが怖い気もした。


 怖い? いや、自分は怖れなど抱いたことはほとんどないはずだ。しかも、記憶に関してなど。


「僕はね、レイジ、君とこうして手合わせしてみたかったのかもしれない」


「何故だ」


「ほら、男同士、拳を交えて初めて分かるものがあるっていうじゃないか」


「旧い漫画の読みすぎだな」


 レイジはジャブを今度は内側に払い、その勢いで左へと回転し、左の裏拳を顔面に向けて放った。


 しかし、ここで予想外だったのは、ナガレが身を後ろに傾け、それどころか後ろに倒れ込んだことだ。


 ナガレはそのまま背を地面に着ける瞬間、レイジの拳を足裏で受け止めた。


「やるじゃねェか、兄さんよォ!」


「ありがとう、ニカイドウ。はは、漫画の読みすぎか。かもね」


 三度、距離を空けると、今度はナガレの体勢が変わった。重心が低く、前のめりになっている。これはレスリングスタイルの前傾姿勢だ。


「でもね、レイジ。嬉しいんだ。この旅で、僕らはちゃんと友人になれたんじゃないかって」


「友人」


「そうさ。これまでは仕事仲間でしかなかった。本音を語ることもなかった。コーヒーもどきだって、どれだけ本当に君が好んでいてくれていたかも分からなかったしね」


 ナガレがじりじりと距離を詰めてから、射程距離内でそう言う。


 レイジは、言葉を待った。


「心配だったんだ。僕が武器を預ける人間が、ただの人殺しでしかないんじゃないかって。護りたい人がいるっていうのが、嘘なのかも、ってさ」


「今はどう思うんだ」


 ナガレが低空のタックルを行う。レイジはそれを、あえて受けた。そして、服の背にできた弛みを掴み、足をナガレの腰付け根、鼠蹊部に当てて真後ろに投げた。巴投げの要領だ。勢いを殺さず、レイジは後転し、仰向けに倒れたナガレの上に馬乗りになる。


「志を共にする戦友か、親友、どちらかだといいなって思ってるよ」


 ナガレが、両手を上げて降参の意を示しつつ、屈託なく笑った。



 決行日の夕暮れ、ネームレスたちの死骸もそのままにしてある渋谷駅跡周辺の、最も高い建造物へ、レイジとカルミア、そしてスバルは来ていた。エスカレータもエレベータも止まった内部で階段を登っている最中に、ニカイドウとナガレは音を上げ、下で待っていると言い出した。ホームでの便利な生活に慣れすぎるのも考えものだとレイジは思う。


「来ました、姐さ……カルミア、さん」


 灰色に塗装された鳥型アニマロイドが飛来した。よく目を凝らさねば見逃すような配色だ。


「レイジ、あたしたちは一旦身を隠そう。アニマロイドに記録されると面倒が起きるかもしれない」


 レイジも同感だった。ホーム側には自身の生死を不明のままにしておいた方がいい。崩壊した壁面の一部から見えない位置に二人は隠れた。


 アニマロイドを腕に停めると、スバルは平静を装い言葉を発した。


「新たな任務を受領します。指示を」


『クリーナー:スバル。その必要はありません。当該地域での作戦は終了です』


「……すると、任期満了ということでしょうか?」


『いえ、貴女の任は解かれました。これから貴女含め、ガーデン周辺を破壊します』


 レイジが雲行きの怪しい会話に、カルミアの方を見た。すると、カルミアも同様にこちらを見ているのだった。


「は、破壊……? しかし、それでは作戦行動は」


『当該地域での作戦は終了です。これより一時間後にクリーナーが大量投入され、渋谷駅並びに新宿駅周辺が殲滅されます』 


「わ、私の処遇は!?」


『先に申し上げた通り、同様に殲滅対象となっています。それでは、クリーナー:スバル』


 アニマロイドはそれだけ言って空を舞った。


「ま、待ってよ! どうして!? どうして私が!?」


 スバルが狼狽するが、アニマロイドは引き返しては来ない。


「こいつは、まずいね……」


 カルミアが立ち上がり、スバルのそばへと歩み寄る。


「ど、ど、どうしたら!? 私まだこんな所で死にたくない!!」


「喚くんじゃないよ! すぐにここを離れるんだ! 助かるにはそれしかない!」


 レイジは口元に手を当て、別の事を考えていた。


「レイジ! 早くコウタロウたちに知らせるよ!」


「カルミア、考えたんだが、それを利用できないか」


 は? とカルミアは耳を疑ったかのように声を上げた。


「聞いただろ! クリーナーを迎え討つにはこっちの手が足りないんだよ!」


「クリーナーが大量に現れるなら、それに乗じて門を通ればいい。検問の穴を突くなら、それしかないと言える」


「そんなことできっこない! 私、そんな……!!」


「だから喚くな!」


 スバルはその場でへたり込んだままだったため、カルミアに階段まで引きずられていった。だが、力無く足を運ぶ様子に痺れを切らしてカルミアが一喝する。


「それでもガーデンの女かい! 裏切り者でもあたしたちと共にいたなら分かるだろ! 今死ぬべきかを考えて動け!」


 雷に打たれたようにスバルは体を硬直させ、暫時その場に留まったが、レイジたちが階段を駆け下りている最中に背後から情けなくも大きな声で助けを求めた。


「私も行きます、行きます! だから助けて!」


 カルミアは、ふん、と鼻を鳴らして少しだけ上階を仰ぎ見る。レイジはそこで、一言だけ漏らした。


「両腕を落とそうとした相手に助命を懇願するとはな」


「藁にもすがるって言葉はこういう事態に使うもんだね」


 ニカイドウとナガレは状況を知るや、レイジと同じ決断を下した。しかし、問題はその方法だ。


「レイジ、残り五十分強で迎撃準備を整えている時間はないよ。ゲリラ的にクリーナーたちを狩るにしてもかなり危うい。何か考えはあるかい?」


「ハセクラの下へ行けばあるいは、とも考える。ヤツにしてみれば俺たちがここで果てることは望んでいないはずだ」


「でもよ、クリーナーたちに居場所を知られる可能性があるとしたら、あの場所を離れっちまうんじゃあねェか?」


 スバルはすすり泣きながら声を上げる。


「ハセクラって人を頼ればなんとかなるならそうしましょうよ……」


「カルミア、この女を連れて行くんだな」


「この際、戦力になりそうなら猫の手だって借りたいんだ。ここは協力させる」


 ソラがスリープモードから一瞬目覚め、にあ、と鳴く。それを見てから、ナガレが言う。


「きっとこれから来るクリーナーたちは、大規模掃討作戦向けに未だかつてないほどの重装備で来るだろう。きっと、ネームレスたちの処分も兼ねているはずだ。僕は、ハセクラに協力を仰ぐのが得策だと思う」


「ほしたらとりあえずそっち向けてハンドル切っとくからよ、道中で案を練るのは任せたぜ」


 装甲車両は再びハセクラの拠点へと走行を開始する。


「レイジ、予期し得るクリーナーたちの装備は分かるかい?」


「熱源探知器、生体反応探知器、無反動銃、破片手榴弾、あとは機動力が落ちると考えられて使われていなかったボディアーマーは確実だろう。実弾銃では一撃で仕留めるのが難しい上に、接近さえもそう簡単にはできないはずだ」


 カルミアが腕を組みながら思案してから言葉を発する。


「爆薬は?」


「衝撃で気絶させることはできるだろうが、すぐに敵に気付かれてしまう」


 そこでレイジは、敵、と口にしたことを反芻する。


 そう、彼らはすでに追放された身。クリーナーは敵であり、ホームはその本拠地だ。その実感がざわざわと彼の脚を這い上がり、心臓の鼓動を早めさせた。


「いや、違う。建造物を倒壊させるんだ。あっちは瓦礫の位置を掴んでいたとしても、新たにできた崩壊箇所までは把握していないだろう。それに地下だ。あたしたちは下水道の中でも有毒雨の流れが堰き止められている崩落箇所を把握している。地の利を活かせば、なんとかなる可能性はある」


 レイジが頷いて、ソラを軽く触り起動させた。


「ソラ、地図を。カルミアはその地下道のルートを示してくれ」


「か、カルミア、さん。私は、何を……?」


「あんたの知り得る限りの位置情報を共有化しな。その後は、戦って生き抜いてから考えてやる」


 ハセクラの拠点前に装甲車両を停めると、例の端末は【come in.】と表示した。入り口の排水は既に完了している。


 美術館跡の一部屋目に、意外にもハセクラは待ち構えていた。


『モニタにクリーナーたちが大挙して押し寄せてくるのが見えてね。きっと君たちがここに戻ってくるであろうと思って、色々と用意はしておいた』


 ガラス迷路のあった部屋には、壁面から突き出した棚に多くの銃火器が並んでいた。小銃から対物ライフル、果ては対戦車地雷まである。カルミアはすぐさま、プラスチック爆薬を所望した。ハセクラがその在処を伝えると、彼女はスバルを伴い、両手に抱え切れるだけ持ち、装甲車両へと運ぶ。


『信管と起爆装置はそっちだ。自由に使いたまえ。レイジくん、君は何が欲しい?』


「無反動銃と、シリンジ弾の射出装置の替えがあればそれを」


『前者は右奥の棚に一丁だけあるよ。後者は残念ながら、シリンジ弾と同じく用意がない』


 ナガレはショットガンに用いる、鉄板を撃ち抜くほどの威力を放つ、スラッグ弾の並ぶ棚で嘆息した。


「あなたはどうしてこれほどの武器を用意したんだ?」


 ハセクラが、そんなことを訊きたいのか、と無機質な機械音声で言った。


「いつかこのような日が来ることを予期していたみたいじゃないか」


『ネームレスの生態を目の当たりにするまでは、こんな事態が起こらないことを祈っていたんだけれどもね。半分は物資の交換用に製造し、生きるため。半分は抵抗勢力育成のため。それもまあ、こうして早くも役立つのなら、いいじゃあないか』


 ニカイドウが小銃を手に、その扱いをレイジに訊ねる間、ナガレは別の事を訊ねた。


「敵の数は?」


『少なくとも五十はいるね。フロートバイクで三十強、装甲車両が四台。鮨詰めになっているとしたら、そうなる』


「渋谷駅までの到着予定時刻を教えてくれ」


『あと二十分程度だろう』


「レイジ、聞いたかい」


「手早く仕事に取り掛かろう。ハセクラ、お前はすぐにこの施設を封鎖しろ。お前に死なれては困る」


 ニカイドウが扱い易そうな実弾銃の類を見繕っているのを尻目に、レイジはそう言った。


『それは優しさかな。欠如させたはずの感情だ』


「エマの父親が惨殺されたとあっては寝覚めが悪い。それに」言葉を切ると、小さく続ける。「感情は経験から宿るものだ」


 それだけ言い、レイジは閃光手榴弾と無反動銃をプレートキャリアに装備すると背を向けた。


「爆薬は積み込んだ! 行くよ、あんたたち!」


 カルミアが戻るとそう声をかけ、全員が立方体の、武器庫と化した部屋をあとにする。


 レイジが装甲車両に乗り込むと背後で声がした。


「姐様! 姐様! あたいも、あたいも行けます! 連れて行ってください!」


 レイジはコルチカムの声を聞き、振り返ろうとしたが、カルミアに引き込まれて装甲車両の中へと転がり込んだ。


「ニカイドウ、出しとくれ」


「いいのかァ? 猫の手も借りてェって言ってたのによう」


「早く」


 アクセルを踏み込むニカイドウの表情がフロントガラスに映っていたが、当惑気味の色を浮かべている。


「姐様ァ!!」


 コルチカムの悲痛な叫びを振り払うかのように、装甲車両は雨の東京を走り抜けた。

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