第12話 赤入れの原稿が届く

 ゴールデンウィークに特に何もする事のない俺は、小説を書いて過ごす時間が多くなった。

 リョータに呼び出された映画鑑賞会以外は、どこも行く予定がなかった。

 リョータが気を利かせてくれた映画鑑賞会は、ただ嫌な思いをしただけだった。

 リョータには人の気持ちが読めないところがある。

 いつもクラスの中心にいるようなヤツは、いちいち人の気持ちに寄り添ったり出来ないのかもしれない。

 リョータは恋愛に関しても、女子と付き合っては「飽きた」「つまらない」の一言で別れるパターンが多い。

 女子に関してはとにかく飽き性なのだ

 モテるのだから、それが許されている。

 今回の映画鑑賞会も、俺と真由菜をくっつけようとしたに過ぎない。


「あれー? おかしいな。何で上手くいかんのやろ」


 それがリョータの感想だ。リョータなら、一度のチャンスで女子の心をモノにするだろう。だが俺にはそんな事は不可能だ。

 それがリョータには分からないのだ。


 俺はスマホで高校生のアルバイト募集のWebページを開いていた。

 大学に行く予定はない。俺は就職するか、フリーターでもしながら小説を書くような生活を夢想していた。

 お金はあるにこした事はないので、今から資金を調達しておこうというのだ。


「兄様、皆が呼んでます」


「おー、今行くわ」


 庭では、バーベキューのグリルが準備され、食材が炭火の上で焼かれている。

 片山家と小泉家が集まっている。咲の母親の華も久しぶりの休みで、のんびりとビールを煽っていた。


「はい。箸とお皿」


「おー、サンキュー」


 咲から紙皿と割りばしを受け取った。五月の庭はまだ肌寒いが、我慢できない程ではない。

 俺は肉を頬張りながら、明日から始まる学校に多少の憂鬱を感じていた。


「ユウト君、食べとる?」


「あ、食べとるよ」


 咲の母親の華が俺の隣に座った。


「あんた、小説で賞取ったって? 咲が自慢しとったで。ユウトはスゴいって」


「まあ、賞金は出ーへんけど」


「そうなん?」


「大賞だけやな」


「ふーん。結構厳しいんやね」


「そやね」


 華さんはグィッとビールを煽った。さっきから食べずに飲んでばかりいるが、昔からそうなので、あまり心配していない。

 子供達が、食べ終わる頃に食べ始める。


「いつもありがとうね。咲の事」


「何が?」


「あのこ、私が言うのもなんやけど、美人やから。変なヤツに絡まれるやろ? だから、ユウトに任せてれば安心やわ」


「そんなことは……」


 俺はそれに上手く答える事ができなかった。安心とはいえないだろう。俺は咲が寝入っている時に何度か唇を重ねている。

 そんな事をする男子のどこが安心だというのか。

 それは麻薬のようなものだ。

 ほんの少し、気付かれない程度に一瞬触れる程度であるが、その禁忌な行動に妙な興奮を覚えていた。

 俺は咲を見た。彼女は美味しそうに肉を頬張っていた。


 子供達は食事を終えて、自分の時間を過ごす。

 美桜は中三で高校受験なので勉強。

 俺は部屋で小説の執筆。俺も咲も風呂から上がって、俺の部屋で二人っきりだ。

 咲も自分のスマホを弄っている。


「咲は、何しとん?」


「ん? 友達とライン」


「そーか。クラスの?」


「うん。女の子やで」


「そこまでは聞いてへんけど」


 咲は俺とは別のクラスだ。だから咲の交遊関係は知らない。


「今度、男子らと遊び行かへんかって誘いが来てるんよ」


「……そうかあ」


 俺は少し動揺していたが、それを隠した。


「ねぇ。行ってきてもいい?」


「えー……?」


 俺が咲の行動にどうこう言う権利なんてない。咲の好きにすればいい。だけどそれを口には出来なかった。それをすれば、全てが台無しになる気がした。

 俺が振り向くと咲は何か思い詰めたような顔をしていた。


「どうしたん?」


「今日はしないの?」


「何を?」


 俺は顔が強ばっていたに違いない。


「咲ー。帰るよー」


 階下から聞こえる華さんの声。


「呼んでるで……?」


 俺はこの場から逃れたい気持ちになっていた。咲をこの部屋から追い出したかった。


「アホ」


 そう言うと咲は、自分の顔を近づけてくる。

 そして、俺が何度かそうしてるように、一瞬だけ唇を付けた。

 咲は立ち上がって、すぐさま部屋から出ていってしまった。


 咲に恋愛感情を持っているかどうか。


 俺は茫然としていたが、それについて何も考えられなかった。

 おとなりさんの美少女は俺にとって当たり前の存在である。

 付き合って、分かれてしまえば永久に失われる存在だ。

 言ってみれば、俺は意気地無しなのかもしれない。


 ◆◆◆


 次の日、咲を迎えにいくと彼女はいつも通りであった。

 俺は拍子抜けした。けれどもそれは咲と俺のお互いの妥協点でしかない。

 いや、俺が悪いのだ。

 俺が中途半端な状態で、咲に手を出してしまった。

 ラブコメの優柔不断な主人公を演じてしまっているのだ。

 結局、咲はその男女グループとは遊びに行かなかった。

 俺はその事にホッと胸を撫で下ろしている。


 それから数週間程経ったある日。

 俺の元に出版社から原稿が届いた。

 いわゆる赤入れの原稿である。担当の修正した方がよい箇所が、赤い文字で指示されている。

 それ対して修正するか、判断したり、新しい文章を追加するなどして、原稿の完成度を上げていくのだ。

 俺は咲の問題は棚上げして、原稿に集中できる事にホッとしていた。

 予定では十月までには完成に向けて頑張って欲しいとの事である。

 すると、12月末には出版されるという。

 俺は早速、原稿の修正に取りかかった。

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