第49話 恐怖

 街まで戻ると、特に変化はなく、辺りには静寂が包み込んでいた。


「お帰りなさい、騎士様!」

「……ええ。ただいま戻りました、カナリア殿下」


 領主館に入ると、入口でカナリア殿下が出迎えてくださる。

 今にも飛び込んできそうな勢いでこちらに駆け寄ってくるものだから、少しハラハラしてしまう。


 近づくと、俺に怪我がないか確認するためか……周囲をグルグルと見渡される。


「……けがは、ないようですね」

「ええ。まあ、そうですね」


 ないというか、たぶんあってもすぐに治るため最近は怪我の有無というのはあまり気にも留めていなかった。

 感覚がどんどん鈍っていく。鋭くなっているようで、痛みには鈍くなっている。

 よくない、気がする。


「……さすがは英雄殿。あの程度の魔獣には遅れを取りませんか」

「領主様」

「ありがとうございます。この街の代表として、出来る限りの礼を尽くさせていただきます」

「いえ。こうしてカナリア殿下が無事であるだけでもこちらとしては、感謝したいです。本来ならば俺の仕事ですので」

「なにをおっしゃいますか。王族をお守りすることは、私ら貴族の義務というものです。それに、街の危機を未然に防いでくださったことには変わりありません」


 領主はそうまくし立てる。

 その隣で殿下も「うんうん」と納得するかのように頷いている。……あまり、いい気分はしない。

 夢にまで見た、騎士として人を助ける――それが叶っている。だけど、それは俺自身の力ではないからか……後ろめたい。


 けれどそれを表に出すことは許されない。

 俺にかける期待を裏切ることになるし……俺がどう思おうと、俺のしてきたことは変わらないのだから。


 ……いつか、この力が失われてしまった時。その瞬間、何の役にも立たないクズに落ちたとき、果たして俺はこのように歓迎されもてはやされ……英雄として、見られるのだろうか。


 いや、英雄なんてどうでもいい。

 問題は、この力を失えばいったいどれだけの損害がでるのか――それが怖いだけなんだ。


 そんな考えがいつも頭の片隅にあるのだ。



「――ヴィル殿、ひとまずはお部屋に戻り疲れを癒してくだされ。その後、お食事をお持ちしますので」

「分かりました」


 少し考え事に耽っていると、疲れていると取られてしまったのかこちらを気遣うような言葉をかけられてしまう。

 まあ、実際焦って戻ってきたこともあって、少し疲れているのは事実。ここは領主様の厚意に甘えて、休ませてもらうことにしよう。


***


「ふぅ……」


 部屋に戻り、鎧を脱ぎ……ベッドに横たわる。

 剣は手元に置いておき、いつでも抜剣できるように警戒は緩めない。


「お疲れですか? 騎士様」

「ええ……ですが、動けないほどではありません。どちらかと言えば、精神的な疲労ですので」

「そう、ですか……」


 そういって、勝手に治癒魔術を発動させるカナリア殿下。

 あまり効果はないが、一応体の緊張はその温かい光によってほぐされていく。

 カナリア殿下は、全属性適正という天才を越える異端児とされている。幼いながらに大人顔負けのマナを保有し、多彩な魔術を操る。

 当然、そこには高度な治癒魔術も含まれている。この旅の間、その異才の片鱗を味わってきた。


 立ち寄った街で、住民のほぼ全員を癒し尽くしたときは驚いた。


「ありがとうございます。殿下」

「いえ! これくらいなら、お安い御用です!」

「…………」


 この御方は優しい。

 人を気遣い、時に自身のことのように傷つくことがある。


 そして、俺を過度に英雄視する……苦手だけど、それだけ純粋な人ってことなんだろか。


「ん……?」


 おとなしく治癒魔術を受けていると、首の後ろにチリッと針で刺されたような痛みが走る。

 手でさするも、血も出ていない。


「気のせいか」

「? どうしたんですか?」

「いえ、なんでもありません」


 俺はそのまま、休息を続けるのだった――。



***



 時は流れて、深夜――。

 俺は久しぶりに、夢を見た。


 と言っても、悪夢ではなく……いつか見た、獣と精霊が佇む不思議な夢だった。


『――ろ』


 しかし、誰もいない。

 精霊や獣がいるはずなのに……今は俺一人だ。そのことに少し寂しさを覚えてしまうくらいには、付き合いは長くなっていた。


『――きろ』


 嘲るような精霊に、ふんっと鼻を鳴らしてバカにしてくる獣。

 彼らの背後には、いつも悲劇が広がっている。

 ……それが何を示しているのか、分かるときがくるのだろうか。


『―――起きろッ』


 その怒声は、空間に響き渡り、俺の鼓膜を突き抜けるほど大きな音だった。


「つぅ……なんなんだよ」

『ようやく目が覚めたか? なら、とっととここから出ていくことだな』

「『獣』――なんだ、その姿」


 ようやく姿を現した獣は……前のように威厳ある姿ではなく、風前の灯火のように小さく揺らいでいた。

 輪郭は定かではないにしろ、獣に浴びせられたような傷も目に入る。


『フン。少し、遅れを取っただけだ。貴様が気にすることではない』

「いや……まあ、いい。それより、精霊はどうしたんだ?」

『奴か……奴なら、しばらく姿を表せない。それに伴って力を貸せないそうだ』

「え?」

『……急げ。危機はすでに迫っている。……何も失いたくないなら、運命に抗うことだな。最も、そんな運命をたどる羽目になったのは貴様の自業自得だがな』

「なんだよ、今日はやけに辛辣――」


 そこで、俺の視界は暗く閉ざされ……意識が浮上していくのだった。



『フン……我の力、それを半端に扱った代償をとくと味わうがいい……』

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