第46話 飢餓

 『獣』は文字通り、獣だ。

 野生的で、弱肉強食で――そして、飢えている。飢えたら食べる。シンプルで、単純明快。

 さて、ここでひとつ問題を出そう。

 ……この獣に成り果てると、一体何を求めて、何を食すのだろう。

 答えは簡単。


 おいしいか、おいしくないか。


***


「はっ、はははっ。ハハハハ――っ」


 高揚する意識。

 俺は一体何のためにこんなことをしているのか、疑問に思ってくる。

 ああ、そうだ。

 お腹、空いたな。

 お腹空いたなら、満たさないといけない。そう、おいしいおいしい……マナを食べないと。

 この体のマナはおいしくないし、全然足りない。

 ああ、いるじゃん。そこら中に。


「――あぁっ」


 剣を突き立てる。

 魔獣は、死ぬ。その瞬間、汚染されたマナは大地に還元され、潤す。……それを俺は強引に引き寄せて、食べる。

 まあ、多少は残しておいてやる。

 なにせ、ほんの少しでも俺の腹は満たされるから。

 魔獣のマナはまずいけど、うまい。

 ニィ、と口角が吊り上がる。

 もっと、もっと……お腹いっぱいだけど、もっと。色んな違いを楽しみたい。

 もっと、狩りたい。

 もっと、殺したい。

 もっと――


「――っ!? っぷはぁ!?」


 と、そこで俺は剣の柄をこめかみに当てて、理性を取り戻す。

 危ない……ノーリスクじゃないんだ。最近はなかったけど、すっかり忘れていた。

 この「獣」は、魔獣のマナをよく好む。

 まるで、ご馳走のように食す。

 ……正気に戻ったときに、俺は吐き気を堪えていることを『呑まれた』時はすっかり忘れていることが尚のこと性質たちが悪い。

 でも、そうすることで「獣」はより強くなる。

 ……本当に、性質たちが悪い。


「――ハァ!」


 だからといって、手を止めることはしない。

 魔獣はまだこちらに襲いかかってくる。執拗に首を狙っていき、一撃で仕留めていく。

 数が多い分、こちらの手数を増やさず減らさず、必要な分だけで殺っていく。


 ……。

 そうして、何度繰り返したのか。

 山には、魔獣の死体が積み重なって――


「はぁ、はぁ……これで、全部、か……?」


 その上で、俺は疲れを癒していた。

 すでに、『獣』の力は解除しており、荒ぶる衝動もすっかり消えている。ただ、吐き気は止まらず、体内にある魔獣のマナが流れている。

 そのうち収まるだろうと、放置しておくわけにもいかず……深呼吸して、瞑想する。

 そうすることで、マナの流れを整えていき……。


「ふぅ……っ」


 俺は、魔獣の群れを討伐仕切るのだった。


***


 街までの帰路を辿っていると、不意に妙な気配を掴む。

 ……これは、魔獣とも人間とも違う。

 不思議と、懐かしむような……俺に覚えはない、奇妙な感覚がよぎる。


「……?」


 もし、新種の魔獣なら放っておくわけにはいかない。

 だから、確かめに行こうと足を街のほうから、気配のするほうへと向ける。

 ――ドクン、と心臓と脈打っていることに気が付かないまま。





「これ、は?」


 そこは、雪山――などではなかった。

 雪山は、ナニカに侵食されているように……黒い泥に侵されていた。

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