第30話 魔獣前線(7)


 まず仕掛けたのは、俺だった。剣が届かない距離で、どのように攻撃するのか。それシンプルな答えだ。


「――《無形の茨クリア・ソーン》!」

「……っ!」


 きっとこんなマイナーな術式なんて見たことなかったのか。それとも俺が魔術を使えたことに驚いたのか。どちらでも構わないけど、冒険者が茨に驚いてのけ反ったところをすかさず、拘束し距離を詰めていく。しかしそこは冒険者。突発的な出来事に対して耐性が高い。

 即座に片手剣を振り回し、茨を切断し魔術が途切れてしまう。しかし、すでに射程距離内。


「はぁっ!」

「くっ……」


 上段からの重く鍛え上げた鋭い一撃。衝撃を盾で受け止められ、無傷で済まされたところをがら空きの胴体に向けて突きを放ってくる。右足を半歩後ろにして、身を捻ることでそれを回避し、盾から話した直剣を横向きに構えなおし、捻ったことで出来た回転を利用し勢いを付けた剣撃。


「――シッ!」

「ぬぐぅ……ぅうああ!」

「な、ぁっ……」


 しかし、これもまた盾で受け止められると力任せに押しのけられ体勢を崩されてしまう。後ろに下がると一歩懐にもぐりこまれ、リーチの短い片手剣とそこそこ長い直剣では懐にもぐりこまれると前者のほうが有利ではある。


「おらおらぁ!」

「ぐっ。……このっ」

「舐めんな!」


 あれだけ虚ろな態度だったのにも関わらず、いざ戦闘になると荒々しく絡んできたばかりの性格を彷彿とさせるような、声と表情をしていた。もしかして、戦闘が始まるまで大人しくしているように言われたから、ああなったのか……などと考えている場合ではなく、前進しながらの連撃をさばくのはキツイものがある。

 なので、小細工を施す。


「……そこ!」

「うおっ、と……って、しま――」

「喰らえ!」


 足元に茨を輪っか状に出現させ、つまずかせることで厄介な間合いの内に入られないよう距離を取り、つまずかせた茨を変形させ全身に絡まるように蔦を伸ばしていく。始めに拘束した時よりも複雑に、剣を振る余裕もないほどに縛っていく。


「づぁ――!」


 しかし、そこで頭痛が起こり一瞬だけ拘束が緩みその隙をついて逃げられてしまう。おそらく魔術の連続使用に脳が負担を感じてしまい強制的にやめさせるために頭痛という形をとったのだろう。咄嗟のことで頭を押さえてしまい、型が崩れたところを盾による突進。

 まともに食らってしまい、吹き飛ばされてしまう。


「ごはぁっ!」

「チャンスッ!」


 ゴロゴロと地面に転がされ、固い地面が跳ねるたびに衝撃となって伝わってくる。すかさず追い打ちを変える冒険者にやられまいと、転がった勢いで何とか立ち上がり左からくる横からの攻撃を剣先を下に向けて防ぎ、回避する。

 痺れる両手に活を入れ、力に任せずどこを攻撃すればいいか目を凝らし、手首と軸を合わせて跳ね上げる。


「な――」

「チェック、メイト……」


 見事、片手剣を吹き飛ばし武装解除させた。その動揺の隙をついて、喉元に剣を突き立て致命傷となったことを示すようにガリア師の方へと向くが――


「……」

「え、いや……どうし、てッ――ぐふっ」


 左腕から激痛が走る。ミシッ、という嫌な音を立てながら徐々に食い込んでいく。攻撃してきたのは冒険者で、武器は吹き飛ばしたはずなのに痛みと同時に伝わるのは金属の固い感触。


「そうか、盾で」

「その通りだよっ! このクソが」

「ぐ、アアアア!!」


 ぐりぐりとねじられれば、苦痛で顔が歪んでしまう。今までの仕返しとでも言うように執拗に、痛めつけてくる。理性がないように見えていたのは気のせいだった。フェールムさんの言葉に従っていただけで、俺に対する感情は消えてはいなかったのだ。

 ……それが分かったからといって、この状況から逃れるわけではないけど。


「く、ィいいアアア゛ア゛――――!!」


 叫ぶことで、痛みの恐怖を誤魔化し威力もへったくれもなく適当に冒険者を蹴りつけ離れさせようとするがびくともせず、その場から動かない。ならばと、剣を逆手に構えて寸止めを考えず、振りぬくつもりで首元へと剣を振るう。


「もらった!」

「いや、そうはならない」


――ガキン


「な、んで……」

「お前が使えて、オレが使えない訳がないでしょ~?」


 煽るように、言い放つ。お前にできて……って、もしかして魔術か!? 何もなかったのに、不自然に弾き飛ばされたのは確かに魔術しか考えられない。


「ほたぁ! 何でか知らないけど、記憶もないし・・・・・・妙にイラついてるからサンドバッグになれ!」

「ぐ、ぶっ……ごばぁ!」

「ハハハ! 気分が良いなぁ!」


 ようやく盾から解放されたと思ったら、今度は顔を思いっきり盾で殴られる。それは変に剣で斬りつけられるよりもダメージが少ないのに、衝撃と顔を狙われていることで脳に振動が伝わり意識が混濁としてくる。額から血が流れて、視界が真っ赤に染まり歪んでいく。

 揺れる体の動きに合わせて、反対に殴ってくるため倒れることもできずただ本当にサンドバッグになってしまっている。


「――おい! 決闘は終了だ!」

「いやや、待ってほしいガリア。これは致命傷を攻撃したら勝ちなんだよ。そこで彼を見てほしい。蓄積されたダメージで倒れそうだけど、一撃一撃は致命傷になっていない。それは分かるだろう?」

「くっ、それは――」


 と、聞こえてくるような気もするけど耳も遠くなってきて顔以外にも鳩尾やわき腹も攻撃対象になり、剣はいつの間にか取り落としていた。しばらくすれば、疲れからか攻撃の雨が止み、仰向けになって地面に横たわる。

 片目が完全につぶれて、毎度毎度どうしてこんなにボロボロになるのか……そんなことを考える。

 治せるだろうか? このまま見えなくなってしまうのだろうか? 鈍く脈打つ痛みが後になって襲ってきて、思わず抑えようと手を動かすがのんびりとした緩慢な動作だった。


「はぁー、はぁー……あぁー、疲れたー。……ま、すっきりしたしこれで終わりにしてやるか!」





 終わる。


 いやだ。これ以上は死んでしまう。


 ここから先は引き返せない。もどれない。


 しにたくない。死にたくない。死に至りたくない。


 また何も叶えていないし、伝えたい言葉を伝えたい相手にまだ会ってすらいないのに。


 でも、何も動かない。俺の体はそんな意思には応えてくれない。どうして、こんなになってまで強くなってくれないのか。ガリア師に見初められて強くなれる道筋を導いてくているのに、俺はそんなやさしさにすら応えてあげられない。

 悔しいし、情けなかった。前に思った以上に期待されていると分かっていたから、期待に沿えない自分をどこかで責めてばかりだった。この決闘の直前のティーアからの激励だって、有言実行を果たせるか自信がなくてどこか後ろ向きな返事をしてしまった。

 暗く閉ざされた視界で、俺は振り下ろされる盾の攻撃を受け容れ死なないように祈って――本質は変わっていないと気づいて、とてつもない嫌悪にさいなまれる。


「――ァッ!」

「な、に!?」


 かすれた声でも叱責し、最後の力を振り絞って横にそれて攻撃を回避する。その先に落とした直剣があった。勢いに任せて、それを握りしめ反動を利用して振り向く。今にも意識が飛びそうで、立ち上がれば前のめりになるが……それすら次の行動のために利用する。

 倒れることだけはしないよう――今度倒れたら次はないと、心で脅しながら――足に力を込めて、冒険者に近づいていく。


「――――」


 何を言っているかわからないけど、驚いていることだけは分かって……俺は心臓に差し向けた剣先を誇らしく見守りながら、意識を暗転させた。

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