第23話 『分かたれた運命の道』


「おい、そこのお前」


 王城に来てから、たぶん一ヶ月。時間というのは圧倒間に過ぎるのか、もう一ヶ月というよりいつの間にか過ぎていた感じだ。

 そして訓練の途中、ガリア師がいないタイミングで俺に話しかけてくる一人の若い騎士。

 俺を見つめるその眼差しは決して友好なものとは言えないものであった。


「何の用だ」

「……ちっ、口の聞き方がなったねえのかよ」


 忌々し気に吐き出されるその言葉とともに、きつく睨んでくるその騎士は「許せない」という意思を……

 「どうしてお前が」とでも言いたげな顔をしていた。


「お前は、どうしてそうも怠けているんだ。……お前に割いている時間が一体、どれだけ貴重なものか理解していないのか?」

「……言われなくてもな、そんなことは分かっている」


 地味に気にしているところを突いてくるが、それはさんざん言われ続けたことだ。一ヶ月もすれば慣れてくる。何を言われたところで決めるのはガリア師だ。俺にはどうすることもできない。

 だから、気にしないようにしている。


「なら、なんでこの場から去らない。ここはお前が居ていいような場所ではない」

「それは……強く、なるためだ」

「知らないな、そんなこと。お前がここでガリア団長の時間を奪っているその事実に変わりはない」


 はっきりとそう断言するその騎士は、俺の胸倉を掴み投げ飛ばす。いきなりのことと細い見た目からは想像できない力強さで受け身を取ることが出来ず、肺から思い切り息を吐き出してしまう。


「ぐはぁっ!」

「……この程度。この程度で……どうして、ガリア団長の弟子でいることが、その厚意に甘えている自分が恥ずかしくないのか……俺には分からないな」

「げほっ、げほっ」

「実力、才能……そしてなにより、研鑽と身を削るような努力。それがあれば、人はどこまでも成長できる。なのに、お前は地面で這いつくばるだけで、上へ登ろうともしない。ただの怠惰なウスノロに過ぎず、理想を掲げて大儀を持たない夢遊病者が」

「――ぐっ、がぁ!?」


 起き上がろうとしたところを、脚で踏みつけられ再び地面の味を味わうことになる。

 いつもなら、これくらいの暴力指して気にしてもいなかった。だって、それはあの学院で当たり前のことだったから。けれど、今日はこの激情に蓋をすることが難しかった。

 言葉による否定よりも、行動による力の差を見せつけられたことが我慢ならなかった。


「こ、の――ッ!」

「はっ。なんだそのトロイ攻撃は」


 けれど、俺の拳は名前も知らない騎士によってけなされ、回避させる。久しぶりに感じる屈辱の感情に、振り回されるがまま乱雑に殴り続ける。


「避け、るなぁっ!」

「そんな攻撃している、君が悪いだろう」

「――!」


 別に何か特別なことがあったわけでも、因縁があったとかではない。こいつは突然俺の前に現れて、こうして侮辱しただけなのに……なんでこんなにも腹立たしいのか分からない。

 しいて言うなら……最近、夢見が悪くてストレスがたまっていたからだろうか? 覚えていないのに、後味の悪い記憶ばかり植え付けてくる、あの悪夢。


「お……ぐえ」

「ふん。ガリア団長の下で一体何を学んでいたと――ぉ、ごぽぉ」

「ハァ、ハァ……ぁ、ははは」


 だから、ついやってしまった。《無形の茨クリア・ソーン》で囀るその喉を絞めて声を出せないようにしてから、


「おご……き、君は……そこ、までして」

「……」

「ぁ――」


 獣のように、喰い破った。うるさい喉から蔑む目を牙を立てて口に広がる鉄の味と生臭い臭いに顔をしかめて、口に含んだモノを吐き出して、吐いた。


「お、おえええええ!!??」


 吐瀉物で汚れた口を拭っても、手についたのは血と肉片だけで自分の行いに更に吐き気がしてくる。

 イラついてたとしても、どうして俺はこんなことをしたのか……それとも、俺は元がこうなのだろうか。残虐で狂暴なただの獣以下の性質。そう思えてしかたない。

 ……そして、自分の吐き出されたものをふいに見てしまう。


「あ、ああぁぁ……アアアア!」

「……理解、不能」


 慟哭する俺の下へ、息を乱してティーアが駆けつけてくる。

 信じられないような光景を目の当たりにして目を大きく見開いて何も発せず口を開閉させる。


「……質問! ヴィル、あなたはどうして……どうして、そんなにも『獣ノ血』の匂いがするの!?」

「は、はは……なんです、それ」

「答えて!」

「…………知るわけ、ないだろ。ティーアァァァ!」

「きゃっ」


 初めて聞いた、女の子らしくてか弱い悲鳴は突き飛ばした俺の罪悪感を加速させる。……けれど、それどころではなくなってしまう。


「……! 《オーバーエクスペリエンス・ワンタイム・1000アクセル》!!」

「ひ……く、くるなぁ!」

「死ね! 獣の系統が!」


 マナが加速度的に増えて、残像を音をその世界に置いていき俺へと近づくと、心臓を一突きし握りつぶす。

 確実な致命傷のはずが、痛みすらなく。初めは即死して痛みを感じる暇もなかったのかと思ったが、貫かれている違和感は感じるし何より“あるはずのない心臓の鼓動”を感じるのだ。

 先程の『獣ノ血』とやら関係しているのか、それを尋ねようと口を開いたら、


「――はぐ」

「――――」


 悲鳴すらなく、その頭部をまるごとかじりつきティーアを死なせていた。無意識だった。こうしようとも、何も考えずただ口を開いた途端その一瞬だけ、意識を失って気が付いたら頭のないティーアだったものが横たわっていた。


「あく、む……そう、これは悪夢なんだ」

「いや、現実だ。化物」

「え……」



 またしても、人が死んでいた。今度は街中で火に包まれて見下ろせば黒く染まった自分の腕があった。

 よく見れば、何かにかじられたような痕がたくさんそこら中にあって、俺を囲む騎士にもつけられていた。


「……ティーアと少年の仇。ここで討たせてもらう――!」

「え……」


 待ってくれ。俺は、ここだ。死んでなんかいない。

 勘違いしている、俺は生きている。その敵討ちは成立しない。


 だから、やめてくれガリア師。


「ハアア!!」

「あ、アアア――」

「死にさらせえええ!!!」


『ウオオオーーー!』


 騎士団が咆哮を捧げ、倒すべき国の敵として俺は……マルカジリ。ガリア師は呆気なく、ティーアと同じ様に事切れる。

 あれだけ盛り上がっていた騎士たちは、蒼褪めた表情でこちらを眺めると逃げ出した。


「ははははhahahaha」

――い。

「ころせ、みんなしね」

――い、起きろ。

「ミンナ、タベテやる」





「――起床いい加減、起きる

「あでっ」


 そうして、現実へと帰還する。

 今まで、あったことが鮮明であることと同時に急激に色褪せていく夢、独特の感覚。そして、目の前で見つめてくるティーアが映る視界の既視感が凄まじく地獄のような光景を彷彿とさせる。最近、よく見る悪夢と違ってこちらはよく覚えていた。


「ようやく起きたか。だいぶうなされていたが、なんともないか?」

「は、はい」

「最近、どうも寝不足気味だが……よく眠れているのか?」

「……悪夢夢見でもわるいの?」

「まあ、そんなところですけど……大丈夫です」

「そう……」


 ただの夢、だったのだろうか? あの変わりようや俺の知らない知識が出てきたり、ゆめらしいと言えばそうなのかもしれないが深く考えれば考えるほど、記憶が朧気になっていく。


「……ともかく、これから魔獣の群生地の前線に行くのだ。気を引き締めておけ」

「はい」

「平常心」


 ガリア師とティーアの励ましにより、俺はこれから向かう魔獣の脅威に晒されている街へと向かう経緯を思い出すのであった。

 そして、心に刻み込まれた『獣ノ血』という言葉が頭から離れることがなかった。

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