第20話 ヴィルの強さ・発芽(2)


 魔術で本を捲るというのは集中力を要するもので、中々堪えた。透明な茨はどこにあるのか、それは分かるのだが何を触っているのか茨自体に触感はないので痺れた腕を動かしているそんな感覚で操作している。

 しかし長い時間細かい動きをしていたかいあって、しばらくすると手足のようにとはいかずとも操作の感覚を掴むことはできた。

 でもまぁ、それくらいは誰でもできる。ガリア師は使い初めてすぐに剣を使えるようになっていた。

 もはや嫉妬すら湧いてこないレベルで……茨で操られた剣にすら勝てなかった。


「難しいな……」


 一端解除して、休憩をはさむ。解除したことで一気に疲労感と同時に息詰まったところからの解放感のような心地がして酷使した脳が重く頭痛がするが、妙な達成感もあった。

 そんな状態でぼんやりと考える。明らかに学院に居た頃より成長を実感できるなと。魔術だって適正もあるのか、簡単に習得できるし上達もできる。もしかして俺に才能があって、今まではそれが眠っていただけ……ではないだろう。

 我流で鍛えて、すべてを自分で解決していたからきっとそれが合っていなかっただけ。多分そうなのだろう。


「『才能がないなら、技と型を身に付けろ』か」


 訓練が始まったと同時に何度も言われ続けたその言葉を口に出してみる。


 その言葉は俺の努力を否定することと同時にこれからの可能性を示してくれたようだった。ガリア師の言葉は一つ一つが身に染みて納得できる。まるで、自分もそうであったかのように俺に語りかけてくるのだ。


「まさか、な。……いや、どうでもいいことか」


 ここまでしてくれて気にならないわけではないが……それよりも俺は強くなりたかった。

 ガリア師がどうだとか過去に何があったとか、それがどうして俺が強くなることに何か関係があるのか。あちらは後継者がほしくて鍛え上げている。こちらは強くなりたいから鍛えている。そんな関係で、少しばかり情が移るくらいでいいのだ。


 さすがにそこまで冷酷にも薄情にもなれない。


「……よし、やろうか」


 休憩も十分。枯れかけたマナもすぐに回復したので、再び本を持って難解なその内容を必死に頭に詰めていく。それこそ余計な思考が挟む余地がないほどに……





 日も後少ししたら傾くというその時にガリア師は戻ってくる。騎士の仕事を終え、再び俺の訓練のために戻ってくるのだ。しかし今度は俺一人だけ、訓練を見てもらえるというわけではない。


「戻ったぞ。……いや、何をしているんだ?」

「あ、はい。勉強ついでに魔術の訓練も一緒に」

「そ、そうか」


 端的に俺のやっていることを伝えると、ガリア師は驚いたように短くそう答える。意外だったのか、それとも呆れていたのかはわからない。


「……器用よくできる可能私にもできそう?」


 そこへ、白い少女が俺に難解な口調で話しかけてくる。俺は少し時間を費やして、ここ数日で身に付けた解読スキルを駆使して俺はその意味をしっかりと捉える。


「ま、慣れですよ。先輩」

「……そう。説明今度教えて?

「いいですよ。あとで術式教えます」


 こくりと頷いて眠たげな目をさらにすぼめて瞬きをすると、いつのまにか俺の隣に立っていた。そんな俺と少女のやり取りを眺めていたガリア師が穏やかな目をしていたが、ゆっくりとその口を開いて移動することを伝えてくる。


「さ、行くぞ。今日もこいつと試合をして、帰るぞ」


 そう言って訓練場から離れていくガリア師。そのとなりにいた白く、無表情が仮面のように張り付いた顔をした少女。俺よりも二回りくらい小さい。そして、無口で難解――それがティーアという少女。言いたいことは単語をつなげて話し、相槌や肯定のときにしかまともな会話ができない。たしか二日目に紹介されたから知り合いになってから五日経ってるはずだ。短い間とはいえ、共有する時間が多いせいか、何が伝えたいのか理解できるようになってしまった。


「ん……根性覚悟しておいて?

「がんばりますよ」


 俺と同じくガリア師に指導を受けている姉弟子、にあたるのだろうか。込み入った事情があるらしくガリア師の下で保護されたらしいが詳しいことは聞いていない。そしてこの見た目で俺より年上らしく、そのように扱われるとほんの少しだけ上機嫌になるので『先輩』と呼んでいる。その時はほんの少しだけ眉尻を下げるのが目印だ。

 こんなことを言っては後の試合で絶対にぼこぼこにされるので口には出せないが、気紛れな猫に懐かれたみたいでほんわかする。


「……上等私に敵うとでも?がんばれでもその心意気は好き


 そう言ってティーアは不敵で、ただし小さな笑みを浮かべるのだった。ガリア師の後ろに続くその姿は自信で満ちていてとても眩しかった。

 その更に後ろを俺は大量の本を抱えて、付いていく。《無形の茨クリア・ソーン》の操作が上達したことで本を支えることができバランスを崩さず運ぶことが出来た。日常のちょっとした補助ができるとか、やっぱり便利な魔術だな。









 ところで、王城を歩いていると最近はあっていないが、いつも近くで見ていた人物がいたような気がした。しかしそこにいるはずもないので気のせいだと割り切り深く考えないようにする。


 あいつはここに居ていい人ではないはずだから。

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