第12話 魔獣氾濫・後編


 ――食われる。

 そう覚悟した俺は、ここで終わりかという心境に達しようとしていた。結局何もできずじまいで、騎士になることも、誰かのためになったとも思えなかった。

 けど……死に瀕して諦めがついた。あと数秒もすれば死ぬだろうと、走馬灯のように思考が加速してつい先ほどまで感じていた後悔もつい数十分前のように感じる。霞んだ視界を覗けば、眼前まで近づいている大きな牙があった。


(ふ……ああ。さっさと殺せばいいさ)


 声はもう出ないため、心の中でそう呟く。痛む皮膚を無理やり口角を動かして笑ってやった。最期はせめて哀しく終わりたくはなかった。


「グルウウアア!!」


 目をつぶって、やってくる生きたまま食われる痛みに耐えるため全身を強張せる。


 一秒……二秒……三秒……


「――い。生き――るか? 生きて――じ、しろ」

「……」


 しかし、いつまで経ってもやってくる痛みはなかった。もしかしてあまりの火傷で食われる前に死んでしまったのだろうか。だとしたら生きたまま食われなくて済んだと喜ぶべきかな。

 けど……死にたくはなかったな。


「ちっ……仕方あるまい、か。……回復は苦手なんだがな」

「……?」


 そこでようやく俺に話しかけている誰かがいることに気付く。暖かいなにかが俺の中に流れ込んで、全身を包み込んでいた。徐々に意識が水底から引きずり起される。


「――ッ!?」

「……目覚めたか。どうだ、話せるか?」

「~~っ!?」

「おい、暴れるな! 致命傷だぞ!」


 爛れていた皮膚が鋭敏になり、鈍化していたはずの痛覚が元に戻っていた。塞がっていた視界が明瞭になり情報が増えたことでさらに混乱する。しかし、目の前の大男が俺を押さえつけて傷の悪化を防いでくれた。

 しばらくして、急に戻った痛覚にも慣れてきたところで大人しく治療を受けていた。



「あんた、は……」

「ああ。自己紹介がまだだったか。俺はガリア、しがない騎士さ」

「ガリア……もしかして、あの・・?」

「さすがに知ってるか。そうだ。『黒竜狩り』にして、『黒竜騎士団』団長のガリアだ」


 ガリアと言えば、物語にも出てくるような生きた伝説。現代の英雄じゃないか。かつて国に訪れた“竜災”。その時にまだ若い一人の騎士が親玉の黒竜アヴェロンを単身で討ち取り、すぐさま英雄を中心とした騎士団が編成されたという、騎士の憧れだ。それがどうしてこんな場所に。


「どうして、って顔してるな」

「あ、ああはい。あなたの立場ならこんな所にはいないはずですし……」

「ま、ちょっとした調査で近くまで来てたからな」

「そういうこと、ですか」

「それより、なんでお前さんは死にかけていたんだ? 仮にも学生とはいえ騎士だろう?」

「……! そうだ、あの狼!」


 ガリアさんの言葉で俺はついさっきまで襲い掛かっていた狼の存在を思い出し慌てて辺りを見渡そうと体を起こす。


「ぐ、がぁ……」

「落ち着け。あの魔獣ならすでに倒している」


 しかし、腕や足に上手く力が入らずガリアさんに支えられて座らせられる。それと……倒した? あの恐怖を内側から吐き出させるような魔獣を1人で?


「ほら。あそこで倒れているだろう」

「……」


 俺は絶句した。

 あの魔獣は確かに死んでいた。騎士団長、それもこの国の英雄なら納得はできる。……しかし、その傷があまりにも信じられなかった。なぜなら、それは首を一刀両断され一撃で殺されていたから。苦戦どころか、戦いですらない。あの狼が虎を殺したときと同じ、強者が格下の命を摘み取るだけだった。

 それくらい、強いのか。騎士団長というのは。


「まあ、あれくらいなら楽勝だな。お前に釘付けだったおかげで横から簡単に斬り落とせた」

「そ、そうですか……」


 不意打ち、だとしても首を斬り落とせるその技量が信じられなかった。ああ、遠い。これほどまでに騎士が遠く感じる。まるで山の頂点を断崖絶壁の下から見上げている気分だ。

 あまりの衝撃に先程から出来事が要点だけまとめられて、過ぎていくようだ。


「……強く、なりたい」

「ん……?」


 助けられて、騎士に憧れて今度もまた助けられた。でも、狼に植え付けられた恐怖が離れてくれなかった。だから、その恐怖に打ち勝てるだけのおっとう的な力が欲しい。


「お前――っ!」


 ――ウオオオオン!!

 ――ウオオオオオオオオオンン!


「ち……群れてやがった。ったく、ここは比較的危険度の少ない魔獣の群生地帯のはずだろうがッ」

「い、今のって……まさか」

「ああ。あの狼は一匹だけじゃなかったってわけだ。……すまないが、俺はあいつらを倒さなくちゃならない。怪我人をここに置いていくのは不安だが――」

「気にしないでください。俺はもう大丈夫です」

「……そうか。ともかく急いで森から出ろ」

「はい。わかりました」


*** Side――ガリア


 ガリアは、森を疾走する。マナ強化も併用してギアを引き上げ、少しでも早く駆けつけられるように。


「名前、聞きそびれたな」


 雑魚の魔獣は威圧で怯えさせて退けながら、先程助けた学生のことを考える。あれは生きているのが不思議なくらいの重傷だったというのに、しぶとく生き残っていた。

 見たところ、かなりの努力を積んでいた形跡が体には残っていた。しかしその割には身にまとっていた『オーラ』が弱かった。たぶん才能に恵まれず、開花すべき素質もなかった。

 だからこそ、不思議なのだ。ガリアにとっては圧倒的な格下だが、あの狼の魔獣は学生にとって――いや、虎の魔獣と比べても圧倒的に彼我の差が明確だった。炭になって消えていても――実際半分は炭化していたが――おかしくはなかった。


「……本当に、才能が眠っているとかでは無い。ならば、執念か?」


 並々ならぬ力への執着が見えていた。あの少年は気づいていないだろうが、まるで飢えた獣のような渇望を宿した目をしていたな……とガリアは考える。


「あり、やもしれん。俺は彼と出会えたことに運命を感じる」


 才能はない、素質も足りない、なにより生への執着が欠けていた。声をかけるまで、死ぬことを受け入れていた。だからこそ・・・・・、最適だった。自分の技を教え、育てる弟子として。

 何もかもがないからこそ、喰らいつける。力とその高みへの渇望こそが、この『黒竜狩り』が英雄足りえる技を受け継ぐに値する。

 なまじ才能があっても意味がない。無知であることこそ、この技は初めて習得できる。何もできないから、この技にだけ集中できる。壊れていること、壁を越えられない者が必要だった。


「……学生だから、調べれば簡単に素性は調べられるだろう」

「グルウウウウウウウウウウウウウ――!!」

「今は、こちらに集中しよう」


 ガリアは目の前で一際大きい狼を中心として数十匹は集まっている魔獣の群れに単身で突っ込んでいく。近くには何名か負傷した学生と教官がいた。つまり救助に来て失敗したということになるのだろうが、ならばなぜあの少年の下には誰も来ていないのか不思議に思う。

 こういう事態を想定して、魔獣討伐の実習には教官及び現役の騎士は数を多くそろえるはずだが……


「腐ったものだな……まあいい」


 才能がない、卑下、冷遇、容易に想像することが出来た。あそこでかすり傷に震えてい騎士よりもよっぽどあの少年の方が無謀ではあるが、勇猛であった。


「――ハアア!」


 マナ強化を体が壊れるギリギリまで引き上げ、『オーラ』を剣に纏わせる。速度落とさないよう、刃の角度に気を付け首を狙い目に映るすべての魔獣を切り伏せていく。

 豪胆に豪快に、技の粋を惜しみなく振るって行く。


 血で汚れる体。それはむしろ戦意を底上げし、さらなる加速と膂力をもたらした。

 血の暴風雨となって魔獣の群れを蹂躙していく。戦いに長く身を置く者は自然と自分を客観視する術を身に付ける。

 ガリアもその一人であり、複数を相手にしながら三手先を常に思考し読んでいた。


 ――呆気なく、騎士学院の魔獣討伐実習の危機は過ぎていった。そして、誰もが救世主である『黒竜狩り』に心酔するようになった。当然の如く、誰もがあの騎士のようになりたいと憧れと明確な目標を持って強くなろうとしていた。





 その一方で、一人の少年の積み重ねてきたものが今、報われようとしていた。偶然と死の危機が巡り合わせた変革の出会いが起こった。

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