第10話 魔獣氾濫・前編

 俺は静かにただ一人で進んでいく。

 まれに襲いかかってくる一角獣を同じ要領で対処していくが、何度も続くと疲れが溜まってくる。


「……まだ足りない、か。こんなものなのか……」


 分かっていたけど、自分の実力がこんなものだと示されているようで中々堪える。


 ――傭兵、として活動するならお前は生きてくための小銭を稼ぐならできるだろう。だけど、国の戦力として期待される『騎士』には一歩及ばねえな。諦めるならお前の自由だ。俺はそれを止めたりはしない。


「はっ。まったくもってその通りだな」


 過去に言われた中で最も覚えていた言葉を思い出す。笑い飛ばすように振る舞うが、それは何よりも自分が知っていることで理解していることでもある。

 でも、それでも諦めたくなかった。自分の研鑽と努力の積み重ねを否定するようで嫌だった。


「キュー!」

「――っ! はぁっ!」


 考え事から魔獣の対処へと現実に引き戻される。俺は襲いかかるウサギをなるべく・・・・傷つけないよう首を斬りつける。慣れ、もあるのだろう。10回以上も相手にしていたら攻撃パターンを覚えることなんて誰でもできる。


「っ……痛ぁ」


 攻撃したときに手首を捻っのか熱を帯びて、痛みを訴えてくる。

 しかし血の匂いで魔獣が引き寄せられないとは言えないので、即座に角を折ることも忘れずにその場から離れていく。





「いてて……」


 手持ちの薬草をすり潰して包帯と一緒に巻きつける。

 治癒魔術でも使えたらいいのに……と思わざるを得ない。あれはとても便利だからな。


「……どうするかな」


 このケガでも戦えなくはないが、悪化させてはまたアリストにどやされる。そんな未来が見える。

 けれどここでリタイアしては今学期の成績は絶望的だろう。特に実技に関しては。


「勉強はがんばってるけど……まぁ、これに関しては普通か」


 騎士道、兵法戦術、指揮……などなど。

 礼儀作法まで加わってるところがなんともまあ。好成績を修めているが、戦えなければ騎士とは言えない。


「さて、じゃあ行くか」


***


 ――時を同じく、ここは森の奥深く。


「ぎゃああ!」

「グルルル、グアア!」


 複数の生徒が自信満々に魔獣を狩り続け、教師からの『深追いして森の奥深くまで行くな』という警告も忘れて突き進んでいく。

 この森は危険は少なく、まれに子供が潜り込んでも生還できるほど安全であると言われているがそれは普段傭兵が魔獣を駆除しているからである。つまり、騎士の鍛錬を積んでいるとはいえ学生……子供に奥の魔獣を相手にすることは難しかった。


「く、くそおお! 俺、おれはぁ……――なんだぞ!」


 いくら家や自分の命の尊さを魔獣相手に説いたところで、目の前の生物を喰らうだけの生物にとって獲物が最期に喚いているだけに過ぎない。

 いや、むしろその反応こそ望んでいたのかもしれない。


「グッルル♪ グャアアア!」

「ひ、ひぃ……だ、誰か……」


 どことなく嘲笑している魔獣。人をゆうに超える体躯に鋭く大きく尖った牙。

 古来より狩りにおいてもっとも動物が使用してきた武器であり、食事の道具である。


「い、嫌だアアア!」


 つまり原初からの恐怖を湧き立てられ、みっともなく逃げてしまう。


 必死に逃げて、逃げて……恥も外見も何もかもを捨ててただ恐怖に突き動かされる哀れな動物。

 その先には栄光も約束された未来もない。あるのは生きることだけ。それを否定はしないが、それを受け止めきれるだけの器が果たして、彼にあるのかは別の話。

 そして、最もありえなかったこと――彼にとって一番の屈辱は……


「――っと。あぶな……」

「た、助けてくれぇ……助けて、死にたくない……」

「はぁ?」


 不思議そうに首をかしげるヴィルに命を助けてくれと乞いてしまったことだろう。


***


 森を進んでいるとなにやら悲鳴と叫び声が聞こえてきたのでそちらに向かってみると、必死な様子で助けを求めてこられた。

 しかもそいつは、俺をよくサンドバッグにしてきた貴族の三男坊だった。


「……どういうことだ。何かあったのか?」

「あ、ああ。その、森の奥で、でっかい狼の魔獣に襲われて……それで」


 いつもの傲岸不遜な空気はどこへやら。しおらしくなったそいつに違和感を感じるが、その様子から嘘を吐いているようには思えなかった。プライドが高いこいつが他人に『命を助けてくれ』と叫んでいるのだ。

 演技にしては、凝りすぎているし不可解でしかない。


「はぁ……とりあえず落ち着け。落ち着いて森の外へ逃げろ。そして教官に伝えるんだ」

「え? あ、ああ……分かっ、た」


 ともかくこうして慌てている奴は目的とやるべき事を与えてそのことだけに集中させる。そうすることで一時的に恐怖や焦りというのはすべて行動に変換される。


「さて……」


 森の外へと向かっていくそいつとは反対方向へと目をやると、考える間もなく走り出していた。

 何故? どうして? 行ってもできることなんてない。

 そんなことすら思わなかった。

 ただ、感じていたのだ。


「たぶん、狙われている。少なくとも追いつかれる距離にいたはずだ」


 昔、狩猟の手伝いで聞きかじったことだが……魔獣は獣より性質タチが悪い、と。曰く、「獣は生きるために本能が特化しているが、魔獣は殺戮と血を求めることに特化している」らしい。

 だから、きっと……


「グルルル……!!」

「……」


 それは、なんとも大きい虎だろうか。鋭く伸びた牙に、しなやかで俊敏な肉体。

 脅威的な魔獣とはこんなにも、恐ろしく暴力的なのかと俺は悟った。


「……こい」

「グルァアアア!!」


 剣を構えて、戦いの火蓋は切り落とされた。

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