第2話 花畑の少女と村出身の青年

 あの少女――ミリアと出逢ってから3日が経ち俺はあの花畑に毎日のように足しげく通っていた。

 もちろん花を眺めるため……ではなく剣の鍛錬をするために。


「ふっ、ふっ」

「飽きもせずによく続くよね」


 俺のやる気を削ぐように語り掛けてくるミリア。

 手で顎を支えてこちらを不思議そうに眺めてくる。


「……こうしてないと、追いつけないからな」

「……?」


 俺には才能も強くなれる素質もない。だから日々の積み重ねを大切にしていかなければならない。……そういうことにしている。


「まぁ、いいけど。それよりただ黙って素振りするのも味気ないからお話しようよ」

「……断る。する理由もないし」

「へぇー……そう。あれだけ喚いてたのになー」

「ぐ……」


 こいつ……っ、脅してるのかよ。

 確かに弱みを握られてはいるが、こいつの策に乗っかるのも癪にさわる。

 それに俺みたいな弱小剣士が落ち着いて鍛錬できるこの場所は貴重だ。ここに通えなくなるのは、惜しい。


「はぁ……ちょっとだけだからな」

「はぁい。じゃ、何から話そうかな? 3日間、自己紹介したくらいだからなー、お互いの身の上話でもどう?」


 確かにミリアという名前くらいしか知らないし、興味もないが話題にはちょうどいいかもしれないな。


「……俺の名前はヴィル。ヴァーグ村という、王都からかなり遠くの村から来た」

「そうなんだ。私はミリア、出身は王都だよ」

「……家名はないのか?」

「家名? そんな大層なものがどうしたの」

「いや。こっちの話だ」


 そうか。この身なりなら貴族か大規模な商人かと思っていたけど違ったらしい。

 それならそれでいいけど。


「趣味はね、こうしてここの花畑で夕日を眺めること!」

「そうか。俺は剣の修行、だっ」


 素振りを続けながら会話も続ける。

 習慣になっているため、考え事も大抵は素振りをしながらだし会話もそれを口に出すだけのこと。


「つまんないねー。ま、趣味は人それぞれだからいいけど」

「放っておけ。趣味というか、俺はこうしないと……いや、何でもない」


 何も努力していないことになる。そう言いかけて、踏みとどまる。努力や頑張りは口にした瞬間軽くなってしまう気がして、なんだか言い出せなかった。


「ふうん……でも、頑張っても結果は伴わなかったみたいだけど」

「……ッ! それは」

「というわけで、あまり根詰めてもいいことなんてないから一緒に夕日を見ようよ。もう少ししたらきれいに見えるからさ」

「…………」


 となりを手でぽんぽんとたたかれて招かれる。だけど俺はそれを見なかったこと聞かなかったことにして素振りを続けることにする。


「むぅ……余裕のない人は早死にするよー」

「うるさい。黙れ」


 俺は黙々と剣を振り続ける。

 それからはミリアは俺に話しかけずに、夕日を見ることに集中しているようだった。


「……はぁ……ふっ」


 少しの間剣を下ろして、息を整えすぐに再開する。学院の授業が終わってから夕刻まで素振りを続けているから大体2時間くらいか?

 ずっと同じことをしていると時間の感覚が短く感じてしまう。


「ふぅ。今日もきれいだったな……」


 夕日を見終えたミリアがそう呟くと、こちらに向き直って妙にすっきりしたような笑顔を向けてくる。

 その顔から彼女も何か、大変なものを抱えているのではないかと思案するが関わっている暇はないと切り捨てる。


「それでヴィルはまだここに居るの? 私は用事が済んだからもう帰るけど」

「いや……俺も暗くなってきたから帰るよ。じゃあなミリア」

「うん。またね、ヴィル」


 剣を鞘にしまい、来た道を辿るように歩いていく。

 後ろを振り返れば、手を振って見送るミリアの姿があった。


***


「羨ましいな……なんてね」


 ヴィルを見送って一人になったところで、小さく言葉を漏らす。私には生まれも才能もないなんて、想像もできないし彼ほど欲しがることもない。

 だから純粋に羨ましかった。きっと上も見上げるだけでいい生活ではないのだろうけど、それでも私はその“上にいる”生活に疲れてしまった。


「どうして、私なんだろうね……どうせならヴィルにあげてくれたらよかったのに」


 神様は不公平だ。どうしてその人が一番いらないものをその人にあげるんだろう。


「……はぁ……言っても仕方ない、か」


 どうしようもないことを私は知っている。だから私はせめてこの才能を国のために、国民の平和のために使う。

 それが王女、ひいては王族として生まれた役目だろう。


「さ、今度のお仕事はどんなものなのかな?」


 本当は戦いなんてしたくないのに、こうして1日中ずっとのんびりこうして花を眺めて過ごしていたり、もっと普通のことをしたいと望んでいるはずなのに私は王女であることを捨てきれないでいた。

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