第7話 従者
「今年が、ちょうどその二千年後じゃ。天記の目覚めに間に合ったの」
紫龍が、ホッとしたように言った。
「ナギはそもそも、人に危害を加えてしまった時点で消えるべき存在じゃった。エンキを消すことのできる者に、自分の力を与えるために、二千年もの間存在していたんじゃ」
「……エンキを消すことができる者。それが、天記さん」
天記は、今朝見た夢を思い出した。
(あの背の高い男の人がナギ?俺の父親?)
岳斗が天記の方を見ると、天記は自分の置かれた立場を理解するのに必死な様子で、落ち着かない顔をしていた。
立ち上がった岳斗は、天記のとなりの椅子に座り肩にポンッと手を置いた。
天記は岳斗の顔を見ると、不安そうに言った。
「俺、これからどうしたらいいの?そのエンキとかいうやつと戦って、そいつを消さなきゃいけいないんだよね」
突然、自分の肩に背負わされたものの重さで、天記は押しつぶされそうな気持ちだった。
「大丈夫です。俺も一緒に戦います。そのために俺の先祖は、代々この場所に住んで、ナギとその周りの全てのものを守ってきたんです。……俺は龍神族の子孫で、天記さんの従者です」
天記は目を丸くして岳斗を見た。
従者とは、つまり天記に仕える者ということだ。
岳斗は、ずっと前から自分のしなければならないことを知っていたのだ。天記が何も知らず、ただ周りの人たちに生かされていただけの間も、ずっと一人でこの事実を抱えてきた。
岳斗は天記の顔を見て、大丈夫というように小さくうなずいた。
「まずは猫だ」赤龍が言った。
「猫?」
また不思議なことを言う。天記の頭の中にはこの数時間の間に、何度も?マークが現れている。
紫龍が、岳斗の目の前をフワフワ飛びながらこう言った。
「お前も気づいておるじゃろうが、まずあの猫をどうにかせんとならん」
「そうですね」
岳斗も納得したように答える。すると、ますます天記の頭に?マークが浮かぶ。
岳斗は、天記にもきちんと理解できるように丁寧に話した。
「天記さん。俺のブレスレット、見えますよね。そもそもこのブレスレットは、普通の人間には見えないんです」
そのブレスレットは、龍神族の長となった者が代々引き継いできた物で、自分や天記を守るための結界になってくれていること。危険が迫ると手首を締め付けて、教えてくれるということ。
そして、先日子猫に天記が触れた時、ブレスレットが反応したということを、ゆっくりと説明した。
「あの子猫に、大きな黒い影が見えたんです」
「わしにも見えたぞ。あの影はエンキに違いない。あの子猫は操られておった。岳斗のおかげで、天記の存在は向こうに気づかれてはおらんはずじゃ」
紫龍は、フワフワと天記の目の前に移動してきて顔を見て言った。
「お前はまだ子供じゃ。まともに戦うにはそもそも力不足なんじゃ。今はまだ、向こうに見つからんようにするのが肝心じゃ。これから長い時間をかけて成長し、戦えるだけの力を養わねばならん」
ここのところ、全国で起きておる火事騒ぎは、その化け猫の仕業に違いない。どうやら天記の居所を探して、古い神社ばかりを狙い、放火しているようだった。被害にあったどの神社にも、『龍』という文字が入っている。
それと、行方不明の少年たちの名前にも『龍』もしくは『竜』の漢字が入っていると、最近の新聞やニュースで報道されていた。
龍神だからって、龍が付くものばかり狙うって、なんだか安直すぎないかと、そこにいる誰もが思っていた。
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半年ほど前、エンキはよみがえっていた。ちりぢりになった欠片の一つが、ナギに喰いちぎられ、もがれてしまった片腕を探して、地中深くからもぞもぞと
欠片は地上に出てきてすぐ、小さな黒いモヤモヤとした塊となって、宙をフワフワと浮かびながらさまよっていた。
そうしているうち見つけたのだ。人間によって虐待され傷ついた猫が、人間を怨みながら死にゆくのを。
黒いモヤモヤとした塊は、深い地の底から響くような、低く重い声で猫に話かけた。
「苦しいか?辛いか?憎いか?その怨み、この私が晴らしてやろう」
そう言うと、今にも死にそうな猫の口や鼻から、ずるずると黒いモヤモヤとした塊が入ってゆく。
ビクビクと体を震わせたかと思うと、猫はムクムクと起き上がり金色に目を光らせ、生きてきた頃の三倍ほどの大猫になった。背中の毛は異常に逆立ち、手足の爪は必要以上に鋭く伸びた。
グルグルと喉を鳴らし、次に大きく一声鳴いた。
しばらくすると、長く響いたその声に反応するように、大猫の周りにたくさんの猫達が集まってきた。
そこいら中で猫の鳴き声がしていたが、大猫がしゃがれた低い声で話し出すと、すぐに静まりかえった。
「龍神の子を探せ。居所を突き止めろ。怪しい場所には火を放つのだ」
猫達はクモの子を散らすように、方々へ走り去っていった。
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二人と二つの龍は、とりあえずの対策を考えた。
まず、猫に気を付けること。天記は絶対猫には触れないこと。
それと、支水神社と天記の家の周りには結界が張ってあるので大丈夫だが、それ以外の場所では、龍神の力を使わないこと。力を使うとすぐに居所を知られてしまうからだ。
とりあえずそれだけを決めると、あとは相手の出方を待つことにした。二つの龍は姿を消し、岳斗と天記は地下から岳斗の部屋に戻ってきた。
夜もすっかり更けていた。岳斗は自分のベッドを天記に貸して、自分は床に布団を敷いて寝る。いつものことだ。
今日一日、信じられないことばかり起こった。体は疲れ切っているのに、なぜか神経が張り詰めていて眠れない。
何度も寝返りを打っていると、岳斗が落ち着いた口調で言う。
「天記さん眠れないんですか?俺もです。俺もたぶん同じ気持ちです。でも、とりあえず寝ましょう。難しいことはまた明日考えましょう」
やはり、自分はいつも守られ、気遣われている。いつまでも子供でいる自分を、情けなく思いながらも、岳斗の言葉にホッとする天記だった。
自分をわかってくれる人がいる。そう思うと安心できた。しばらくして目を閉じると、夢など見ることもないほど深い眠りについた。
十二年目の誕生日も、月は、きれいに輝いていた。
つづく
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