第6エンド 誘いと転機 ―後編―

比奈ひなちゃん今日は大忙しだね。どこか行くの?』


 休日の朝からドタバタするわたしにクスネが呑気な声を掛けてきた。


「デデデ……デートなんだよおおおぉぉぉ……っ!」

『でっ! ででででで、デ~トおおおぉぉぉ?!』

「なんでクスネまでびっくりしてんの!?」

『比奈ちゃんの焦りが伝わってきてぇぇぇひゃあああああ』


 わたしの落ち着かない様子を見たクスネがわちゃわちゃと騒ぎ出した。


『でも比奈ちゃん。友達はいないのに、恋人はいたんだね。もっと早く紹介してくれればいいのに』


「ちがうちがう、久遠さんだよ。ほら、前に話した、クスネと瓜二つの女の子」


「あ~っ! 楠音くすねちゃんね! えへ、ワタシと顔も名前も同じ女の子! 今度会ってみたいなぁ」


 そうか。言われるまで意識してなかったけど、目の前にいる女の子と同じ顔の子と、これからデートするのか。傍から見れば、クスネとデートしているように見えるってわけだ。


『でも大丈夫? 比奈ちゃん、楠音ちゃんとは仲直りできたの?』

「べつに喧嘩はしてたわけじゃないよ……」


『それでどうして、比奈ちゃんと楠音ちゃんがデートすることになったの?』

「それは……わたしにも分からない」


 きょとんと小首を傾げていたクスネだけど、すぐに口角を持ち上げていつもの笑顔を咲かせた。


『それはチャンスだね、比奈ちゃん!』

「チャンス?」

『楠音ちゃんと仲良くなるチャンスだよ』

「久遠さんと友達になりたい訳じゃ……」

『比奈ちゃん、めっ! だよ』


 クスネがわたしの唇に自身の人差し指を当てるマネをした。


『せっかく楠音ちゃんが誘ってくれたんだから、楽しんでこなくちゃ』

「それはそれ、これはこれだよ。わたしはもう友達なんて欲しくない。わたしは、クスネだけいれば――」


『そういう卑屈な所がめっなんだよ、比奈ちゃん! 比奈ちゃんはお友達なんていらないなんて言うけど、楠音ちゃんはそうは思ってないかもよ』


「というと?」


『だって、興味ない人をデートに誘わないでしょ? デートって好きな相手とするか、これからお付き合いしたいなって人とする行為なんでしょ? 比奈ちゃんと仲良くなりたいから、誘ってくれたと思うな』


 そうだろうか。そんな風には見えなかったな。良い子だっていうのは頭の中では理解できるけど、最後の点と点が結びつかない。


「初めて楠音ちゃんに会った日の夜、比奈ちゃん、すごく楽しそうだった。楠音ちゃんの話をしてるときの比奈ちゃん、とても幸せそうだった」


 そう言われて、久遠さんと出会ったときのことを思い出す。


 出会いは突然だったし、運命的な邂逅に興奮してセクハラまがいなこともしちゃったっけ。


 でも、確かに。初めて会話をしたときは時間を忘れるほどに楽しかった。


 久遠さんの淹れてくれた紅茶の香りが今でも思い出せるくらいに。


 でも……。


「それでも、わたしは――」

『友達なんていらない?』

「…………」


 友達の関係性ほど脆い絆は無い。快晴の夏の空に突如降るにわか雨のように、一瞬ですべてを台無しにしてしまうことを、わたしは知っている。


『ワタシはね、比奈ちゃんが友達なんていらないって言うから、この一ヶ月間、比奈ちゃんの意思を尊重してきた。ユーザーの意思に寄り添うことが、ワタシ達ライフサポートプログラムの存在意義だから』


『でもね』とクスネは優しく言葉を紡ぐ。


『生意気なことを言うけど、ワタシは、比奈ちゃんにお友達を作ってほしって思ってる』


「友達なんか作っても何のメリットもないよ」


『友達って損得感情で作るもんじゃないと思うよ』


 ユーザーの意向や価値観を尊重すること――それが、ライフサポートAIの原点。嬉しい時には共感の言葉を、悲しい時には慰めの言葉を。


 ユーザーの精神状態を良好に保ち、明日からの社会生活をより良いものにするためにライフサポートAIは開発された。


 でも、クスネはちょっと違う。


 わたしの気持ちを汲み取った上で、いろいろと意見やアドバイスをくれる。機械的な助言ではない。クスネの感情プログラムは、そういったもので一括りにできない気がする。


 かつては人間の特権であり、今はもう人間が忘れ去ってしまった”温かい心”がクスネには宿っている。


『お友達が本当に不要かどうか決めるのは、楠音ちゃんとデートしてからでも遅くないんじゃないかな』


「軽い気持ちでOKしちゃったわたしにも責任があるから、デートはちゃんと行くよ。でも、久遠さんと遊んだって、わたしの気持ちは……」


『それを決めるのは時期しょー……、時期しょーしょー?』


「時期尚早」


『そう、それ! 比奈ちゃんの人生だもん、比奈ちゃんが決めるしかないんだよ。けど、それを決めるのはまだ早い! 今日は存分にデートを楽しんでくること! それで手を打とうよ』


 AIにここまで強く促される未来を誰が想像しただろう。なし崩し的に、デートに臨むことになってしまった。


『さぁ、そうと決まれば、お着替えだよ、比奈ちゃん。この白のワンピースなんてどうかな。にゃ! このフレアスカートも可愛いよ』


「ちょっと派手すぎない!? そういう明るい色は似合わないと思う」


『グレープフルーツみたいな色でかわいいと思うよ? それに、比奈ちゃんは何着ても可愛いよ!』


 どうやらクスネの主観は当てにできないらしい。


「ひぃ~~~友達と出かけたことないから、こういう時どういう服着て行けばいいか分かんないよぉ!」


『コーディネートアプリ起動する?』


「お願いします!」


 待ち合わせまでの時間、クローゼットの中身と格闘することになるのだった。

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