第1話



 高校一年生の春。



 私は私立の坂之上北高校に入学した。


 六つ上のお姉ちゃんが元々この学校の出身で、なんとなく、私もこの高校に推薦入学で入学した。



 でも私にはやりたいことがあった。


 それは弓道部に入ること。


 中学のときに好きだった少女漫画の子が弓道部でそれに憧れたのがきっかけで、そんなに大した理由ではなかった。



「理沙ー!この後、弓道部の部活見学って行くー?」



 芽衣が隣の席で私に問いかけた。


 芽衣は私とは違う中学出身で、元々中学で少し強い弓道部に入っていたらしく、肩ががっちりしていて活発な女子だった。


 高校で一緒のクラスになり、隣の席同士ということもあり意気投合をしてすぐに仲良くなった。私が弓道に興味を持っていることを知り、見学に誘ってくれた。



「うん!行く行く!あーあ、私も中学に弓道部があったら良かったな~……初心者でも大丈夫かな?」



 私は小さくため息をつきながら、自分の鞄を肩にかけた。



「まあ、中学で弓道部があるところは少ないし、きっと、ほとんどの子が初心者なんだから大丈夫だって!」



 芽衣が私の隣で励ましてくれた。


 私たちの高校は名前の通り坂の上に学校が建っている。そして弓道場は更に、四十段の石畳の階段を上がったところにあった。



 私たちはその石畳の階段の前までやってきた。入部したら、これをほぼ毎日登るのか~……

 

 きつ~……


でも、この頭上にある桜並木がこの時期に毎日見れるのはちょっとお得かも。そう思えるほど素敵な桜並木が階段の両隣から連なっていた。


まだ、ほんの少しだけ冷たい風がなびき桜の花びらがヒラヒラと舞う。


 そんな事を思っていると芽衣のスマホのバイブが鳴った。芽衣がスマホを見て、突然、私の目の前で両手を合わした。


「ごめん!理沙。あの、同中の私と同じ弓道部だった子が見学に一緒行くって言ってるんだけど、クラス違うから、ちょっとここで一緒に待っててもらってもいいかな……?」


「そうなんだ……うん!いいよー!」


 と私は笑って返事を返した。


 ……ほんとは、私はちょっと人見知りで、初めて話す子とは緊張してしまう。芽衣の友達だし、きっといい子なんだろうけども。


 私は背中の後ろで、左手の手首を右手でぎゅっと握る。



「ありがとう~!ごめんね、もうそろそろ来るみたいなんだけど……あ、きたきた!」


 芽衣が隣で右手を振り、こっちこっち!と手招きをした。


 芽衣の影から手招きしている方を覗くと、ショートカットのスラッとした子が走って来てた。


「ごめんごめん!うちのクラスの女子、誰も弓道部行かないみたいでさ~」


 ショート髪の子がふーっと一息つき、おでこの汗を右腕で拭った。

 なんか、ちょっとカッコいい系の女の子だな。



 私が、貴方に抱いた第一印象なんて、それくらいだったのに。



 ショートの子の視線が私の方へと移り、


「……その子は?」


 と、芽衣に問いかけた。


「あ!この子はね、私と同じクラスの子で理沙だよ!初心者だけど、弓道に興味があるって言うから一緒に誘ったんだ♪」


 芽衣が私の方を向いて、嬉しそうに紹介してくれた。


「はじめまして~、よろしくね!」


 私がにこっと愛想笑いをした。



「そっか!うちは唯菜です!あ、呼び捨てでいいからね!よろしく、理沙!」


 唯菜がナチュラルに私の名前も呼び捨てにして、にこっと笑った。

 フレンドリーな子なんだな~。


 私はこの子や芽衣みたいな子がちょっと羨ましかった。



 私はまた背中の後ろで、左手の手首を右手でぎゅっと握った。



 そうして、三人の自己紹介も終わり、私たちは四十段の階段を登り始めた。




 やっとの思いで弓道場に到着し、乱れた呼吸を一度整えてから、唯菜が道場の扉をカラカラカラと開けていった。するとそこには先輩たちが部活の準備を始めていた。


「「「こんにちは~」」」


「あ、いらっしゃ~い!見学の子たちだよね?他にも何人か来てるからあっちで一緒にすわってて貰えるかな?」


 一人の女の先輩が私たちに気付き、声をかけてくれた。

 私たちは指示された場所へと移動する。

 思ってたより先輩にも見学の子たちにも、男の子いるんだ。見学には女子六人くらいと、男子五人くらいが固まって座っていた。



「あれ、唯菜と芽衣じゃない?」


 私たちが移動していると、先ほどの先輩とは別の男の先輩が二人に声をかけた。


「知り合い?」


「おー、同じ中学で弓道部の後輩だったんだよ。」


「おー!じゃあ、二人は経験者??」


 先輩方と見学の一年の子達が唯菜と芽衣二人に視線を集める。


「はい!そうです!高校でもやりたくて入部するつもりで見学に来ました!」


 唯菜が元気よく返事を返した。


「私もそのつもりです!」


 芽衣も唯菜の後に続いて言った。


「いいじゃん!いいじゃん!大歓迎だよ!あ、なんだったら今日これから、見学の子達に見せる為に、坐射ざしゃをやるんだけど、一緒に入ってやってみる?」


 と、もう一人先輩が側にきて提案した。


「ゆ、弓懸ゆがけとか持ってきてないです。」


 芽衣が戸惑ったように答えた。


「ふっふっふ、私はそんな事もあろうかと、今日持ってきました!!」


 唯菜は鞄の中をがさごそと探し黒い小袋を出した。ユガケって何だろう?唯菜たちの中学の先輩が「おーさすがー!」と感心していた。


「だけど、弓と矢は今日持ってきてないので、どなたかのお借りしてもよろしいですか?」


「いいよ!いいよ!矢だけ誰かの矢と長さ合わしてみよ。あ、胴着も余ってるのあるからそれ着なよ!弓は何キロ引いてた?」


 唯菜はそのまま先輩方に連れて行かれてしまった。私と芽衣はそのまま見学の子達と一緒になって座った。


 すると、また、カラカラカラと道場の扉が開いた。

 あ、たぶん弓道部の顧問の先生かな。スラッとしていて、黒く長い髪を後ろに束ねた綺麗な人だった。


「「「「「こんにちは!!」」」」」


 と先輩方が先生に大きな声で挨拶をした。


「「「こんにちは」」」


 少し小さい声で、見学の一年生も後に続いて挨拶をした。

 一人の男の先輩が顧問らしき人に駆け寄り話をしに行った。



「うん……そっか、わかった。ありがとう。じゃあ、みんな坐射始めるよ!」



「「「「はい!」」」」


 先輩たちが返事をした後、そのままその人は私たちのもとへ足を運んだ。


「こんにちは、見学の子たちだよね?私はこの弓道部の顧問をしてる、神崎 尚と言います。よろしくね!あ、正座、最初はつらいと思うから楽な姿勢で座ってて大丈夫だからね」


 それじゃ、と言って神崎先生は弓が並んでいる隣に椅子を置いて、脚を組んで座った。



 先輩たちが、弓と矢を持って道場の左端に並び始めた。一番先頭の人が、ふーっと一息吐いて「入ります」と言ってから、左足を前に踏み出した。


 後ろの人もそれに続いて入場し始めた。


 五人目まで入場して、六人目の人がまた「入ります」と一声をかけて入場し始めた。

 あ、十人目に唯菜がいた。唯菜は袴田姿に着替えて先輩たちの列に並んでいた。


 まだ、弓を引いてもいないのに、歩くにしても、座るにしても、立つにしても、一つ一つの動作が、全員揃っていて私は目の前の光景に圧倒された。


 その中に唯菜がいる。


 先輩たちが一人、一人、また一人と立ち始め、弓を引き始める。

 カーンと甲高い矢を放つ音と、パンッと的に矢が貫かれる音が道場内に鳴り響く。


 あ、唯菜の番になった。


 矢がつがえられた弓を前で構え、顔を的へと向ける。


 弓を構えた両腕がゆっくりと頭の上まで上がり、頭の少し上で上げたまま両手が少し開く。そのまま、すーっと両肘が下へ下がると同時に両手が左右に開いていく。

 そして、矢が口元に止まって狙いを定める。



 綺麗。



 他の先輩たちの姿も、勿論かっこいいと思ったし圧倒とかもされたんだけど、唯菜はその中でも、一際綺麗だとこの時感じてしまった。



 カーン


 パンッ



 あ、当たった!!



 弓から矢が放たれてから、そのまま少し静止をして静かに弓を下ろした。


 神崎先輩は、唯菜の射を見て「へーぇ…」と右手を口元に当てて頷いていた。



 唯菜はそのあと、三回引いて、四回とも的を捉えた。


 唯菜から目が離せなかった。



 やりたい。


 私もあんな風に弓を引きたい。

 漫画じゃない、実際にこの目で見て感じた。


 唯菜みたいに。私もなりたい。



 膝の上にある両拳にぎゅっと力が入り、私の鼓動が高鳴った。




 この頃の私が貴方に感じたこの想いは、強い憧れなんだと思ってた。





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