第6話

 一夜が明けると、村の空気感は一変していた。数刻前まではダンジョンの中に近い魔力に満ちていたが、今は住民が丸々いなくなってしまったため活気こそないが、ありふれた村の空気へと戻っている。

 ゆるんだ緊張感に安堵して、寝起きの頭に新鮮な空気を送り込もうと深呼吸をしていると、同じように目を覚ましたらしいアルティも空気の違いに気づいたのか、こちらにやって来た。


「ルード、今日は空気がいいな。昨日のが嘘みたいだ。何かしたのか?」

「いや、俺は何もしてないけど」


 というか、そんなこと出来るはずもない、と心の中で小さく付け足しながら答えれば、そうか、と少し元気が削がれたように頷いて、先ほどまで俺がしていたようにストレッチをし始めた。


「お前ら、やっと起きたのか。遅かったな」


 アルティの横であくびを噛み殺しながら他のメンバーが集まるのを待っていると、近所の子供のようにいい感じの長さの木の枝を持ったウェールがその姿を現した。

 今は太陽が完全にその姿を現してから少し経ったくらい。いつも通り、いや、いつも以上に早い起床だと思うのだが、何が遅いというのだろうか。女性陣はまだその姿を現してもいないのだけれど。


「日の出前に起きるお前がおかしいんだ。起こされた俺の身にもなってくれ」


 言ったのはアルティだった。どうやら、ウェールの鍛錬に誘われたらしい。まあ、この様子だと断ったみたいだが。


「鍛錬は大事だろ」

「朝からお前の馬鹿力に付き合えると思うな。そもそも俺は魔法使いだ」

「そんな寂しいこと言うなよ。鍛錬中に出てきた魔物をこいつで仕留めるのはさすがに苦労したんだぜ」


 そういうウェールが持っている木の棒はよく見れば話に上がった魔物のものであろう体液が僅かについている。俺の知っている限りでは木の棒に切れ味なんてものはなかったのだが。いや、この怪物どもに常識なんてものは通じないんだ。

 俺が自分にそう言い聞かせている中、いつものように騒ぎ出した二人の声につられるように女性陣が姿を現し、こちらへとやってくる。まだずいぶんと眠そうなベラノを引きずるようにして連れてきたリータに先行するように飛び出してきたエルノは、疑問を口にする。


「朝からあの二人はどうしたの?」

「ウェールがアルティを朝っぱらから鍛錬に付き合わせようとしたみたいだ」

「なるほど。で、何でウェールは木の棒を持ってるの?」


 続いた質問に答えたのは、俺ではなくリータだった。


「ウェールにダンジョンの中でもないのに剣なんか持たせたら何が切られてるか分かんないからに決まってるでしょ」

「まあ、ウェールの剣はヤバいからね」

「そ、そうなんだ」


 いや、まったく分からんのだけど。うちの剣士は兵器かなんかなの? ダンジョン攻略の前衛組は何を見てるの?


「まあ、いいや。とりあえず揃ったんだから方針だけでも決めちゃおうよ」


 ベラノの一言で始まった、今日の方針を決める会議とは名ばかりの方針確認。


 ベラノ、エルノ、アルティの魔力に敏感な三人がこの辺りは平常化されていると思うと溢したことに加えて、このあたりの人払いが済んでいることから、万が一の事態になっても被害が出る前に対処できるということで、原因と思えるダンジョンに潜ることになった。


 * * *


 ダンジョンへと足を踏み込めば、中級冒険者向けとは思えない緊張感が俺たちを出迎えた。メンバーはまだ先日攻略したダンジョンに挑んだ時のような集中状態にはないが、平時のこのダンジョンに挑むときほど気が抜けている様子もない。

 一歩、また一歩と足を進めるたびに、嫌な予感が増していく。

 まだ一度も接敵していないが、明らかにヤバいのは俺でも分かる。いや、今まで身の丈に、自分のレベルに合わないところに放り込まれて、そのたびにメンバーに助けられ、奇跡的に生還してきた俺だからこそ分かる。

 この間のダンジョンのように数で押してくるものは難易度に対して、敵一体一体は弱く、群れで動くからこそ厄介というのがセオリーなのだが、今回はそれではない。

 中級冒険者ならすべての一撃が必殺レベルの敵がそれなりの数。数が多ければうちのメンバーの脅威にもなるレベルかもしれない。


 そう思ったところで、金属同士が火花を散らしながらぶつかるような音が数回耳元に届いて、前衛組の姿の中にベラノの姿が見えた。

 どうやら敵を見つけたらしく、お得意の投擲をお見舞いしたらしいが、見事にはじかれてしまったらしい。

 前衛の面々が改めて武器を構えた瞬間、地面が唸るように揺れて魔物が姿を現す。普段ここに現れるタイプの魔物だが、どうにも姿形が違い過ぎる。


「……モグラタイプか。にしてはデカすぎるだろ」


 モグラタイプとは、モグラがその姿を変えたもので、地面からひょっこりと姿を現して攻撃を仕掛けてくる小柄な魔物のことだ。

 しかし、接敵している前衛からは十歩分ほど後ろにいる俺たちの目にもはっきりと映った敵影はあまりにも大きく、アルティは呆れたように言葉を溢した。

 確かにクマとでも言った方が納得のいく巨体には、そう言葉を溢したくなる。

 まあ、恐ろしいのはそれだけではなく、驚くべき速度だろう。

 パーティ内最速のベラノのかく乱をしっかりと捉え、ウェールの剣戟を避けながら、致命傷になる一撃はしっかりとやり過ごすスペックの高さはまさに異常。

 まだ、彼らのギアが上がり切っておらず、エルノのバフも効いていないというのもあるのだろうが、それでも出鱈目もいいところだ。

 かろうじて目で追える命のやり取りは、激しいぶつかり合いののち予想通りの結末を迎えたが、まだ最深部ではないというのだから、恐ろしいものだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る