第2話

 活動拠点である王都に戻るべく、人通りがほとんどない街道をダンジョンの感想を交わしながらゆっくりと歩く。空は分厚い雲に覆われている。薄暗い景色はこれからなにかが起こる。そんなことを示唆しているようだ。


 一陣の風が吹いて、ぽつぽつと雨が降り出す。すぐに激しさを増した雨音に隠れるようにして、街道の両脇に広がる森林に潜んでいた何者かが俺らを取り囲み始めた。


「ルード、知ってるだろうけど来るよ」

「やっぱりそうだよな」


 さきほどから薄々と感じていた視線はやっぱりそういうことらしい。ダンジョン帰りの襲撃はいったい何度目だろうか。それで、今度はどこの暗部なの?


「向こうが手を出して来たら片付けよう。何もしてないのを襲ったらこっちが悪だ。あと、出来たら生かしといて」

「了解」


 俺とエルノを守るようにリータが警戒し、ウェール、アルティ、ベラノも誘い込むために一か所を残して、死角を消すように周囲へ視線を向ける。

 次の瞬間、耳を裂くような炸裂音と共に背中越しの爆風を感じた。

 そちらに気を持っていかれ、より警戒を強めるために死角が俺の背後にずれた一瞬で、そこに人影が一つパッと湧く。

 リーダーたる俺とパーティーを支える回復役のエルノを一気に潰そうという魂胆らしい。今までの襲撃よりかは、頭が回るのは確かなようだ。

 なにもせずやられるわけにもいかないので抵抗しようと構えたところ、襲撃者の顔面が、戦斧のように振るわれた杖の形にフィットするように歪む。そして、その歪んだ頭部に引っ張られるように、身体ごと宙を舞って吹っ飛んだ。

 人間ってこんなに弾むんだ、知らなかった。また人間の可能性を一つ知ってしまった、と現実逃避したくなるほど綺麗にバウンドしながら飛んでいく襲撃者。ほかの襲撃者も似たような目にあっている。

 一応襲撃してきたわけだし、身元確認と動機を吐かせておきたいんだけど、生きているだろうか。いつも通りどっかの国の雇った刺客なんだろうけど。


「それ、生きてる?」

「死んではないって。雇い主吐かせるんでしょ。もう慣れてるからさ」


 息もほとんど乱すことなく、襲い掛かってきた者たちの顔面を杖にフィットする形へと変えたエルノは、俺の言葉にそう答えると一番近くの人だったものに回復魔法をかけ始めた。そして、回復魔法が効果を完全に発揮しきる前に足を、続いて腕を順番に砕く。

 始まったのは、骨という骨を砕いては回復させるという、人道? 倫理観? なにそれおいしいの? と言わんばかりの拷問。

 回復のし過ぎでボロボロになり、ついには回復魔法が効かなくなったところで、分かった情報をまとめると、隣国の雇った刺客で、ダンジョン産の新素材の奪取を命じられたとか。

 あとは息絶えるのを待つだけの刺客だった者たちは、山積みにされアルティの魔法によって消し炭へと変えられる。残酷だと感じるかもしれないが、彼らもそれは承知の上だろう。


 * * *


 王都が近くなるほどに興味本位の視線は増していき、いつの間にか上がっていた知名度の高さというのを嫌というほどに実感させられる。せりあがってくる吐き気をこらえながら、なんとか歩き続け、ようやく王都の象徴である白亜の壁が良く見えるところまでやって来た。

 王都を守る壁に備えられた大きな門を見るのは、もう一カ月半ぶりくらいだ。

 悪天候が幸いして、正門に並ぶ人の姿はそう多くみられない。ほとんどが馬車の罪にいっぱいに商品を乗せた商人で、俺らのように分厚い外套や鎧を身にまとい、剣や杖といった物騒な獲物をぶら下げているのはほんの少し。

 冒険者協会が発行する身分証代わりのカードを探して、手元に用意すればあっという間に俺たちの番だ。

 ここの守衛をやっている騎士にカードを見せれば、確認らしい確認もされずにあっさりと通された。

 疲れ切った体は睡眠を求めており、今すぐホームに戻って眠ってしまいたい。だが、まずは冒険者協会に報告に行かないとならない。

 俺たちをはじめとする冒険者は冒険者協会に属し、その中でパーティーを組む。情報・資源・補助アイテムの売買はすべてここで完結している。ダンジョンに入るのに、協会への所属が必須というわけではないが、所属していない者が出来ることなんてたかが知れている。

 やたらと高い会費を払わされたり、指名依頼をされたりと面倒は多いが、富と名声にはそれなりの対価が必要ということだ。それを補っても余るだけの儲けが出るのだし。

 門のすぐ側に構えた石造りの頑丈そうな建物、冒険者協会王都フェルティオ支部の扉を開けて一歩を踏み出す。振り向いた視線がうちのメンバーを順に追って、最後には俺に集中する。

 いつものことだが、注目されすぎて吐きそうだ。

 深呼吸で吐き気を抑え、堂々と受付カウンター目指して進む。というか、堂々としてないと絡まれる。同業者はみんな血の気が多いし、この業界は弱肉強食。つまりそういうことだ。

 野蛮人ばかりの協会だが、受付嬢はそれに反して可愛いかったり、綺麗だったりと、目に優しい人を揃えている。そんな受付嬢と話せるのが、冒険者業に残された最後の癒しだ。


「本日は、王立冒険者協会をご利用いただきありがとうございます。どのようなご用件でしょうか」


 先ほど騎士に見せたカードを取り出し、心を満たしてくれるような笑顔で対応してくれた受付嬢に手渡す。


「依頼されたダンジョン、攻略してきたんだけど」


 えっ、ミソスクっと漏らした受付嬢はゴホンと咳払いをして、失礼しました、すぐに協会長を呼んできます、と言ってこの場を去った。

 その声を拾った冒険者たちが、やっぱり、あれが、などと口にし、協会内は一気に騒めき、俺らは視線を再び独占する。


 ミソスクというのは俺らのパーティーの略称だ。正式名称を『古き伝説の継承者ミソロジー・スクソーサー』という。

 このパーティー名は自分たちで付けたものではない。というか、自分たちで付けてたらイタすぎる。そもそも、古い伝説は一人の男が世界を救う話だから、大所帯なこのパーティーには合わないし。

 このパーティー名は冒険者学校時代に学長から、古き伝説で語られる英雄の力を継承したように強くなるだろう、と名付けられたものだ。

 当初は名前負けしていたミソスクだが、今となっては、二つ名を冠する三人を筆頭に、人の皮をかぶった怪物五人を抱え、王都最強の一角に数えられるほどになった。ようやく、名に見合うようになってきた、といったところか。

 もっとも、俺は当時からほとんど全くと言っていいほどに進歩してないけど。


「待たせたな」


 この場の視線を集めている俺たちに躊躇いもなく話しかけてくる筋肉ゴリラが一匹。協会長だ。


「奥で詳しい話を聞こう」


 ほかの冒険者が受付嬢と話している中、可愛さの欠片もないゴリラに連れられて、俺らは奥の個室へと向かう。個室の中には癒したる受付嬢はいない。

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