第5話

 

 一年はあっという間に過ぎる。

 私は、がやがやと目の前で繰り広げられる茶番劇をよそに、バルトロメオとの念話に意識を向けていた。


【乙女ゲームには、魔王枠というのがあってな。】

(それって魔族とどうちがうの?)

【魔族っていうのは普通の人間でチート能力付きの奴をこの国でそう呼んでるだけだ。ゲームの魔王枠っていうのは⋯⋯なんだ?単にキャラクターづけであって、なんか悪そうなやつってことだろ。あと大概、色の担当は黒だ。】

(ゲームの用語ってむずかしいわね。

 それで、バルトロメオは黒いけれど、魔王なの?)

【まあ、お前が望むならやってやれないことはないが。】

(そうなると、私の仕事ではなくなってしまうじゃない?)


「そうか、イザベラは魔物に取り憑かれているのだな。」

 と言ったのはニコラウス様。

「道理でおかしいと思っていた。」

 思っていたはずがないけれど、私に細々と叱られるのが相当堪えているギリム様には、その方が都合がよさそうね。お可愛らしい。

「正気でなかったのなら、学園に入ってからの変わりように説明がつくな。」

 あら、あら、ランドール様、しばらく見ないうちに逞しくなられて。

 身長もぐんと伸びたようだ。

 休学して、どこかに修行に出ていたのよね。


「イザベラさま、貴女を操っている魔物は、悪しきもの。国を狙い、私たち全てを破滅へと導くつもりなのです!」

 背筋をしゃんとさせて、自信をもって告げるローザは美しい⋯⋯けれど、


(え、破滅?どういうこと?)


【俺にもどういう心持ちで対応すればいいのかわからん。

 正直、あのヒロインは好みじゃないんだがなぁ。

 俺ルートがあるとしたら、面倒だな。

 俺ツンデレ派だし。】

(攻略対象が云々というやつね。

 この感じだと、バルトロメオも攻略対象者の一味だったということね?)

【まぁな。やる気がないから自分は数えないようにしていたが、悪役令嬢にとりつき、国を乗っ取ろうとする魔王というのが俺の役どころだな。

 だいたい、国が欲しいって、達成したあとどうするつもりだ?

 国をどうこうしたいなら、学生なんぞに取りつかずに、もう少し使いやすい奴を傀儡にするよな。】

(そうね。

 頭が弱そうな魔王だと思うわ。

 そのゲームの設定の整合性について討論したいところね。)

 私たちの脳内こそこそ話はローラが反応のない私に疑いの目を向けるまで続いた。


 コホンと咳ばらいをして、真面目な顔を作る。

「王家の守護を疑うのですか?」

 まぁ、王家の守護として、だいぶ怪しい見た目であることは否定しないわ。

「イザベラ様をお救いしたいのです。私にはその禍々しい力が見えました。」


(黒い霧から出てきただけよね。

 他に何かした?

 次からは七色の綿菓子みたいなものからでてきたらどうかしら。

 愛らしいのではなくて?)

【花びらとか出しながら出てくりゃいいのか?

 一応影の護衛っぽい登場を心がけていたのが裏目に出たな。】

(でも、良い流れだわ。

 このままこの茶番を使いましょう。

 この子達、もう一押しなの。)


 私はめいっぱい低い声を作って笑い出す。

「ふはははは、今頃気づいたとて手遅れだ、愚か者どもよ。

 我名は冥界の王バルバロッサ。

 この娘は我が忠実なる僕。

 魂にからみついた我を倒すことは、この娘の命を奪うことと同義。

 さて如何とす?」

 手のひらを上に向けて、体を斜めにして、悪そうな角度で皆をあざ笑う。

 恥ずかしい、これ、恥ずかしいわ。


(バルトロメオ、何かおどろおどろしく私を光らせたりできる?)


【多芸なことだな⋯⋯。】

 呆れた声とともに、いつもの黒い霧が現れ、くるくるに巻いていた髪は解き乱され、風に吹き上げられる。

【これはまた、完璧な悪役令嬢だな。いっそ神々しいくらいだよ。】

(魔王的でなければだめなのよ。黒い霧をもう少し足して!空を曇らせるのとかはどう?)

【仰せのままに、魔王様。】


「卑怯よ、イザベラ様を解放しなさい!」

 その表情にはおどおどした小動物の雰囲気は感じられない。

(ローラは立ち居振る舞いが洗練されてきたわね。

 王族としての風格が出てきたわ。

 もう、ローラ様とお呼びしなくてはならないかしら。)

「魔のものであれば聖なる魔法が効くはずだ。

 こんな時にアランがいないとは。

 私が時間を稼ぐ、ランドール、その間にニコラウス様とローラを安全な所へ。任せたぞ。」

 ギリム様が前に出て、手を広げ皆を下がらせる。

(ギリム様が格下のランドール様より前に出て皆を守るとは感動ですわ!

 ふふふ、腕力もないのに思い切ったことなさったわね。

 ランドール様とも仲良くなれて良かったわ。)


「お前たち、私を侮るな。私が逃げるとでも?」

 ニコラウス様は、震えているが、まぁ、頑張っておいでだ。

「魔のものに取り憑かれていても、イザベラは私の婚約者だ。

 差し違えてでも国を害するのを止める。それが王子として生まれた私の使命だ。」

 震える指を握りしめ、覚悟を決めて私に向けて剣を抜く。

「イザベラ、許せよ。

 国を愛する気持ちの強いお前のことだ、国の為になら天国で詫びを入れることを許してくれるだろう。」

 ニコラウス様、そうですわね。

 強い心をお持ちになられるようになりましたのね。

 貴方は私欲や安い同情ではなく、私を切り捨てるべき時に正しく排除できる強さを身につけられたのですね。

(欲を言えば、もう少し殺す以外の選択肢を考えていただければよかったのですが。

 まぁ、ニコラウス様はこの程度で良しと致しましょう。)


 低い声を出し続けて声が枯れてくるが、もうひと息の辛抱だ。

「くっくっくっ、そうか、ニコラウス、この娘は用済みか。

 では、別の器をさがさねばな。

 丁度、美味そうな娘がおるではないか。

 ふむ、見るところ未だに聖なる魔術は使いこなせぬようだな。これは好都合だ。」

【丁寧な説明だな。】

(さて、ここで力を発揮できなければ不合格ですよ、姫様。)


 ローラがただの外交の道具となり下がらない為にも、希少な聖なる魔術を操れるようになるのは必須だ。

 魔術師団に手を回してローラが学習できるように環境は整えた。

(あとはローラ次第よ。)


「駄犬の様な王子よ、良い剣をもっておるな、だが剣技には慣れていないようだ。」

(まぁ、王子だし、剣が使える必要はないのだけれど。)

 私は真正面からニコラウス様の間合いに飛び込む。

 鼻先が触れるほど近づき、その頬を撫でる。

 怯んだ拍子に剣を取り上げ、ニコラウス様の胸を蹴り飛ばす。

(ごめんあそばせ、ニコラウス様。)


【ここまで剣技も出来れば、チートだと疑うよな。】

(あら、そんなことないわ。ニコラウス様はただ単純に弱いだけよ。)


 ⋯⋯矯正しようがないくらい。


(いいのよ、ニコラウス様に剣技なんて求めてないから。ニコラウス様は普通くらいに王子様らしくなればいいんです!皆から好かれるのが大事なんですから!)

【少なくともお前には蔑ろにされているよな。】

(さぁ、真打登場ですよ、ランドール様。

 その筋肉が飾りじゃないのを証明してくださる?)

 剣を構え、ランドール様の前に躍り出る。


「これはまた、弱そうな騎士がでてきたな。

 王子からの許可も出たのだろう?

 イザベラの体を切り刻んで止めるが良い。さぁ、どこを切り刻む?

 喧しいこの口が二度と生意気な事を言わぬ様に、首をはねてしまえば良いな?」

(お手並み拝見ね。)


「僕はもう弱くない!

 守るべき者を守れずに何が騎士だ!

 イザベラはローラを突き落とした時だっておかしかったんだ。

 どうして気がつかなかったのか。

 あの時、イザベラは僕たちに癒しの魔術を使う必要なんてなかった。

 イザベラの良心はまだ魔に取り込まれていないはずだ!」


(!?)

【ツンデレ、バレてるじゃねぇか。】

(何かしら、これ、すごく恥ずかしいわ。)

 照れ隠しに剣を打ち込む。

 受け流され、撃ち返された剣を受ける。

 重い。

 紛れもない努力の結晶。

 弾かれた剣が手から落ち、数歩下がると砂利を踏み、そのまま後ろに倒れ込む。

 運悪くこの丘の先は、私の背よりも高いくらいの崖になっている。

 背中を打ち付ける覚悟をして身を固くすると、急いで走り込んできたランドール様に抱え込まれて、ふわりと着地する。

「イザベラ、今度はどこも傷つけていませんよ、合格ですか?」

 キラキラの笑顔で誇らしげに言う。

(ご、合格よ!!)


「ランドール様、そのままイザベラ様を押さえていてください!」

 ローラが集中の為の呪文を唱えている。

 清浄な気が集まって、ローラの前に光の渦ができる。

(うまくいったみたいね。)

 眩しさに目を閉じる。

「浄化の光よ!!」

 辺りは眩い銀の光に包まれた。


【仕上げ、だな。】


 七色の煙から花びらを散らしバルトロメオが現れる。

(あら、なんだかおめでたいけど⋯⋯すごく微妙。合わないわね。)

【黙ってろよ。】


 私をランドール様から割と乱暴に引き剥がし、捧げ持つように横抱きにする。


「さて、愚かなる王子よ。お前が落としたのはそこな銀の乙女か?それともこの金の乙女か?」


(なにいってるの?!)

「我は魔王、しかし浄化されたので今は聖なる存在だ⋯⋯という設定だ。」

(杜撰!!)

 意図が読めないわ。

「私は⋯⋯。」

 ニコラウス様はちらりとローラを伺い見る。

 さっさと選べばいいのに、何やらもじもじとしている。

「なんだ、選べぬのか?どちらも欲しいなど、王にでもならぬ限り言えぬのは存じておろう。」

(この路線は悪手よ。

 ニコラウス様は王の器ではないし、王も、私も望むところでは無いわ。)

【こいつは、まだお前を欲しているぞ、今までの事は魔王に操られていた事になったんだ。

 煽り様によっては⋯⋯。】

(うそ、ちょっっ⋯⋯。)


「バルトロメオ、いい加減にして!!

 私は婚約破棄をそのまま主張してもらって問題無いって言ってるのよ!!

 本当に私、毛ほどもニコラウス様を好いていないし!

 第三王子妃には興味あったけど、この感じだともっと別のところ目指したほうがよさそうだから!」

 バルトロメオの妄言を遮ろうと、思ったより大きな声が出てしまった。


(あ、声に出ちゃった。)


【うわぁ⋯⋯。】

 白けた雰囲気に、これは駄目だと頭を振りながら、バツが悪そうに私を地面に降ろす。


 ニコラウス様は、ショックを受けた様子で立ち尽くす。

「な⋯⋯イザベラ、そんな⋯⋯まさか。」

(今までの流れで、私に好かれていると思っていたのなら、重症だわ。)

 人の気持ちもわからないようでは、何をやってもうまくいかないだろう。

(ニコラウス様の矯正は失敗したかしら。)


「そう言うのはオブラートでグルグル巻きにして言うんだろうが。」

「そ、それもそうね。」

 すっと背を伸ばし、ニコラウス様に対峙する。


「無礼を申し上げました。

 ニコラウス様が別の妃をお望みだったので、私、陛下に私を婚約者から外していただけるようにお願いに行ったのです。

 しかし、お可哀想ですが、ニコラウス様の力量では、私を妃に据えてニコラウス様の舵を取らせるという、陛下の方針が覆りませんでした。」

 去年、学内で指を突き付けられて婚約破棄を叫ばれた時のことだ。

 王に願い出た時には婚約破棄の許可が下りなかった。

「な、なんだと。」

 しかし、王から別の条件を提示された。

「そこで、ニコラウス様がお好きな別の妃を迎えられますように、私は、別の策をとりました。

 己の能力を上げて、上げて、上げて、上げて、第三王子の妃などではなく、能力を活かせる別の役職に回そうと陛下が仰るようにと尽力する事にいたしました。

 もちろん、ニコラウス様の為ですわよ。

 今でしたら、試しに婚約破棄を申し出てみるのも一興かと。

 私の有用性があれば婚約破棄が受理されるかもしれません。

 ローラ様も姫様然としてまいりましたし、後釜に申し分ないかと。」

 ツンと悪役令嬢らしく顎をあげる。

(あら、みんな変な顔しているわ。)


「イザベラ⋯⋯私は、其方を手酷く振ったつもりになっていたが、お前の踏み台として利用されていたのか?」

「何をおっしゃっていらっしゃいますの?

 すべてニコラウス様の婚姻の自由のためですのよ。

 それに、不実な事をされたのはニコラウス様ではありませんか?」

「お前が魔王に操られているとは知らなかったのだ⋯⋯。」

 この期に及んで、ローラと私を天秤にかけるなんて。

 私が面前でかいた恥をどう思っているのだろう。

「魔王なんておりませんのよ。

 ニコラウス様のローラ様に対しての気持ちだけは本気だと思っていましたのに。

 とんだクズですわね。」

「なっ⋯⋯。」

 侮辱に顔を赤らめるが、それ以上何も聞きたくない。

「卒業するまで、学内は治外法権の実力主義という事で不敬には当たりませんわよ。」



(ねぇ、これがざまぁかしら?)

【これはざまぁかもな。】


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