第7話 気持ち




「どうしてここにアオとマキさんがいる?」

「もちろん呼んだからよ。」

「それくらいは分かる。理由の方だ。」

「どうしてでしょう?」

「質問に質問で返すな。さすがに許容できないぞ。」


 久々にガチでキレそうだ。いつもの面白そうだからなんて理由をのたまうつもりなら今後の付き合いも真剣に考える必要がある。


「一応言っておいてあげるけどあなたの為に呼んだのよ。」

「それじゃあ俺も言ってやる。迷惑だ。」

「………」

「………」


 リカが不満と明確な怒りを宿した目で俺を睨み付け、俺は軽蔑するような目でリカを見据える。


 二人を呼んだ理由ならこいつの言った『俺のため』に集約されるだろう。だからこそその先を言うことがルール違反…もしくは二人の気持ちをないがしろにする行為だと分かっているからなにも言わないのだろう。


 そして俺の方もその事に気付いていながらあえて無視し二人との距離を一定以上縮めないように細心の注意を払っている。


 ここまで分かれば後は簡単に想像できる。リカの不満はこれ以上話せない事で怒りは俺のとっているスタンスという事で間違いないだろう。


 それでもリカは言葉を紡いだ。


「あなたはいつまでそうしているつもり?」

「………」


 リカの問いになにも言えず気まずく視線を反らせてしまった。


 恐らく……いや、彼女はなにも知らない。でもリカは俺の心にあるモヤモヤというよりも穴というべきものの輪郭を見抜いているのだろう。


(いつまで?俺自身が一番知りたいよ…)


「おいおい、二人ともどうしたんだ?」


 イトウの言葉にリカと俺は我に帰り、周囲をのメンツを見回すと戸惑いが見てとれアオとマキさんは顔を伏せている。


「夫婦喧嘩ならまた今度にしろよな。」


 茶化すようにアツシが笑いながら言い場の空気が弛緩した。

 事情を知らない者は納得しているようだが知っている者はどこかぎこちなさがあった。


 だが今はこの流れに乗るのがベストだろうと判断した。


「しかしこんなことしてなんの意味があるんだ?」

「さっきも言ったでしょ。あなたの認識を少し正してあげるって。」

「それは聞いたが……これで何が変わるんだ?」

「今のリョウの方が男前よ。」

「そりゃどうも。」


(俺には違和感しかないけどな。)


 先程までの雰囲気は成りを潜めていたがこれは切り替えとかではなく力ずくで感情を押さえ込んでいるといった感じだ。


 クツクツ笑うリカを見て嫌な予感が加速度的に上がっていく。


 あっ……これあかんやつだ。


「リカ待っ……」

「今のリョウの顔だけ見て彼に好感を持ってる方は手を上げて。」


 止めようとしたが間に合わなかった。


 慌てて周囲を見てみるとアツシとイトウがニヤニヤしていることに最初に気づく。


 ……殴りたい。


 それから感じたのはどう解釈していいのかわからないといった視線だった。


「別に難しく考えたりしなくてもいいわよ。簡単なアンケートだと思って頂戴。」


 同じものをリカも感じたらしく補足を加えた。


 暫くするとおずおずと5名ほどの手が上がった。


「ありがと。もういいわよ。それでリョウ感想は?」


 ニヒルに笑いながら問いかけてくるリカが悪魔に見える。


「お前が女じゃなかったら今すぐ殴り飛ばしてる。」

「紳士なのね。でもこれで分かったでしょ。あなたはいつも自身のことを卑下しすぎよ。」

「お前は俺のことを過大評価しすぎだ。」

「あと、もう少し素直になった方がいいわよ。」

「これは俺の個性だ。」


 リカが悟し俺がそれを否定する。お互い平行線になることが分かったのでこの話はここまでになった。


「まぁ、これでリョウも晴れて俺たちの仲間入りできたことだし今はこれくらいでいいだろ。」


 イトウがなぜか満面の笑みで何度も頷いている。


「なんでお前がそんな嬉しそうなんだよ。」

「リョウは俺の中で超絶イケメンだからな。」

「お前らの方がよっぽどだろ。あとお前に名前で呼ぶことを許可した覚えはない。」

「それくらいはいいじゃねぇか。」

「もう好きにしてくれ。」


 言いたいことは山程あるが疲れ果ててなにも言う気が起きない。


「リョウとは仲良くしておくといいぞ。飽きないし面白い。」

「そうね。」

「俺をオモチャみたいに言うな。」


 二人を恨めしく見たが全く動じたようすがなかった。


「なぁ、もういいだろ。そろそろメシ行こうぜ。」

「そうだな。」


 不本意ながら今日主役になってしまった俺と毎日が主役のアツシの短いやり取りが合図となりバラバラと解散していった。


「アオとマキさんも今日は悪かったな。」

「あ~…うん。いきなり来たりしてごめんね。」

「……わたしもすみませんでした。」

「悪いのは全部こいつだ。気にするな。」


 俺はリカを見据えながら二人に話した。二人は何か言いたいことがあるのか歯切れ悪く答えることしかしなかった。

 俺の方だってリカが引っ掻き回してくれたおかげで二人との距離感をつかみ損ねているので気の利いたこともいつもの軽口も言えなかった。


「リョウにとってはいい1日になったんじゃないか?」

「厄日の間違いだろ。」


 最後までこの場にいたリカが帰路に着くと俺たちも立ち上がった。






 とうとうやって来ました本日のメインイベント!


 育ち盛りの貧乏人にとって味など二の次なのだよ!とにかく量だ!たらふく食わせろ!


 …………。


「……ねぇ、お店変えよ?」

「今日はもう解散の方がいいか?」

「それは嫌だけど……お酒って気分じゃないんですけど。」

「たまには良いじゃねぇか。」

「お金ないです。」

「奢りだから好きなだけ呑め。」

「……僕たち未成年。」

「バレなきゃ大丈夫だよ。」



 良い子のみんな!お酒は二十歳からだよ!


(ビールって苦いだけなんだよなぁ。)


 目の前にある2つのジョッキを見て更にテンションが下がる。


「そんなガッカリするな。いくらでも飲んでいいからよ。」

「ビール苦手。」

「最初だけだよ。それにこれビールじゃないぞ、炭酸麦茶だ。」

「もう酔ってんの?」

「何に乾杯する?」

「難聴って便利だね。」

「じゃ、リョウの大学デビューに乾杯!」

「してねぇよ!」


 そう言って俺の持ったジョッキにコツンと当ててごくごくとビールを煽っていった。

 俺も仕方なくビールを流し込んでく。


「うめぇ!!」

「苦い……」


 対照的な二人の前に店員さんが注文した料理を次々並べていきあっという間に一杯になった。それをちょこちょこ摘まみながらビールを減らしていく。


(お米がほしい……)


 しばらく箸を進めお互い二杯目に突入した所でアツシが先程のことを言及してきた。


 因みにアツシはビールで俺はサワー酒にした。


「しかしビックリしたぞ。いきなりリカとやり合い始めた時は。」

「誰が原因だよ。アツシが余計なこと言わなきゃあんなことにはならなかったんだ。」


 元を正せばこいつが言ったことから始まったんだから文句はこいつに言うのが筋だろう。


「俺はリョウに必要だと思ったからやったんだ。」

「また意味のわからないことを……」

「リョウってスゲー歪だろ?」

「なんでそうなる。」

「言ってることとやってること……あと思っていることが全部チグハグなんだよ。」

「………」

「お前はどんなに飲んでも絶対に酔えない。断言できるね。」

「………」


 アツシが俺の中にある核心めいたことを言って無言になってしまう。

 確かに俺は酔ったことなど今まで1度もない。


「自制できているからな。」


 ムダな抵抗だとわかっていた。でも口に出さないと見ないようにしていたことまで見せられるような気がしたからだ。


「自制?違うね。それは失敗したことのある奴が使う台詞だ。」


 全部が全部そうではないだろうが確かに俺には該当しないだろう。


「リョウといるとスゲー楽しいぞ。でもな……どうしても絶対に越えられない壁があるように思うんだよ。」

「……そんなことないぞ。」


 酔って饒舌なったからなのか普段から思っていたことなのかは判別できないがアツシはもうブレーキを踏む気はないらしい。


「作る気もないのに彼女ほしいとか言ったりしてるだろ?別に否定してもいいぞ。」

「………」


 四面楚歌。八方塞がり。もう否定する道さえ残されていない。アツシも察しているのだから。


「ま、できんだろ。」


 言い訳ならいくらでも用意できる。でもそれをしてしまうとおそらく最悪の未来が待っている。


「リョウだって二人のことには気付いてるんだろ?ぶっちゃけあの二人の何が不満なの?」

「別に不満なんてないよ。」

「じゃ、どっちかとくっつけよ。そしたら念願の彼女ができるぞ。」

「今は付き合えない。」

「いつならいいいんだ?たぶんあの二人リョウのこと諦める気はないぞ。」


(いつ……か。)


 今日リカも言っていたことを思い出した。


「いつだろうな。ハハ…」


 もう笑うことしかできない。自虐でもなんでもなく自分のことなのにひどく滑稽に思えてきた。


「大丈夫か?」

「正直キツいな。俺はお前らみたいに頑丈にはできてないからな。」


 期待も好意も気遣いも何もかもが俺にとっては重圧にしか感じられない。だからずっと向き合わずに避け続けてきた。

 それが今日だけで何度味合わされたことか。


「別に誰だって元から頑丈って訳じゃないと思うぞ。心だって傷つく度に体と一緒で超回復?みたいに少しづつ頑丈になったり強くなるもんだと俺は思う。」

「そんなもんか?」

「そんなもんだよ。体よりは時間はかかるけどな。」


 完全に納得できたわけではないが理解できる部分は確かにあった。

 アツシの話を聞いて暫く逡順する。


 俺の心が脆いことなど自分自身がよく分かっている。だから俺とあいつの事を……誰にも言ったことのない過去の話をアツシに言うべきか……。


「どうした?」

「いや……な。ちょっと話した方がいいのか話さない方がいいのか…迷ってる。」

「なら話すべきだろ。それでそんなことになってんだから。」

「……そうだな。」


 この話をしたところで傷つくわけでも強くなるわけでもない。


 なんせ俺とあいつの間にはのだから。



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