第11話 一難去ってまた一難

 結局、ソフィは第零章を経由することでようやく第一章の魔法を行使することが出来た。

 面倒かけやがってと思ったが、自分の魔力だけで魔法を行使出来たことが嬉しかったようで、泣きながら俺に抱きつきてきた。


「ありがとう……ありがとう……!」


「…………」


 耳元で話されてようやく聞こえたそのか細い声に、俺は怒る気も失せてしまったのだとさ。めでたしめでたし。



 しかしだからと言って手を抜くわけもないので、翌日からの訓練は通常通り行われた。


「じゃあ腕立て伏せ腹筋スクワット、リュートは五十回三セット、パンジーは三十回三セット、ソフィは五回五セットな」


「誰がパンジーよ、誰が!」


「チンパンジーのことだよ」


「ぶっ殺すぞ!」


 アンジーのローキックをかわし、ソフィの横に立つ。ソフィは茫然自失で既に半分寝ているようなものだったので、蹴りを入れて意識を現実に戻す。


「ほら、腕立て伏せからだ。地面がお前を待ってるぜ」


「…………っ」


 泣かれた。




「いっちにーさんしー!」


「……………………!」


「声が小さーいっちにー!」


「…………!」


「声出せぇー! でくのぼー!」


「……………………!」


 ヘロヘロ走らなくなったアンジーの背中を追いながら、俺の隣でヘロヘロ走るソフィを叱咤する。


 ソフィを鍛え始めてまだ半月。声が小さいのはまあいいとして、そろそろ前期試験があるので、最近はそれについて悩んでいた。

 訓練を休ませ、試験勉強をさせるべきか、文武両道を盾に続けるべきか……。


「師範代!」


「うおっ! 後ろから話しかけんなよ!」


「すみませんでした!」


 声がデカいだけで反省の色がないのはいつものことなので、気にしないようにする。


「で、なんの用だよ」


「はい、前期試験が終わったら感謝祭があるのですが、どうされます?」


「あ? どうもしねーよ。て言うか、感謝祭より期末の紅白戦争だろ」


「どうにかしないとですよ。感謝祭でのサークル発表は義務ですよ、義務。発表内容が優秀なサークルには景品だってつくんですから!」


「そうか。じゃあ適当に無難そうなの任せる」


「えー! えー! えー!」


 わざとらしく騒ぐリュートに顔をしかめていると、前を走っていたアンジーが下がってきた。

 とろとろ走る四人が横一列に並ぶせいで、騎士科の連中が舌打ちしながら追い抜いていく。


「良いじゃない、発表くらい。まあ、最優秀賞の副賞は微妙だけど」


「副賞?」


「今年はグレナディア五十周年記念だから、記念品が用意されたんですよ」


「記念品?」


「…………」


 ソフィがなにか言ったが、全然わからなかった。


「ゴールドマンのゴールドバーチョコが、なんと五十段ですよ」


「あーそう」


 五十段っていったらいくつだ? 五十一掛ける二十五だから……千二十と二百五十五か。はー、千二百七十五ケース。一ケース二個入りだから、チョコは二千五百五十個か。

 なるほどなるほど……。


 馬鹿じゃねーの?


「全校生徒に一個ずつ配ってもなお余るじゃねーかよ。誰だよそんな副賞許可したやつ?」


「校長か理事長でしょ」


 正常な判断力が欠如していると思われる。認知症だろ。


「あ、そう言えばクリス先輩から伝言なんですけど」


「あー嫌だ聞きたくない俺にはなにも聞こえない」


 両手で耳をふさいでそんなことを喚いてみたが、リュートが脇腹を殴ってきたので仕方なく肘で受けとめる。


「感謝祭での成績が悪かったら『あのこと』を全校生徒にバラすって言ってましたけど、あのことってなんですか?」


「え、知らない……」


 なんだよ『あのこと』って? なにか隠し事してたっけ俺? 別にドラゴニール姓だってことは隠してるわけじゃないし、「背が低いから実は女だった」なんてこともない。


 もしかするとただの虚言かもしれないが、そうだったとしてもそうでないにしても、性格の悪いクリス先輩のことだから俺が慌てふためくようなことに違いない。


「しょうがない、今日の訓練終わり! 感謝祭の発表について決めるぞ!」


「はい! 度肝抜いてやりましょう!」


「えー、試験勉強したいんだけど」


「…………」


「あ?」


 珍しく俺が学校行事でやる気になった途端、ソフィがぶっ倒れた。そう言えばコイツ、二時間以上水も飲まずに走ってた。

 二月の終わりはまだ寒く、汗まみれのまま寝かせておいたら風邪を引いてしまう。


「脱水症状か? おい、保健室まで運ぶぞ」


「ただの過労だと思いますけど」


 言いながらリュートはソフィを背負う。


「うるせえアホ。おい、コイツ無駄にデカいんだからシャンデリアも手伝え」


「アンジェリカよ!」


 牙を剥いて威嚇してくるが、俺と一緒になってリュートとソフィを支えてくれる良いやつである。彼女の最近の悩みは脚や腕が太くなってきたことらしい。かわいそう。



 しかし、サークル発表か。一応、訓練の内容は日誌をつけて後で見返せるようにしておいたのだが、それを読み上げたりするのは駄目だろうか。

 ……駄目だな。なにかこう、魔法教室らしい奇抜で革新的な内容にしないと。


「…………」


 なんで試験前に試験と関係ないことで頭悩ませてんだろ。アホらし。

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