第二章・騎士が魔法教室なんて頭どうかしてんのか?

第6話 俺は騎士なんだから、魔法を教えない方が自然だと思う。

 グレイの魔法教室。


 このフレーズをいたく気に入ったようで、なんとクリス先輩は教員達と交渉し正式なサークルとしてしまったのだ。

 サークル名『グレイの魔法教室』。活動内容は魔法行使のための技術の研鑽。責任者は当然のように俺。あの悪魔め……。


「師範代、今日のレッスンはなんでしょうか?」


「リュートは腕立て伏せ腹筋スクワットをそれぞれ五十回三セットずつで、バンジーは三十回三セットずつな。終わったら校舎の周りを日が暮れるまでランニング」


「なによバンジーって!? アタシはアンジェリカ! て言うか、アンタそればっかりじゃない! アタシ達を騎士にする気!?」


 なんだこのヒステリー女は……。


「嫌なら参加しなきゃ良いだろ。クリス先輩達みたいに」


「アンタがリュートに変なこと教えないように見張ってんのよ!」


「へー、ご苦労様」


 とりあえず、ここ何日かでアンジーからリュートに恋愛的な矢印が向いているのはわかった。

 リュートからは友人扱いしかされてないので、俺ついつい同情してしまう。


「じゃーいつも通りの腕立て伏せからいくぞー」


「はい!」


「この灰色ネズミめ……」


 灰色要素名前しかないじゃんか……。俺は黒髪だぞ、黒髪。




 文句と悲鳴を垂れ流すだけのアンジーだったが、俺に笑われたくない一心で魔法剣士になるための基礎体力作りについてきていた。


 まあ、途中で倒れられても困るからアンジーに合わせたペースでメニュー組んでるだけなんだけど、それを言ったらどうなるかわからないので黙っておく。最悪、あの長身女が召喚されかねないし。

 低身長は高身長に勝てないことは身を持って知っているので、慎重にもなる。


「グレイじゃん」


「あ、ステン」


 ヘロヘロ走るアンジーの背中を眺めながら走っていたら、後ろからステンが追いついてきた。

 俺はそのまま追い抜こうとしたステンの肩……は身長差のため無理なので手首を掴み、横に並ばせる。


「なにあの女子」


「魔導士科一年のシャンプー」


「これが噂のグレイの魔法教室ってやつ?」


 嫌な顔をしながらステンはペースを落とし俺の横に並んで走る。顔までしかめてほんとに嫌そうだ。


「噂広まるの早くないか? 昨日が一昨日出来たばっかだろ」


「ロザレンズ家は騎士にとっても憧れだからね。あそこって給料良いらしいよ」


 そういう憧れかよ。騎士としての誇りがないのか、ここの騎士達は。


「あと、美人らしいし」


「らしいって、お前クリス先輩見たことないの?」


「見たことあるけど、あの人嫌い」


 すげぇ、なんてこと言うんだコイツは。確かに俺もクリス先輩のこと苦手だけど、嫌いとまで言える勇気はないぞ。


「お前それ、本人の前で言うなよ?」


 好かれるというか、おもちゃにされる。


「言わないよ。て言うか、仲間外れにされるから本人の前じゃなくても言わないよ」


「おい、じゃあなんで俺に言ったんだよ。俺には仲間外れにされて良いってか?」


「まあね」


「まぁねって……」


 まあ俺もステンのことなんて都合の良い時しか知り合いと思ってないし、どっちもどっちか。


「まあ、ほどほどに頑張りなよ。あんまり目立ち過ぎるのもどうかと思うけどね」


 そう言ってステンは先日の仕返しのつもりか、俺の頭を軽く撫でて加速する。

 不意打ち気味の蹴りを器用に避けられたのも腹立つが、自分から撫でてきたくせにすぐさま服で手を拭っているのがもっと腹立つ。


「師範代」


「うおあっ! なんだよ、急に後ろから話しかけんなよ!」


「失礼しました!」


 三週抜かしでやってきたリュートが俺の横に並ぶ。


「今の方は師範代の友人ですか?」


「あ? お前には関係ないだろ」


「そうでしょうか? 師範代にもしものことがあった時に頼れる相手は多い方が良いですよ」


「アイツは面倒事が大嫌いだから頼りにならないぞ」


 面倒事を避けるために良好な人間関係を築くほどだ。並大抵の精神じゃない。


「じゃあ、他に頼りになりそうな人と言えば……アレンはないですね」


「アレンはないわ」


 アレンは俺に恩を売ろうと真っ先に駆けつけるが、当然の如くなんの用意もしていないため「お前何しに来たんだよ!」と俺に言われるのが容易に想像できる。


 知り合って数日でアレンの人となりを把握できたのか、リュートは苦笑いを返してきた。コイツ、可愛い顔して結構黒いところあるよな。アンジーからの好意に気付いてて友人扱いしてんじゃねーの?


「じゃあやっぱり、クリスティーヌ先輩ですね!」


「え、やだ」


「え?」


「クリス先輩って底が知れないところあるだろ? あの人にはなるべく頼りたくないかな」


 俺の言葉にリュートは首を傾げる。


「クリスティーヌ先輩は善い人ですよ?」


 善い人属性と悪い人属性どっちも持ってるだろあの人。しかも隠そうともしてないし、嫌われて喜ぶ変態だし、好いてくる人間でどうにかして遊んでやろうとする猟奇的な女だし。


 しかしこれは俺の被害妄想が大胆に盛り込まれたクリスティーヌ・ロザレンズの人物像であるため、おいそれと口外はできない。なので、その場しのぎのごまかしを口にすることにした。


「そんなことより、なんだよもしものことって。近々戦争でも起こんのか?」


「戦争と言えば戦争ですけど……」


 マジか、戦争なのか。家に帰る準備しないと。


「学期末に紅白戦争があるじゃないですか。師範代、相手が騎士だとすぐ負けますから、対策しといた方が良いと思いますけど」


「あっそう」


 とりあえず、リ生意気を言う自称一番弟子の横っ面は殴った。

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