選抜選(4)

 盤上は着実と進んでいく。

 1マスしか動かせないこのゲームにおいてはゲームの進みが遅い。故に、ゲームを開始して一時間経った今でも、決着することはなかった。


 ーーーーがしかし。

 決着の時が訪れるのだろう。誰もがそう感じていた。


「あらあら……」


 白い玉座に鎮座する夏目がタブレットを見て意外そうに呟く。


「私としては、東條さんが競り合ってくれると思っていたのですが……」


 数十手目。数えるよりも盤面に集中したくなってきた頃。

 それぞれの状況がはっきりし始めてきた。


(東條さんの自駒は4個、持ち駒なし)


 それに対して、夏目は自駒が9個に持ち駒が一つ。そして、絢香は自駒が10個に持ち駒が無い状況となっている。

 駒の数的には絢香と夏目は並んでいる。一方の葵は劣勢ーーーー倍以上の差がついてしまった。


(葵さんには期待していたのですけど……)


 このゲームは数が物を言うゲームだ。駒が多くあれば多くある程盤面を支配しやすく、相手を追い込みやすい。

 故に、今の葵は三人の中では圧倒的に不利ーーーーこのままゲームが進めば勝手に負けてくれるだろう。


 だからこそ、夏目にとってはショックなのだ。

 最も期待していた葵が真っ先に負けてしまうーーーー少しばかり期待を裏切られた気分にさせる。


 まぁ、夏目が勝手に期待して勝手に失望しているのだ……葵にとってはさぞ迷惑な話だろう。


(葵さんには申し訳ありませんが、状況が状況ですーーーー早急に退場してもらいましょう)


 瞳の光が薄れた夏目は盤上を動かす。


『夏目桃花がポーンを動かしました』

『東條葵がポーンを動かしました』


 それに続き、ほぼノータイムで葵も駒を動かしていく。

 駒が少ない状況で取れる戦術なんて限られてくる。だからこそ、そのノータイムで打ち込んできた葵が駒を動かしたと言うアナウンスを聞いて、夏目は追い詰められているなと感じとった。


 そして、面白いことに盤面は葵を更に不利な状況へと進ませようとする。


『鷺森絢香がポーンを動かしました』


(あら……?)


 絢香が駒を動かした。しかし、その動かした場所があまりにも不自然すぎた。

 渡り廊下で睨み合っていた夏目の駒と絢香の駒。1マスを空けた状態で並んだ二つの駒は先に前に進んだ方が負ける。

 持ち駒を背後に出せば、追い込める状況を作り出すことは可能なのだが、そうすればもちろん相手も同じ事を繰り返してしまう。最終的には持ち駒の多い夏目が勝利できるのだが、ターンを消費してしまう上に、戦力を一点に集めるのは好ましくない。


 故に、追い込めれるような状況になるまで、お互いに数ターン睨み合っていたはずなのだ。

 にも関わらずーーーー


(鷺森さんがさきに前に進んだ……しかし、私の背後に駒がある様子もない……)


 先に一歩進んだのは絢香だった。これでは夏目が無償で絢香の駒を奪ってしまえる。事実夏目の背後には絢香の駒はなく、代わりに夏目の駒が2個控えていた。

 では何故、わざわざ駒を捨てるような真似をしたのか?


(メッセージ……ですかね?)


 マイクも通信機もない状況で相手に意思を伝えるには盤面を使うしかない。

 ……まぁ、盤面で伝えると言ってもどうやって伝えるのか? って言うか分かるの? と言う疑問を抱いてしまうのは仕方ないだろう。


 だが、夏目はその不可思議な一手を見て冷静に考え込む。

 そして、その一手の真意を確証のないままに見抜いた。


(『私は貴方を絶対に攻撃しないから、一度休戦にして先にあいつをやっつけない?』……ってところでしょうか?)


 それはあくまで憶測に過ぎない。だけど、夏目自身はかなりの高確率で当たっているのでは? と思っている。

 であれば、夏目が次に動かす一手は決まっている。


「ふふっ。その話、お受け致しましょうーーーー」



 ♦♦♦



「流石夏目さんね。ちゃんと分かってくれるんだもの」


 赤色の玉座に鎮座する絢香は盤面を見て感心する。

 夏目の返事は首肯。1マス動かせば絢香の駒を奪えるというのに、夏目の一手は『後退』だった。


「さぁ、先に逝きなさい嘘つき野郎」


 絢香はたっぷりと意味含めて嗤う。

 夏目が協力してくれる。となれば、追い込める確率も見つける可能性も飛躍的に上がる。

 何せ、一対一対一の構図が二対一となり、数の暴力が一斉に葵に向けられる。

 徹底的に追い込む。不利な人間を数の暴力で叩き伏せる。


 それが、絢香が夏目に出した提案だ。


(まぁ、正直な話を言っちゃえば、相手があいつであっても同じ提案をしてたのよね……)


 早い話、絢香は手を組む相手が誰であっても良かったのだ。

 一番劣勢を強いられているプレイヤーを追い込めるのであれば、例え嫌っている葵であろうが、同じ提案をしただろう。


 その上で先に一対一の状況を作り出し、やり易い状況と盤面を作り出し、キングを使った戦術を組み込みやすくする。

 この案はゲーム開始前から考えていた事。

 先を読む事に長けた才を持つ者と盤面を正確に把握し掌握させる才を持つ者の為に用意した策。


 それに、このまま三つ巴をしていても、1マスしか駒を動かせないこのゲームではかなりの時間がかかってしまうのだ。


(長期戦になれば、面白いぐらい盤上を掌握している夏目さんが有利になる……)


 であれば、絢香は短期決戦で勝負を仕掛けたい。

 盤面を正確に記憶してそれに対して組み込まれた戦術は、絢香にとっては厄介この上ないのだ。

 それに、夏目に勝つにはポーン全消失と言うルールではなく、『宣告』と言うルールを使って勝ちにいかなければならない。


 一対一であれば、それがもっとやりやすくなる。


「だから、あんたには早々に退場してもらうわよ」


 ポーンを動かす。動かす。動かす。動かす。動かす。動かす。動かす。

 そしてーーーー


『夏目桃花がポーンを奪いました』

『鷺森絢香がポーンを奪いました』



 結託した二人が、葵を舞台から下ろすために牙を剥いた。






 鷺森絢香 自駒6個 持ち駒5個

 夏目桃花 自駒10個 持ち駒1個

 東條葵 自駒2個 持ち駒0個





 ♦♦♦



「そろそろ、俺も動き出しますかね」



『東條葵がキングを動かしました』

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