入学試験(1)

「ねぇねぇ、葵くん」


「どしたのかね皐月さんやい?」


「好きな場所に行けって言われたけど————どうして私達はこんなところにいるのでしょうか?」


 風に吹かれ、靡く茶髪を押さえながら再び納得できないと言った感じで葵に尋ねる皐月。

 生徒会長の言葉を受けた葵達は現在、学園の中で一番高い校舎の屋上へと足を運んでいた。


 見渡せば学園が一望でき、見ただけで分かるその敷地の広さに、改めて日本一の進学校なのだと実感させられる。学園の端には高々とした柵が立ち並んでおり、そこまでがこの学園の敷地内と言う事。それでも、ここからでは薄っすらとした線ぐらいにしか見えなかった。


「ちょっとは自分で考えたまえ、俺の幼馴染さん」


「考えた結果、分からないと言っておきます!」


 やれやれと、葵は肩を竦める。しかし、無駄に威張る彼女を見て可愛いと思ってしまった。


 そんなやり取りをしている最中、広々としたグラウンドには多くの生徒の声が聞こえてくる。集団で集まっている者や、事態が呑み込めず一人でオロオロとしている者、今から何処か向かおうと画動き始めている者等々————多種多様な考えをしている生徒が屋上から見下ろせた。


「仕方ありません。この東條葵、頭の悪い皐月さんにご教授して差し上げようじゃないか」


「言い方に悪意しか感じないけど、よろしくお願いします」


 ゆっくりと説明する為、葵と皐月は地べたに腰を下ろす。


「まず一つ。ここなら他の受験者の行動が見れると思ったからだ」


 なにせ、初っ端から内容不明の試験が開始されたのだ。情報は「好きな場所に行け」と「後の指示は端末にて知らされる」というものだけ。情報がないなんて話にならない。物事は、最低限の情報を入手して初めて行動に移せる。故に、葵が屋上に来た理由は『自分が気づいていない何かの情報を、見て入手する為』。だからこそ、学園にいる受験者の動きが見やすい屋上へとやって来たのだ。


「つまり、他の生徒の様子を見て考えれるからここに来た————っていうことだね」


「その通り」


 あの一言で理解できる辺り、彼女もここの受験を受ける生徒たる資質があるのかもしれない。


「次に、あの生徒会長の発言に違和感を感じたからだ。普通、試験だけなら体育館から指定の場所に移動させるだけで済むのだが————何故『好きな場所に移動しろ』と言ったのか?」


「確かに謎いよね~。どう考えても普通の試験じゃなさそうだし、試験が始まるまでの休憩タイムなのかと思ったら、『試験開始』って言われるし」


「あぁ、生徒会長の優しさで学校探検をさせてくれる————という訳じゃなさそうだったしな」


 一瞬、皐月と探検デートできるのでは? と思ってしまったのはおくびにも出さない葵。

 未だにこの恋心は表に出せるほど勇気が持てていないのだ。


「まぁ、深く考えすぎなのかもしれないが、『好きな場所』に移動させるんだ。当然、そこに意味があるわけだし、この場合『一か所で皆と集まって欲しくない』という言い方にも捉えることができる。つまり、集団でいたら何かしら不都合が起こるのでは? ————と、考えたわけですよ」


「ふむふむ……つまり、葵くんはみんなと仲良くするのが苦手だから、あえてみんなと離れた————ということだね!」


「今の言葉のどこにそんな理由が眠っていたよ?」


 額に青筋を浮かべる葵。それを見て、楽しそうにクスクスと笑う姿は何とも可愛らしかった。思わず胸が高鳴ってしまったのは、葵だけの内緒話である。


「冗談はさておき、私としては葵くんが何を言いたいのか理解できないでござる」


「今時ござるって言うJCは珍しいが、仕方ないので説明しましょう」


「よろしくです!」


 そう言って、聞きやすいように皐月は葵の隣へと近づいた。


「何が言いたいかってことだけどな————今回の試験。もしかしたら、受験生全員が敵になるんじゃないかって思ったわけだ」


「それって、入学できる枠が少ないんだから当たり前じゃないの?」


「ちゃうちゃう。もっと素直な意味での敵だよ」


 今回の試験。学園側の意図は分からないが、もしかすると直接的に受験生同士で蹴落とすものではないだろうか? そう、葵は考えていた。


「一緒にいて欲しくない————つまり、受験生同士が離れた位置での試験開始を望んでいるとなれば、多くの生徒が集まる場所での試験開始は不利になりうる。もし、直接的に他の受験生同士を蹴落とすような試験だったら、考えもせずにすぐ争うのは好ましくない。だから、こうして外からしか鍵が閉めれない屋上に来たってわけだ」


「ほぇ~。葵くん、あの場だけでそこまで考えたんだ……頭いいね」


 少し驚いた顔をした皐月を見て、葵は悲しそうな表情をする。

 だってそうだろう?


 頭がいいと言われたのに、彼女は葵の事を好きになっていない。つまり、皐月の基準はまだ超えれていないということなのだから。


「まぁ、あくまで予想だからな。もしかしたら『今から試験を開始しますから、指定の場所に集まって下さい』っていうお茶目な指示が来るかもしれんし」


「うん! そうだったら無駄に考えなくて済むからいいよね!」


 しかし、そんな事を口にしても、葵はその可能性はないと思っていた。


(日本一の進学校————都市学園。『頭の良さ』が求められるこの学園が試験開始と合図したのに、このまま何も起こらないわけがない)


 試験開始と言われたのなら、本当に始まっているのだろう。VIPも注目しているこの学園が、冗談と言うお茶目を試験当日に言うはずもない。

 だからこそ、今この瞬間でも『頭の良さ』が試されているのではないだろうか?


 だとしたら、この『好きな場所に移動させた』という事にも大きな意味が————


「あ、何か通知が来たよ!」


 皐月が端末をいじっていると、不意にそんな声を発した。

 支給された端末はスマホとそん色ないほどの大きさと見た目。しかし、葵もいじってみたのだが、どうやら通話機能と一方的なメッセージの受信しか機能が搭載されていなかった。


 葵は、そんな支給された端末の画面を開き『都市学園運営委員』と書かれた宛名の通知を見る。



{本試験は、国立青崎学園入学の為の試験であり、平等に執り行うものとする。尚、試験内容は以下のとおりである。



・本試験の最低合格数値は500PTである。

・この通知が送られて一時間後に試験終了とする。

・端末内に表示されているPTは、一分ごとに10PT加算される。

・受験生は『鬼』三名と『子』という役に別れる。尚、端末内にて自分がどの役なのか確認することができる。また、鬼の居場所は端末内のマップにて表示される。

・鬼が子に触れた場合、鬼は子となり子は鬼となる。

・鬼は子に触れると、子の所有しているPT分が自分のPTに加算される。

・子が鬼になった場合、一分間は他の子に触れることができない。

・本グループの第一試験の合格者は上位PT保持者三十名とする。

・尚、試験終了時に鬼の役だったものは順位に反映されないものとする。

・暴力行為、賄賂等は不正行為とみなし、即時失格とする。


 以上をもって、本試験の概要とする。学院関係者一同、皆さまが入学できることを願っております}




「ははっ、これまた随分と面白い試験だな」


 その通知と可愛らしい鬼の絵が描かれてある画面を見て、葵は不敵な笑みを浮かべた。


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