第6話 目覚め




 気が付くと、そこには見慣れた天井が広がっていた。

 少し穴の開いた板が目立つそれは、間違いなく秘密基地の天井。

 でも、ハッキリしたのはそこまでで、なぜここで寝ているのか……その記憶は曖昧だった。


 あれ? 俺……

 必死に頭の中に眠っている記憶の断片を拾い集めようとしたけど、


「クッ、クレス!!」


 突然の大きな声と、胸に感じる温もり。

 その前では……全くもって無意味な行動だった。


 出来ればあの地響きも、村の異変も……

 大切な人の変り果てた姿も、正体不明だったあいつらの存在も……


 全部夢だった! なんて期待もした。


 でも、


「クレス! クレスぅ! 無事でよかった、目が覚めて良かったぁ! ありがとう……私を助けてくれてありがとぉぉ」


 ホノカの無事が分かっただけで十分だった。

 まぁこんなにも泣くなんて思いもしなかったけど……顔グリグリするの止めろよ。ちょっと恥ずかしいぞ。


 とりあえず、泣きじゃくるホノカをなだめると、俺はゆっくりと上半身を起き上がらせる。

 寝ている時は気付かなかったけど、寝ていた部分には柔らかい敷物が敷かれていて、腰からはシーツが掛けられていた。

 聞くと、俺が寝ている間にアスカと2人で使える物がないか探していたらしい。

 秘密基地の中を見渡すと、ちゃんと2人分の寝る場所や食器、テーブルの上にはナナイロの実が置かれていた。


 ん? そう言えば俺……どんだけ寝てたんだ?


「なぁホノカ、俺どの位寝てたんだ?」

「んー? そうだなぁ1日くらい?」


 丸1日!? そう言えば……とりあえず叫びながら突っ込んで行った所で記憶がない。ん? ホノカ? 元気そうで安心したけど……


「あっ、あのさ、ホノカ。俺あんまりよく覚えてないんだけど……どうやって助かったんだ?」

「どうやってって……クレス覚えてないの?」


「いや、叫びながら突っ込んで行った所までは何とか」

「じゃああれって無意識? メチャクチャ驚いたんだけど……」


 無意識? 驚いた? 


「何の事だ?」

「クレス……手から炎出したじゃん?」


 ……は?


 思わず口から零れた声が耳に入ったのか、なにやらホノカは興奮気味に自分の見た事を話し出す。


「クレスも覚えてるでしょ? 私あの気持ち悪い奴に首掴まれて……宙吊りにされてたんだよ?」

「それは……知ってる」


「そんでね? もう駄目だって思った時、クレスの声が聞こえたんだ」

「あぁ……とりあえずなんか叫んだのは覚えてる」


「頑張ってそっち見たらさ? クレスすんごい怖い顔しててね?」

「おっ、おう」


 怖い顔……やべぇどんな顔してたか覚えてないぞ?


「右手を伸ばしたかと思ったら、炎が出たんだよ?」


 炎?


「クレス? 聞いてる? 炎だよ?」


 手から炎? ……いや何となく意識無くなる直前に、自分の手が青っぽい炎に包まれてる様な気はしてけど……


「それ幻覚じゃ……」

「有り得ないよ。それが幻覚だったら、私は助かってないよ?」


『助かってないよ』その言葉の重みは、嫌という程分かる。ましてやあの場に居たなら当然だ。

 正直あの2人は気色が悪かった。ただそれ以上に恐ろしかった。

 あの状態で、俺もホノカも無事だったって事を考えると……その幻想の様な、夢の様な話を信じる他はない。


 けど、手から炎だぞ? そんな夢みたいな事有り得るのか? 見たって言うホノカは仕方ないとして、こんな話あのアスカでさえ信じ……


「おっ! クレス! 起きたか!」


 あっ、噂をすればなん……って!


「ホノカ助けてくれてありがとな? それにすげぇな! 炎出したんだって?」


 信じてる? しかも目が輝いて……


「どうやって出したんだよ! おれにも教えろよ!」

「ちょっ、アス……」


 待て待て、頼むから落ち着け。起きたばっかなんだからさ……


「なっ! なっ!」


 肩掴んで、そんなに頭……


「なぁって!」


 揺らさないでくれぇぇぇ!




 再会を喜ぶ間も無く始まったアスカの質問攻め。

 まるで秘密基地を見つけた時の様な、興奮気味な姿には少し驚いた。けど、それはどこか懐かしくもあって、安心感を覚える。

 何より元気そうなアスカの姿を見れたのが大きかった。


 とはいえ、その『炎』については何も答えられる事がない。


「分からないんだって! てか本人が幻覚だって思ってたんだぞ?」

「嘘だろ? 内緒か!?」


 なんてやり取りが繰り返され、その屈託のない笑顔が、落胆の表情に変わるのにそう時間は掛からなかった。


「はぁ……なんだよ」


 力なく座り込むアスカ。その時、一緒に床に落ちた袋がドサッと音を立てる。


「ん? アスカ、それは?」

「あぁ、とりあえず食べ物持って来た。って言うより……」


 その瞬間、少しだけ眉を寄せるアスカ。


「俺からしたら、盗んで来たって感覚の方が強いわ」


 その力ない言葉が、現実を思い出させる。


「なぁアスカ。やっぱり村は……」


 そんな俺の言葉に、アスカは自分が見た事。俺が眠っていた間の事をゆっくりと……話し始めた。


 村の至る所に岩があったり、切り裂かれた跡があって、その殆どが壊れている事。

 1日村のあちこちを見て回ったけど、俺達以外に生きている人が誰も居ない事。

 そして……畑で、アスカ達の家族が死んでいた事。


 自分にとって、1つの希望だったオジサン達が生きてるって可能性。それすら消え去った事を知り、動揺を隠せなかった。ただ、


「けどさ? 2人が生きてて良かった。畑で親父達の姿見た時、一瞬で嫌な予感がしたんだ。もしかしてクレスやホノカもっ! ってさ?」


 その言葉が胸に染みる。


 それに家があった場所に戻ると、倒れてる俺と必死に俺の名前を呼ぶホノカが居て……かなり焦ったらしい。

 その点については申し訳ない。それに背負ってここまで連れて来てくれたアスカには、いくら感謝をしてもし足りない気分だ。


「そうか……」

「なんか一気に色んな事があり過ぎて頭が付いていかねぇんだ」

「そりゃそうだろ? 俺だって無理だ」

「でもね……これって夢じゃないんだよね? 現実なんだよね……」


 こんなのすぐに理解できるなんて、普通は有り得ない。

 ただ俺達の誰もが、その揺らぐ事のない事実を……肌で感じているのは間違いなかった。


「あぁ……そうだな」

「信じられねぇよ。でも現実なんだ。村は……ナナイロ村は……」




 世界の誰もが普段と変わらない生活をしていたある日……


 その辺境のにあるナナイロ村は静かに消え去った。



 村の住民、774人の……



 命と共に



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