僕の家は第二生徒会室 2

「ひどいよユーコ姉さん…………勝手に人の部屋を漁るなんて」

「恥ずかしそうにしているわりには、いくら探しても何も出てこなかったじゃない。アキが健全な精神の成長をしてるか、姉さんはむしろ心配になってくるわ」

「そんな心配しなくていいから!」


 まったくっ! 人の家に上がって部屋を物色するなんて、とんでもない姉さんだ!

 僕はユーコ姉さんに精一杯抗議をしたけど、姉さんは相変わらず涼しそうな表情で聞く耳を持たない。むしろ現物がないことに文句を言ってくるとか、滅茶苦茶すぎる。

 とりあえずこの人には僕が何を言っても無駄だって昔からわかっているけど、今回の現行犯はほかにもいるわけで…………


「リンネ……なんで君まで一緒に」


 僕がリンネの方を向くと、リンネはプイと顔をそらした。


「あたしだって止めようとしたのよっ! でも姉さんにて押し切られちゃって、その、なんというか…………」

「普段のリンネだったら、いけないことはいけないって言ってくれると思ったんだけどなぁ」

「うっ……」


 反応から察するに、押し切られたどころか、内心では他人のプライバシーを暴く誘惑に抗えなかったんだろうな…………通りでさっきから挙動不審なわけだよ。

 まぁ、ユーコ姉さんと違って、悪いことをしている自覚がある分まだましか。僕だって逆のシチュエーションで止められる自信ないし。

 僕に言われてようやく自分の仕出かした過ちに自己嫌悪になったのか、リンネはきれいに整っていた自慢のショートヘアをワシャワシャしながら頭を抱えてしまった。


 そんなところでササナ先輩が、台所からお茶を淹れて持ってきてくれた。


「はい、どうぞ。今日は白沢商店街の春天堂で買ったお茶を入れてみました」

「あ、どうも……ってササナ先輩、お茶を入れてくれたのは嬉しいですが、ササナ先輩は何で会長の暴挙を止めてくれなかったんですか?」

「だって私、今までえっちな本を見たことがなかったので、どんなものか気になってしまいまして」

「そんなこったろうと思いましたよっ!」


 ササナ先輩はユーコ姉さんと違って優しい人なんだけど、姉さんの思い付きに真っ先に乗るのもこの人だからなぁ。というか、ササナ先輩がユーコ姉さんの数少ない親友なのは、基本的に姉さんのイエスマンだからではなかろうか?


「で、まさかほかの部屋まで覗いてないよね!? 僕の部屋だけならまだしも、父さんの部屋とかは触ったら危ない物とかあるんだから!」

「ケースの中に飾ってある日本刀のことね。それは昔から知ってるわ。そこまで心配しなくても、アキの部屋の探索は、お母様の許可を取ってあるわ」

「母さんまでグルだったの!?」


 うちの母さんは思春期の息子のプライバシーを何だと思ってるんだ!

 おかしい……ここは僕の家のはずなのに、なぜか味方が一人もいないじゃないか!

 心の中で女子たちの理不尽さに辟易していると…………玄関の扉がチャイムもなしに開く音がした。

てっきり、妹のもえが帰ってきたのかと思ったら、聞こえてきたのは男子の声だった。


「おいすーっ、もうみんな来てるのか?」

「アーモン先輩っ! ようやく来てくれたんですね!」


 遅れてやってきたのは、生徒会役員の2年生男子――――アーモン先輩こと高坂亜門こうさか あもん先輩だ。


「どうしたアイチ、そんなに涙目になって。大の男がそんな情けない態度でどうする」

「実はさっき……ユーコ姉さんたち三人に、僕の部屋の中で勝手にエロ本の強制捜査をされてしまって」

「なんだと!? やっちまったなぁ、許せんぞオイ!!」


 僕が今の窮状を訴えると、アーモン先輩は即座にユーコ姉さんに立ち向かって抗議の声を上げてくれた。

 アーモン先輩は、カラッとした江戸っ子気質で、後輩の面倒見がいい、頼りになる先輩男子なんだけど、身長が結構低くて、見ただけだと上の学年に見えない。

 僕自身も無駄に背が高いせいで、いつも見下ろす形になってしまうのが正直申し訳ない。


「オイ会長っ! 何勝手に男の部屋ん中物色してやがんだ! 男の子の部屋の中はなぁ、見られたら一発アウトなエロいもんや、密かに好きな女子の隠し撮り写真とか黒歴史ノートとか、とにかく見られたらこの先数十年はもだえ苦しむようなものがあっちこっちに隠されてんだ! しかも、アイチのような真面目君ほど実はムッツリで、不良ですらドン引きするような性癖のものを持ってることが多いんだよっ! それをあんたらは――――」

「待った待ったアーモン先輩! 味方してくれるのは嬉しいけど、僕に流れ弾を飛ばしてくるのはやめて!」

「アキを擁護したいのか侮辱したいのかよくわからないわね………言っておくけど、部屋の中を隅から隅まで探しても、エロ本どころか黒歴史アイテムの一つすら出てこなかったわ」

「は? いや、さすがにそんなことはあり得ないだろ」

「本当ですよ亜門さん。私もご一緒しましたが、うわさに聞くエロ本とか自作ポエムとか、そういったものは一切置いてありませんでした」

「そうですアーモン先輩! アキホは健全な男の子なんですから、そんなの持ってるわけないじゃないですかっ! むしろアーモン先輩こそ、そういうものを隠し持ってるから、よこしまな考えになるんじゃないですか!?」

「えぇ……いや、それは…………まじか、本当に何もなかったのか。ササナさんがそういうなら信じるっきゃねぇか。なぁアイチよぉ、お前さんいくら何でも無欲すぎんだろ。修行僧かお前は、そんなんで子孫残せんのか?」

「だから何でエロ本持ってないだけで非難されなきゃならないんですかね!」


 そーゆーのを持っていることを咎められるのはまだしも、持っていないことのどこがいけない事なんだろうか。生徒会の人たちは男子を何だと思っているんだ。

 あとリンネは今更僕の味方面しても遅いからね…………


「ま、とりあえず全員揃ったことだし『第二生徒会室』での話し合いを始めるわね。と言っても、本当は周辺の中学高校で校内へのエロ本の持ち込みが多発していることを話題にしようと思ったんだけど、予定を変更するわ」


 ユーコ姉さんは話題を変えるために、ササナ先輩が淹れたお茶を一口啜った。

 姉さんは猫舌なので、さりげなくフーフーと冷ましながらちょっとずつ口をつけていくのが――――いつもの尊大な性格と対照的で、少しかわいらしく思えてしまう。

 が、僕の視線を感じ取ったのか、ユーコ姉さんは急にギロっとこちらをにらんできたので、あわてて視線を正面に戻した。

 何か言われるかとも思ったけど、姉さんはそのまま話を続けていく。


「最近、3年生の間で『姫木高校埋蔵金伝説』の噂が流行っているは知っているかしら?」

『埋蔵金伝説?』


 エロ本とはまた違う意味で突拍子もない話題に、僕たちはどう反応したらいいかわからなかった。

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