第十六話 炎の赤と優しい緑

 口付ける度にミサキが拒否しているように思えて苛立っていた。

 それ以上の行為を我慢しているというのに、と自分が思っていることに気付いた瞬間、あまりの浅ましさに深く後悔した。


 それからは些細なことでもミサキに話し掛け、ミサキの話を引き出すようになった。親しくなる為には相手の話をよく聞くことだと教えられてきた筈なのに、この数年は人との関わりを避けてきた為か、すっかり忘れ去っていた。


 ミサキの物事に対する考え方は面白い。世界が違うからだというが、目が覚めるような気付きを与えてくれることが度々ある。


 様々な場所に多数の神が存在していて、常に人間を見守っているという話には驚いた。ミサキの住んでいた国ではそれが生活の一部であり当たり前のことだという。沢山の宗教が存在するらしいが、ミサキ自身は無宗教だと笑っている。


「もったいない」という考え方が、最初は理解できなかった。物を買い、消費することは王族や貴族にとっては国民に税を還元するための行為だ。高度な技術で作られた高価な物を買い上げれば、技術はさらに高まっていく。売る商人、作る職人、材料を作る人々に金が回る。


 不要になった物や気に入らない物はすぐさま捨てて、新しい物を買う。当たり前だと思っていた行為がもったいないと言われて戸惑った。


 さらに話を聞けば、ミサキの世界では人が多くなりすぎて、資源の争奪戦が始まっているらしい。物を大事に扱うことで資源を使い果たさないように、使える物は修繕して最後まで無駄なく使うことが未来の子孫の為の行動であるとも知った。


 職人たちの生活を考えれば、今までの消費をがらりと変えることはできない。ただ、ミサキにもったいないと言えば、渋々ながらもいろんな物を受け入れてくれることを知って、内心便利な言葉を手に入れたと思っている。



 先日、取り寄せた菓子に毒が仕込まれていた。毒見が気が付いたのでミサキには知られていない。調べさせると隣国カザルタの影が見えた。まさかとは思うが、第二王子に嫁ぎながら不貞をして戻された彼女ベアトリクスを罰する意味でこの城に幽閉する為かとも疑ったが、王子は離縁してすぐに自国の伯爵令嬢と結婚していて、彼女との婚姻は無かったかのように忘れ去られているらしい。


 呪いを我が国に広める為かとも考えたが、私を殺しても他の王族男子に受け継がれるから無意味だ。理由のわからない悪意がミサキに向かっていることだけは感じている。


 毒見による検査とジェイクの魔法による検査を経て、念のため私も口にしてからミサキに食べさせている。甘い菓子を食べるミサキは可愛らしい。常にどこか緊張した表情が菓子を食べる間だけは安堵したように緩む。



 図書室に行っていたミサキが居間に駆け込んできた日から、ジェイクをミサキから遠ざけている。


 何故ジェイクがミサキを外に誘うのか。

 ミサキを妹のように思っているのか、女性として見ているのか。どちらにしてもミサキが不安に思っていることは変わりない。……それともミサキを排除しようとしているのか。


 直接問い質すことはためらわれた。ジェイクが魔法を用意していれば、高確率で負けてしまう。こちらも相当の対抗手段を用意していなければならない。私が負けてしまえばミサキを護ることができない。


 ジェイクは以前と変わらない態度で仕えてくれているが、笑顔の裏で何を考えているのか全くわからないということに、今更ながらに気が付いた。



 ミサキは毎日、寒い雪の日でも塔へと向かう。小さな噴水しかない部屋で、ただぼんやりと考え事をしているという。正直、考え事をするなら図書室でもどこでもいいのではないかと思うが、塔の中なら間諜も探ることもできないし安心できるのかもしれない。赤く紅潮した頬で上機嫌で戻ってくるミサキを見ると、止めることも戸惑われる。



 婚礼用のドレスをミサキに着てもらう為、玄関ホールで踊ることを思いついた。城守に相談すれば、使用人の中に楽器が演奏できる者がいると言って揃えてくれた。演奏者の中に王の間諜が混ざっていたのは意外だったが、機嫌良く演奏していた様子を見ると元々は楽器の演奏が好きな者なのかもしれない。


 ミサキにドレスを着せるのは楽しい。いつもは晒さない素肌にそっと触れると、その場で押し倒したい衝動に駆られるが、ミサキが受け入れてくれるまでは待つと心に決めている。


 朱赤のドレスはミサキには似合わなかった。ミサキには緑の方が似合う。そして、私にも赤が似合わないということを知った。赤い炎の花のような彼女ベアトリクスの隣に、私は似合わないと再確認して苦笑する。


 ミサキの足に魔法を掛けて踊ると、赤いベールの下の黒い瞳が魔法灯の光を受けて煌めく。淡い紅色の口紅を引いた唇は艶やかで瑞々しい。


 ミサキに求婚して婚姻式をするつもりでいたが、ミサキに似合うドレスが届いてからにしようと思いなおした。


 ベールをそっと上げると、黒い瞳の中、包み込むような優しい緑の森が思い浮かぶ。


 私には赤色は似合わない。

 心が安堵するような、この緑色が似合うのだと思いたい。


 永遠の緑。私だけの緑が、この腕の中にいる。

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