第39話 自宅兼店舗の応接室が「教室」に

 海野はるかさんは、岡山県東部のある市に住む自営業者の娘で、3人兄弟の一番上。下には弟が2人いる。彼女の学力はもともと中の上より少し下。岡山市内の公立進学校に合格できるかどうかは、微妙なところ。滑り止めの私立高校は、特別進学クラスこそ無理だったが、進学クラスには難なく合格した。しかし、できれば公立にということで、近所の県立B高校を受験、こちらも難なく、推薦入試で合格できた。

 高校入学後2か月は通った。成績も、上位。一見、問題はなさそうだ。

 ただしこの高校、中心部の進学校ではなく、以前から、地域の高校生を成績の上下は問わず受け入れていた高校だった。

 かつてはそれなりの大学進学実績を出せていたのだが、高校の学区の広域化に伴い、優秀な生徒は岡山市内の公立進学校や私立の特別進学コースへと流出していった。公立進学校に合格できるレベルの生徒はともかく、私立なら金がかかるじゃないかと思うところだが、最近の私立高校は、特待生の制度も軒並み充実させており、公立高校で学ぶのとそれほど変わらない額で高校3年間を過ごせるケースもままある。 かくして、優秀な生徒は市街地へと流出し、学校の学力レベルが著しく下がる。こうして学力レベルが急降下した地方の公立高校は、B高校だけではないのだが、そうなると、ある程度学力の高い層には、とてもではないが通えない場所となってしまう。そんな場所の居心地が、いいはずもない。授業内容にしても、全生徒の最大公約数をとらなければいけないわけで、はるかさんのような上位層にとっては、学校全体の雰囲気ともなじめなくなる。先ほどの高丸君と違い、彼女には、不登校になるような兆候はそもそもなく、中学時代も遅刻欠席はほとんどなかった。それでも彼女は、「不登校」になった。

 しばらく様子を見ていたが、これではどうも駄目だということで、はるかさんの母親が見かねて、ある大手の家庭教師会社に相談に行くと、その会社の名前を冠した「高等学院」という制度があり、提携している通信制高校のレポートを仕上げ、何度かスクーリングに出席すれば、高校卒業資格が得られるという。


 結局、はるかさんは周囲の人たちと相談の結果、その大手家庭教師会社が運営している「高等学院」が提携しているX高校の通信制過程に「転入」した。中退してしまうと高校在籍期間が途切れるので、在籍校の先生や受入先の通信制高校関係者のどちらからも、「中退」という形をとらず、「転入」の形をとるよう勧められた。

 これなら、約半年遅れている状態にはなってはいるものの、あと2年半あれば、その間で高校卒業要件に合うだけの単位を取得できる状況を作ってくれている学校もあるし、その高校もそのような体制を作ってくれていたので、3年目には同級生と同時に高校卒業も可能である。

 そして2010年の11月より、高卒資格を得るためのレポート対策に入った。大学に行くのなら「高認」の試験を受験してもいいのだが、どうせ3年で卒業資格が得られるのなら、無理してそこまでしなくてもよかろうということで、通信制過程での高卒資格取得に専念することになった。

 普段は、自宅兼事務所となっている1階の事務所で勉強し、その合間に、母や事務員の手伝いなどをしていた。高校に通っていたころに比べて、時間は格段にできた。

そこで、彼女の住む地域に縁のある私が週に1ないし2回、家庭教師指導に行くことになった。移転した住居のある明石市から岡山に向かう途中でもあり、その行きや帰りの駄賃みたいな形で、私は彼女の自宅に通うこととなった。

 幸い1階の事務所には、別に応接室がある。彼女はそこで勉強していた。私の家庭教師指導も、3年時修了まで、そこで行うことになった。学校にあるイスや机などとは全く無縁の、応接室のソファに腰掛けて、単位取得のためのレポートの準備。学校の授業や大学の講義やゼミ、あるいは学習塾での個別指導などに慣れている人が見たら、ずいぶん違和感のある「授業」ではあった。だがそれは、私にとっても新鮮だった。


 はるかさんはもともと学力がない方ではなかったので、授業自体は順調に進んだ。ただ彼女は、以前の私のように、目を吊り上げて何が何でも大学に現役で、それ以外のものは容赦なく排除、というようながむしゃら感はなく、極めて淡々と、単位取得に向けてのレポート作成準備を進めていった。彼女がどう感じたかはわからないが、少なくともこの2年半の授業を担当している間に関しては、お互い、ストレスはそれほどなかったと思う。少なくとも私は、ストレスをほとんど感じることはなかった。

 海野邸に「授業」に訪れるのは、たいていの場合午前中だった。幸い私の場合、他の家庭教師指導や塾の手伝い等は夕方からが主だから、午前中は空いている。これはありがたかった。

 ただ、明石から電車に乗って海野邸まで行くには、途中の播州赤穂で乗り換えてもうしばらく電車に乗らなければいけない。関西圏で人身事故や信号トラブルに巻き込まれたときには、予定時間に行けないときも幾度かあった。姫路あたりで西に向かう列車に接続できず、そこで最悪1時間は待たされることもあったからだ。

 これが岡山市内あたりなら、自転車で行けばどうにでもなるのだが、こちらでは、公共交通機関の乱れが、そのまま乗客らの業務に大きな影響を与えることとなる。そういうときは仕方ない。遅れてそのまま授業に入るか、やむを得ない場合は、後日に振替させてもらうかするより他ない。もっとも、相手は時間については融通が利くので、その点は問題なかった。大体は午前中に授業を組んだが、やむを得ない時は午前と午後に分けて、2回組んだこともある。そうでない限り、午後だけで組むことはほとんどなかった。

 授業自体は淡々と進んだが、彼女の表情は、日によって機嫌のいい時といささか悪そうな時がはっきりしていた。ただそれも、特段の問題になったわけではない。

 スクーリングについては、特に行っている様子は見えなかったが、一度、何かの「学校行事」で通信制高校の岡山の拠点校に行くと言っていた。

 彼女は難なく、3年目で高卒資格を得られた。

 その年の大学入試には間に合わなかったが、1年浪人の後、兵庫県のK女子大学に合格・進学した。


 公立高校の普通科進学校の学区の再編、それに伴う私立高校の活性化により割を食っているのは、進学校の中でも不人気だった高校(総合選抜を外され、もとより伝統も人気もなかったのが、そのまま優秀な生徒を集められないことにつながり、そのことが、必然的にレベルダウンの原因となった)と、周辺地域の比較的優秀な生徒を集めていた公立高校である。まして、それほど学力優秀な生徒を集めていなかった周辺地域の公立高校の状況に至っては、何をかいわんや。

 

 はるかさんのB高校もそうだが、次に紹介する少年の例はまさに、その状況の「象徴」ともいえるものである。

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