第37話 本当にそれは、君の思いなのかね?

 2009年の8月下旬頃だったように思うが、彼は、関西のコンピューター専門学校の受験に赴いた。

 いよいよ、面接が始まった。

 これは高校受験などのように、一通りどんな人間かを「面通し」するようなものではない。

 相手がどれだけ本気で、ここにきて学ぶ意欲があるかどうかを問うわけだから、その質問では、かなり突っ込んだところまで聞かれるし、当然その分、一人当たりにかかる時間も長くなる。

 とはいえ実際にはせいぜい10数分程度ではあろうけれども、毎年恒例の業務として面接をする側はまだしも、これで下手すれば一生が決まりかねない受験者側にしては、大げさでもなく一世一代の舞台だ。緊張しないはずもない。

 なかには、推薦入試の面接で受験先の大学やその創始者をボロクソにたたいて面接官を唖然とさせ、それでも合格したものだから、本来の志望校をやめてそちらに進学したという人物もいるそうだが、そんな例はあくまでも例外中の例外だ(その大学は、しっかりした批判精神のある受験生は合格させるという)。


 彼はもちろん、相手をぼろくそに言っても合格するような人物ではない。

 面接官の質問に、ぎこちないながらも必死かつ誠実に、答えていた。だが、面接官も思うところがあったのだろうか、ついに彼に対して、こんな質問をしてきた。


「先ほどから、こちらの質問に対する君の答えを聞いていると、どうも、どこかで書いて覚えてきたことを、ここでひたすら吐き出しているだけのように思えて仕方ないのだが、それはところで、君の、本当に思っていることなのかね?」


 後に聞くと、さすがに彼もびっくりしたそうだが、臆することなく、彼は答えた。


「はい、ぼくが本気で思っている通りです!」


 その答えを聞いた面接官、間髪を入れず、一言。

「よし、合格だ!」


 こうして高丸君は、この専門学校に合格し、その後数年間通うことになった。


 彼が面接で機転の利いた対応ができたが故に合格したことは、私の指導の成果である、などと、おおっぴらに喧伝するつもりなどない。

 百歩譲ってもらって、そうであったとしても、高丸君はD学院の存在なくして、このような結果は出せなかったのではないか。

 普段からD学院という「居場所」を確保し、そこで先生や他の生徒と話をする、たったそれだけのことでも、不必要な「孤独感」からは逃れることができる。

 それだけでなく、そこで人との接し方が自然に身に着けられるわけで、そういう基本的な「人とのつながり」のベースがあったからこそ、面接でそこまでの機転が利かせられたともいえよう。


 高丸君はかくして、大阪のコンピューター専門学校に通うこととなった。

 卒業後、仕事を転々としていたようだが、今は、大阪のハローワークに通っている。一時期はゲームクリエイターの仕事につきたいと思っていたのだが、その手の仕事の求人はない、あって就職できてもすぐ辞めている例も多いし、何より、その業界自体が飽和状態で、未来も見えない。

 だから、「自立」のために「普通の仕事」を探そうと思っている、と言う。

 

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