第12話 聖女の舞台

 人は見かけによらないってよく言うけれど、今回の一件はその典型かもしれない。


 冒険者ギルドでパーティメンバーの募集をしてから三日後のこと。あまかぜ亭にふらりと立ち寄った僕とルルアはこなせそうな依頼を探していたが、二人パーティとなるとやはり挑戦可能なものがほとんどない。


 パーティ募集の紙にはハイリザードマンを倒したとかいろいろ書いたけど、どうやら信じてもらえてないのかな。僕らが他のパーティに入ることも考えてはいるが、それもまた良い条件が見つからない。


 ギルド内にあるクエスト募集掲示板と、パーティ募集掲示板を交互に眺めていたところ、出入り口付近からやってきた受付嬢さんが微笑みを浮かべながら、


「ナジャさん、ルルアさん。あなた達のパーティに入りたいとおっしゃっている方が見つかりましたよ!」


 と小走りで朗報を伝えに来てくれたんだ。


 ◇


「うわああ。街そのものがパーティーしてるみたい!」


 従者のお兄さんが操る馬車から降りて、ルルアはワクワク感が全身からにじみ出ているようだった。僕もほとんど来たことのない街だったので、ちょっと楽しみではあったんだよね。


 ここはアロウザルから馬車で二日以上は余裕でかかってしまう大歓楽街、ウィズダムっていうところ。


「劇場から酒場からカジノまで、とにかく遊ぶ為の施設がいっぱいあるらしいよ。それにしても、待ち合わせの場所って本当にあそこなのかなあ」と僕は心配がつきない。


「うん! きっとあそこで間違いないよ。あたし演劇を観るの初めてだから、すっごいワクワクする」


「遊びで来たんじゃないだから、気を引き締めるんだぞ」


「解ってるよー。あ、そうだ! 帰りに沢山お土産買って行こうねっ。ニニアーナさんと近所の人の分と、それからー」


 完全に観光気分になっちゃってる。まあしょうがないか。本来パーティ募集っていうのは、志願している人が募集者に会いに来るものだけど、今回僕らはその逆になってしまってる。


 普通なら貴方のほうから来てよ……と返事するところだが、その志願者はなんと劇場チケットを二枚送ってきた上に、交通費や宿代まで出してくれるのだと言う。驚いたことにパーティ参加を求める手紙には、劇場チケットと十分すぎるくらいのお金が同封されちゃってた。もし断られても、お金は返さなくていいらしい。ほんと?


 なんか怪しい人なんじゃないかと警戒もしつつ、せっかくだから会いに行ってみようということでやってきた。劇場に入って指定席を見つけたんだけど、今まで座ったことのある椅子の中で一番フカフカでサイズが大きいかったから驚いちゃった。どうやら貴族や王族まで来場する劇場みたいで、室内はどこぞの高級ホテルみたいに豪華絢爛だ。


「あたし達まるで王様になったみたいだね。こんな椅子お家に欲しいかもっ」


 左隣に座ったルルアはやっぱりはしゃいでいる。なぜか小さい頃に戻ったような錯覚を覚えた。彼女はこうやって、いつも隣にいてくれたんだ。


「相当お金がかかっているみたいだ。それにしても、パーティ参加志願者が来ないな。もう劇が始まっちゃうのに」


「うん。もしかして遅れてるのかな。気長に待とうよ。今回の劇ってすっごく有名なんだよ。城のお姫様に恋をしてしまった冒険者のお話なの」


「恋愛モノかー。定番だな」


「ナジャは恋愛モノ好き?」


「あんまり好きじゃないかも。冒険モノが良かったけど」


「あたしは恋愛モノ好きだけどね。そしてハッピーエンドが好き。どんなに苦難や壁があっても、最終的には結ばれて幸せになる……っていう展開を観ると、なんだか泣きそうになっちゃう」


 そういえばルルアは、僕と別れてからそっち方面はどうだったんだろうか。聞いてみたいと思ったけどやめた。きっと村では誰よりもモテたんじゃないかと思い、自分とのギャップを感じてしまう。


「見て! 幕が上がったよっ」


 ライトアップされた劇場というものは、こんなにも煌びやかな世界だったのか。幕が開いた舞台の中心に立っていたのは、長い青髪と白いドレスを見に纏う、僕らより少し年上に見える女性だった。気がつけば彼女を中心に劇は始まり、みんなが物語を静観する。


 ちょっと疑問だったのは、劇ってセリフを歌いながら言うものなんだろうか、ということ。劇中ではお姫様役の青髪お姉さんが、大体歌いながらセリフを喋るんだよね。そして両想いになっている身分違いの男役の人も、とにかく歌ったり踊ったりする。これがまたカッコいい! 気がついたら僕は、演劇の世界にどっぷり浸かってしまった。


 身分違いの恋をした男女が、苦難を乗り越えて結ばれたところで劇は終了し、会場からは割れんばかりの拍手が巻き起こる。僕も興奮気味に拍手をしていた。主役のお姉さんはまるで女神のような微笑を浮かべつつ、会場内の声援に答えてる。まるで絵画の世界みたい。


「す、素敵……」


「あれ。ルルアってば、泣いちゃったのか」


 隣を見ると幼馴染みが青い瞳から大粒の涙を流して感動していた。うーん、まさかそこまでグッと来ちゃうとは。なんていうか、感性の違いみたいなものを感じずにはいられない。しばらくしてから泣き止んだルルアを連れて、僕らは劇場の出入口へ向かう。結局のところパーティに入りたいって人は来なかった。


 で、驚いたことに出口の左端に、さっきまで劇をしていた人達が並んで待っていたんだ。


「は、はわわわ! ナジャ! ナジャ ! 握手、握手できちゃうよ。ひゃあああ……」


「ルルア? ちょっと! 感動のあまり立ったまま気絶したのか!? しっかりしろお!」


 そんな僕たちのやりとりを見て、クスクス笑う女性がいた。さっきの青髪のお姉さんだ。なんか恥ずかしいことになっちゃったなと思いながら、泡を吹いた幼馴染みを背負いつつ握手をする。


「うふふふ。楽しいお仲間さんですね」


「ええ、まあ。それより劇、とっても面白かったです!」


「ありがとうございます。嬉しいですわ。チケットを送付した甲斐があったというものです」


「え? チケットって……。じゃあもしかして」


「ええ。私が貴方達のパーティに参加を志願しました。クラリエルと申します。後で楽屋まで来ていただけてもよろしいでしょうか」


 ◇


 そんなこんなで、僕らは劇場の大スターと思わしき人、クラリエルさんの楽屋に来てしまった。丸椅子にちょこんと座っているルルアは、落ち着きなく部屋中に飾られた舞台衣装や豪華やメイク台をチラ見している。


「すみません。募集をしているあなた達に、わざわざ来ていたくことになってしまって。実は、公演のスケジュールが詰まっていたもので、こちらから出向くことができなかったのです」


「いえいえ。お気になさらず。お忙しいなら仕方のないことです。ではクラリエルさん。今から僕らが貴方に、幾つか質問をさせていただきます。立ち入ったことも聞いてしまうかと思うのですが、ご了承願いします」


 まさかこんな大きな劇場で主演を務めるくらいの人が、僕らのパーティに志願してくるんなんて。ちょっと硬い口調になっているかもしれないけれど、こっちはあくまで年下の一市民なのだ。しょうがないよね。クラリエルさんは涼しい顔で「はい」と単切に返答した。


「やっぱり大人の女性って感じ。クラリエルさんって、劇のお仕事でかなり稼いでるんじゃない? どうして冒険者ギルドに登録したの?」


 先に質問を始めたのはルルアだった。それは僕自身も気になっていることだ。


「お金は確かにそれなりには持っていますわ。でも私、お金の為ではありませんの。劇団のお仕事は教会への寄付を目的として始めたのです。私は教会に仕える身であり、皆様からは聖女などと呼ばれております。劇場のお仕事はやめて、今後は冒険者家業に専念したいと考えておりますわ」


「聖女様……ですか。それはまた、高名な」と僕は感心するばかり。


「ねえねえ。どうしてあたし達のパーティに志願したの?」


「私はいずれこの世界にはびこる災い、すなわち魔の者を討ち滅ぼし、悩める人々を救うことがさだめ。あまりにも寄り道がすぎた今、早急にパーティに参加しなくてはきっと手遅れになると、それは必死に募集用紙を見て回りました。そんな中あなた方を見つけたのです。あのハイリザードマンを倒したという強さを持ちながら、まだお若いというではありませんか。是非、ご一緒させていただきたいと」


 まるで劇の続きを聴いているような気持ちになってくる。すらすらと悠長な語り口だった。この人はきっと貴族とか、王族だったとしても名を残すんじゃないだろうか。


「それに……ナジャさんは、とても風変わりなギフトをお持ちでしたね」


「まあ、ここまで変なギフトは他にないでしょうね」


「ふふ。一番の決め手はそれですわ。他にない斬新な戦いができる方にこそ、私は惹かれるのです。是非是非、一緒に同じ道を歩んでいきましょう」


 いうや否や、クラリエルさんは僕の両手をキュッと握ってきた。


「ちょ、ちょっと!」


 ルルアがなぜか嫌そうな顔をしたせいか、クラリエルさんはすぐに手を離し、


「あら? 申し訳ございません。私ったらついつい熱くなってしまって。ところでなのですが、実は私……一つ大きな依頼を頼まれていますの。よろしければ、早速ご一緒に挑みませんか?」

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