第25話 『制裁』無効?

 ────昼休み 茂木恋の教室


 昼休み、茂木恋の教室とくれば田中太郎との会話イベントである。

 そんなことを言っているといつものように田中太郎が購買でパンを買って帰ってきた。

 今だ! 行け、茂木恋! 会話の始まりだ!


「田中、話がある」

「ほいほい。俺の大事な登場シーンなんで全力でいかせていただきやすよ」

「おい田中拗ねるなって」


 随分とメタ的な切り口で言葉を選ぶ田中太郎であったが、これには訳があるのである。

 1ヶ月か2ヶ月前まで茂木恋と田中太郎は共に彼女を作ろうと誓い合った仲であったというのに、まあそれは嘘であるのだが、とにかく2人とも彼女の『か』の字もなかったというのに茂木恋が先週3人の彼女と1人の追加彼女候補を仕入れたと来た。

 これではまるで茂木恋は何かのお話の主人公ではないかという、そういった会話を購買に行く前にしたため今日の彼は妙に脇役感のある口調になっていたのだった。


「それで恋は3人の彼女と、お金持ちの彼女カッコ仮と一緒に週末はパーティだったと! かー! 主人公様はちげーな!」

「まじで田中どうしちまったんだよ……仮に俺が主人公だとしてそしたら田中は大事な友人キャラになるだろ。いいのか、日常パートでそんな悪態ついて」

「分かってねえな恋! 俺が悪態つく事によって恋のリア充感を印象付けてんだよ! これで読者もハーレムでの妄想だったり優越感に浸りやすいだろ」

「そんなこと考える友人キャラ嫌すぎる……」


 全くである。

 田中太郎は今日は意地でも友人キャラで通そうとしているようであるが、残念ながらそれは不可能であった。

 彼は確かに友人キャラではあるが、それ以上に……この物語の鍵を握る主要キャラなのであるから。


「田中、また中学の頃の話を聞いていいか?」

「……おいおいやめてくれって……もう十分話しただろ?」


 田中太郎はわかりやすくその話題を嫌がっていた。

 彼の置かれている立場について、おおよそ白雪有紗達に説明を受けたため気が引けるという気持ちは確かに茂木恋にはあった。


 しかし、当事者である藤田奈緒と白雪有紗が内部の情報を漏らしてくれた以上、彼も本気でやらざるを得なかった。

 本気でやらねば、彼女達が潰されてしまう可能性だってあるのだから。


「あっ、そういえばこのクラスには田中の中学からの知り合いとかいないんだよな?」

「ああ、そうだな……って、お前バレないから話せとか言おうってのか!?」

「そういうことだ。黒田優美という女の子の進学先を……」

「待ってくれ」


 茂木恋が話をしようとしたところで、田中太郎は彼の言葉を遮った。

 彼女の名前を出された以上、彼もいよいよ危機感を感じていた。


「恋、頼むからこれ以上関わらないで欲しい。恋がやつに復讐したいのはわかる。俺だって滅茶苦茶にムカついてるんだよ。でも、それはやめてくれ。それはきっと恋の彼女達も望んでないだろ?」

「そ、そうなのか……? 確かに彼女達の気持ちを聞いていなかった」


 茂木恋は自分の行動を省みる。

 彼女達の人生が『黒田優美』という女の子によって狂わされてしまったことを知ったが、彼女達がその復讐を望んでいるのかは確認していなかったのである。


「少なくとも、俺は彼女に復讐なんてして欲しいくないぜ。俺たちの商店街は……確かに不健全なんだろうけど、それで生きながらえてるんだ」

「不健全ってどういうことだよ」

「……俺たちは商店街内でお金を回してるんだよ。商店街が団結して市長を立てて、市の予算を使って生きながらえる。協力しないやつを村八分にしたりしてさ、そうやって商店街の汚い部分を隠し通してるんだ」


 焼きそばパンを齧り、田中太郎は商店街の闇を語る。

 事情を知り、茂木恋は動揺していた。


「ちょっと待ってくれよ……もしもの話だぞ。俺が黒田優美に復讐したとしたら……白雪さんの家は……」

「制裁を受けるだろうな。今は『White Snow』は商店街の枠を超えてかなり人気が出てるから存続は可能だろうけど、営業妨害はされると思うぞ。たぶん、俺もそれに加担しないといけなくなる」

「田中……」


 自分の無力さを悔いるように、田中太郎はそう言った。

 同時に茂木恋は藤田奈緒の家──藤田書店のことを考えていた。

 彼女の家はバイトをしている茂木恋の方が、田中太郎より詳しい。

 あそこのお店は経営的にはかなりカツカツである。

 もし仮に茂木恋が黒田優美という女の子に復讐でもしようものなら、即刻内通者である藤田書店は閑古鳥が鳴き、家業をたたむことになるだろう。


「じゃあ俺はどうしたらいいんだよ。ここまでお前達の……商店街の話を知ってなにもできないってのかよ!」

「そんなの俺も知らねぇよ! ただ……お前の彼女達はお前を信じて話をしてくれたんだろ? 恋、お前ならこの腐った商店街をなんとかしてくれるって彼女達は信じてるんだと、俺は思う」


 田中太郎は茂木恋の胸に拳を立てる。

 その目は彼に全てを託す意思を伝えていた。


「俺もだ、恋。頼む、俺たちを助けてくれよ。俺も、白雪も、藤田蓮も……藤田奈緒って先輩も…………黒田の家に逆らえねぇ。なあ恋、どうにか黒田の家に一矢報いることはさ……できねえか……?」


 田中太郎はそういって、頭を深々と下げた。

 彼と茂木恋は中学は違う。

 高校一年からの友人である。

 出会って半年も経っていないというのに、彼は茂木恋に救済を懇願した。


 茂木恋はその事実に目頭が熱くなる。

 彼が高校入学から育んできた友人との付き合い方は決して間違いではなかった。


 彼はその事実に、半ば感動に近い感情を覚えていた。


「分かった…………どうにかして……みんなが救われる方法を考えてみせる」


 茂木恋はそうして決意の言葉を口にする。

 彼は一介の高校生である。

 出来ることなどたかが知れている。

 しかし……彼はこれまでただの高校生でいながら数々の女の子を救ってきた、

 その恋愛偏差値は、普通の高校生のそれを超えるであろう。


 作戦はまだない。

 しかし、彼はなんとかして自分の彼女達を救うための算段を立てるのであった。

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