第17話 『慰藉』願望?

 ────放課後 光琳高校前マック


 店内は普段に比べ人が少ない。

 微妙な光量のマックの隅っこの席。

 そこにはいつものように紅葉色の髪の少女がペンを握りノートに向かっていた。


 少女は紙コップに入った紅茶を飲むと、着信に気付く。

 彼の到着はそろそろらしい。


 古文の課題を終わらせて彼を待つ。

 先日、ヒステリックを起こした自分を心配して彼が自宅まで駆けつけてくれた時には、彼への恋愛感情を再確認した。

 その日以来、彼とは会っていない。

 前回以上に彼のことを好きになっているに違いない。

 そんな期待が、彼女の胸をさらに高鳴らせた。

 彼女は小中高と真面目で恋愛など些末なものだと捉えているようなお堅い人間であると思われていたと自覚している。

 しかし、彼女は年相応に運命や恋や、そういった甘くて酸っぱい言葉の響きにときめく少女であった。


 少女は恋をしている。

 そして、今日また恋をする。

 好きな人に、再び恋をする。

 恋という名の少年に、恋をする。


 店内の扉が開いた。


 自然と視線は音のなるほうへ。


 そして彼女は、目を丸くする。

 脳内で様々な憶測が飛び交い、ショートしそうだった。


 彼女が恋をした少年は、どういうわけか髪型を黒髪おぼっちゃまヘアーに変えて彼女の前に現れた。


 *


 席に着くなり深刻そうに俯く茂木恋に対し、彼女は第一声どのように話しかければいいのか答えが見つからなかった。

 学校の授業で問題を当てられた時、予習をしている水上かえでは大抵正解を答えることができる。

 しかし、これは難しい。

 彼との会話の進め方はある程度予習していると言って差し支えない。

 だが、彼のこの状況は予測不可能なものであった。


 水上かえでが何を言おうかと戸惑っているうちに、茂木恋がポツリと口を開く。


「水上さん……俺もう学校行きたくないよ……」

「も、茂木くん!? ええっと……何かあったの?」

「…………俺、実は生活指導の先生から目つけられててさ。髪の色、元に戻さないと退学だって……」


 事情を知り、さらに言葉が出なくなる水上かえで。


「それで昨日黒染めして、髪型もおぼっちゃまに……」

「そんな……髪型だけはどうにかならなかったの?」

「…………それも生活指導の先生の指示で……」


 職員室で生活指導の先生がくしゃみをした。

 全ての罪を生活指導の先生に押し付けた茂木恋から一筋の涙が零れ落ちる。


「今日学校行ったらさ……クラスのみんなに笑われたんだ……明日からいじめとかになったらどうしよう」

「だ、大丈夫だよ! 茂木くんは面白いし、優しいし、カッコいいし……すぐにクラスに馴染めると思うよ!」


 これ以下はないというほどにテンションの落ち込んだ彼を見て、水上かえではパニックに陥っていた。

 これまで茂木恋が落ち込んだ姿というものを見たことがない。

 水上かえでの中の茂木恋とは、面白くも優しく、少しキザでイケメンの同級生だった。

 彼女の記憶の中の彼は常に輝いており弱った姿など想像すらしてこなかったため、完全に予習不足であった。


「だけどさ…………辛い。本当に学校に行くのが辛いよ。ごめんね、こんな暗い話しちゃって……あはは……俺、これからどうしたらいいんだろう……」


 追い討ちをかけるかのように、彼の口から弱音が溢れる。

 しかし、今の言葉で水上かえではピンときてしまった。

 精神が辛くなったとき何をすればいいのか、彼女はよく知っていた。


 筆箱から細身の黄色いカッターナイフを取り出し、彼へと差し出した。


「茂木くん……辛いなら使ってみる? 私は辛いときこれするとすごく楽になるよ」

「これは……」

「あんまり良くないことだって分かってる。だけど……これ以上苦しんでる茂木くんを見てられないよ……私も一緒にするから……元気になって茂木くん……」

「本当に、リストカットすると気分が晴れる?」

「えっ……うん」


 茂木恋は彼女を見透かすようにジッと目を合わせる。

 髪型も相まって、不気味な印象を受けるその行動に、思わず水上かえでは視線を逸らした。


「分かった。やってみるよ。だけど、やるのは俺だけだ。水上さんは俺がリストカットするのを見てて…………場所を変えよう」


 茂木恋はそういうと席を立つ。

 水上かえでは急いで紅茶を飲み干すと、彼を追った。


 マックを出て、すぐに彼は振り返る。


「ここでするよ。水上さんカッター貸して」


 水上かえでは言われた通り、カッターを渡す。

 カッターを握ると、彼の手は震えていた。


 彼のその姿を見て、水上かえでは心配していた。

 苦しみから解放されるためとはいえ、その行為は確かに痛いものだ。

 痛みをわかっているからこそ、彼女は茂木恋を応援しながらも心配していた。


「……行くよ」


 深呼吸の後、茂木恋は意を決してカッターで左手首を切る。


 茂木恋は激痛で顔を歪めた。

 切り口が燃えるように熱かった。

 最初、細く赤い線が腕に浮かび、プツプツと血液が滲み出てくる。

 そして、堰を切ったように、ダムが決壊するかのように…………一気に手首から鮮血が流れ出した。

 ポタポタと、腕から血液が流れ落ちる。

 コンクリートに付かないように、植木の上に腕を持っていく茂木恋。


 彼の姿を見て、水上かえでは恐る恐る告げた。


「どう……? スッキリした?」

「……全然スッキリなんてしない……ただ、痛いだけだ」


 その言葉を最後に、茂木恋は足元が覚束なくなる。

 身体が揺れ、立っていられなくなった茂木恋は膝立ちに。

 思った以上に、彼の傷は深かった。

 未だ止めどなく溢れる血液。


 出血過多による貧血で、ついに茂木恋は意識を失い、その場で倒れ込んだ。


「茂木くん……? えっ……茂木くん! 茂木くん! 茂木くん……!」


 彼の名をいくら叫べども、彼の意識は戻らない。


 マックの店前で流血し倒れる少年と、泣き叫ぶ少女。

 完全に事件である。

 水上かえではすぐさま救急車を呼び、彼女は最低限の手当てをするのだった。



 *



 ────総合病院 病室


 目が覚めると、茂木恋は白い病室にいた。

 部屋には明かりがついており、外は既に日が落ちている。

 見慣れない天井に戸惑いを覚えつつも、自分が生きていることに茂木恋は安堵する。


 彼自身、リストカットで人は死なないだろと高を括っていたが、実際やってみるとあまりに痛いわ熱いわ血はドバドバ流れるわで、やった直後は死を覚悟したものであった。

 リスカ初心者の茂木恋は力の加減ができなかったのである。

 彼が死ななかったのは、彼の悪運の強さというか、水上かえでの迅速で適切な処置のお陰というか。


 茂木恋の命を救った少女は、あるいはこれから彼に救われる少女は、彼が目覚めたことを知らずに未だに手を握って祈り続けていた。

 彼が手を握り返すと、水上かえでは顔を上げた。


「茂木くん! 意識が戻ったんだね……本当に良かった……」

「ああ、なんとか死ななくて良かったよ。思ったより血が出るんだね」


 笑い話のように語る茂木恋。

 実際のところ、彼が危ない状態だったことを水上かえでは知っていたため笑うに笑えなかった。

 茂木恋は彼女の瞳をまっすぐ見つめる。真剣な話だ。


「水上さん。もう辛いことがあっても、リストカットなんて真似は絶対にやめてほしい。今回の俺の姿を見て、それはわかったよね?」

「う、うん……危ないのは理解したよ……というより、理解してた。理解した上で……私はリストカットしてる。傷が深くならないように注意はするよ。だから、どうしても辛いときは……これからもリスカすると思う」

「いや、もう水上さんはリストカットしないよ」

「えっ……どうして?」

「リストカットされた側の心理を知ったから」


 茂木恋は即答する。

 しかし、水上かえでは首を傾げた。

 彼の返答の意味がわからなかったのだ。


「……意味がわからない。茂木くんはリストカットの本質を理解していないよ。リストカットは実際に歪んだ精神を安らげる効果があるんだよ。自分の身を傷つけた際に脳内でエンドルフィンという脳内物質が分泌されてね、それが精神の麻薬になってくれているの。だから、私みたいに死なないようにリストカットをコントロールできるのであれば、これは歴とした治療行為に他ならないと私は思う」

「へぇ、そんな効果があったんだ」

「それに、茂木くんは私がリストカットされた側の心理を知ったというけど、それもおかしな話だよね。リストカットという行為は自分自身に暴力を向ける行為だよ。この行為に、相手は関係ない。相手の気持ちを知ったからと言って、何も変わらないよ」


 自分の行為の正当性を示す水上かえで。

 茂木恋はそのような効果があることを知らなかったため単純に関心していた。

 しかし、彼女のリスカがその効果を見込んでのものでないことを彼は知っていた。


「水上さんは、俺がリストカットしてどんな気分になった?」

「だからそれを知ったところで意味が……」

「いいから教えてよ。俺は知りたい。俺の予想が正しければ、水上さんは既に答えにたどり着いてるから」

「……心配したよ。本当に死んじゃうんじゃないかって」

「なら大丈夫だよ。水上さんはもう大丈夫」


 茂木恋は右手で水上かえでの頭を撫でた。

 好きな人から撫でられるのは嫌な気分ではないので、彼女はそれを受け入れていたがなぜ自分が撫でられているのか理解に苦しんでいた。


「水上さんはすごく良い子だ。俺は中学の頃水上さんと関わりはなかったけど『学年トップクラスの学力』『品行方正で模範の生徒』『家はあの水上クリニック』、こんな感じの印象だったかな」

「えへへ……それは照れちゃうね。でもそれがどうしたの?」

「水上さんの人生が順調だったってことだよ。…………でもそれはだよね」

「えっ……?」


 水上かえでの動きが止まる。

 図星であった。

 完璧な人生を歩んでいると思われていた水上かえでは、その実完璧ではなかった。



「たとえ勉強ができていても、自分のテストの点数に不満があるときだってある。たとえ素行が良くても、口にしてしまった何気ない一言で心がかき乱されたりする。『満足』というのは、自分の尺度に合わせて生まれる価値観だよ」

「…………うん。それは茂木くんに同意するよ。私は確かに……良い子だった。みんなの模範になるような生徒だったと思う。だけど、私なりに悩んだり、悲しんだりしていたよ。先生やお母さんたちにとってみれば、些末なものだったかもしれないけどね」


 水上かえでは苦笑いしながらそう言った。

 その顔は茂木恋にとって少し悲しそうに映った。


「だったら理解できるはずだよ。水上さんが良い子でいたのは、これまで沢山我慢してきたからだ。言いたかったけど言えなかった言葉、言ってもらいたかったのに言ってもらえなかった言葉……そんな何かが水上さんには沢山あるだろう?」

「言えなかった言葉……言ってもらえなかった言葉……」


 水上かえでは考える。

 彼女は恵まれていた。

 勉学の才能に、努力の才能に、自制の才能に。

 しかし、それらの才能があったからこそ、彼女は小さい頃からある言葉がもらえずにいた。


 それを自覚した途端、水上かえでの瞳からは涙が止めどなく溢れ出す。

 過去には戻れないが、今すぐにでも戻りたい。


「あるよ……かけてもらいたかった言葉…………何度も、何度だって……私はその言葉が欲しかった……でも私は……」

「貰えなかった、だよね? 水上さんの欲しかった言葉……それは『心配』や『慰め』だ」


 水上かえではゆっくりと首を縦に振る。

 後悔しても彼女の心には既に大きな穴がポッカリと開いてしまいふさぎようがなかった。


「水上さんのお母さんと少し話したけど、すごく違和感を感じたんだ。だって水上さんのお母さん、娘が受験で失敗したっていうのに、全く心配していなかった。こんなの絶対おかしいよ」

「……うん」

「それと、もし水上さんがパティシエになりたいって言い出したらどうするかも聞いてみたんだ。そしたら彼女は『かえでは何やらせても上手だからパティシエになれる。可愛くてかえでにぴったり』って言ってた。これもおかしいだろ。医者を目指していた娘がパティシエ目指すんだよ? 何かしらの挫折があったって普通なら思う。すぐに相談に乗らないといけない案件だって気づかないといけない」

「……うん」


 茂木恋の手をギュッと握りながら、水上かえでは涙まじりに何度もうなずいた。



「リストカットすれば、誰だって『辛かったね』って心配する。『痛かったね』って慰めだってする。水上さんがリストカットに走ってしまったのは、その言葉が欲しかったからだ」

「…………そうかもしれない。確かに私……最初は科学的根拠があるってリストカットして……だけど本当は、心配そうなお母さんの目を見て嬉しくなってたかも……」


 俯いて反省する水上かえで。

 自分の行動の本質は、他人に見てもらいたいという欲求からくるものだった。


「だから、これからはリストカットなんてする必要ないんだよ。さっき俺は『言えなかった言葉がある』って言ったよね。水上さんに足りてなかったのはそれだよ。これからは、して欲しいことがあれば言った方がいい。『心配して欲しい』『慰めて欲しい』普通はこんな台詞自分からいうべきじゃないのは分かってる。周りが、気付いてあげるべきだ。だけど、水上さんは周りの人をわからせる必要がある。良い子の水上さんは『心配』や『慰め』をしてもらうのに程遠い人間だって思い込んでるから」

「……でも、私……やっぱり恥ずかしいよ。私を慰めて、だなんて……」


 水上かえでは顔を赤くしてそう言った。

 確かにそんな無様な話はないであろう。

 これまでの人生において彼女は多くの些細な──しかし彼女からしてみれば重大な悩みを抱えてきたが、それら全ては彼女の胸の内にしまい込んでいた。

 今更に──高校生になって初めて、そんなお願いをするなど恥ずかしくて仕方がない。


 茂木恋は優しい笑顔で言葉を返した。


「だったら、俺を頼ればいいよ。これからは俺が心配するし、慰める。辛くなったからと言って、もうリストカットなんてしないでよね」

「……いいの? 茂木くんには……私甘えちゃっても……」

「いいよ。俺を使って、段々と気持ちを表に出すことに慣らしていけばいい。少しずつ自分の気持ちと向き合ってさ、最後はお母さんたちにもちゃんと心配してもらえるようになれたらいいね」


 彼女の目元に溜まった涙の雫を、茂木恋は拭ってやる。

 感極まった水上かえでは彼の胸に飛び込み、顔を埋めて濡らした。

 震える声で、水上かえでが──彼女の本心が溢れ出す。


「……私ね……本当に頑張ったんだよ。学校でも、家でも……ずっと勉強頑張ったの」

「ああ、よく頑張ったね」

「だけどダメだったの…………どこでミスしたのかもわからないの。自己採点でも……合格点だった。だけどダメだったの……どうしてなのか私本当にわからなくて……」

「……それは辛いね」

「うん……これまでやってきたことが全部無駄だったように感じちゃって……私……悲しかったの! 本当に悔しくて悔しくて……辛かったのぉ!!」

「水上さんはよく頑張ってたよ。無駄なんかじゃないさ。今は好きなだけ、俺の胸を使ってくれ」


 病室に彼女の泣き声が響く。

 幸い、病室には茂木恋の水上かえでしかいない。

 泣き疲れた彼女は気がつけば寝てしまっていた。


 水上かえでの幸せそうな寝顔を見て、彼は安堵する。


 かくして自傷系の病みヒロイン──水上かえでは救われた。

 己の弱さ……否、強さに打ち勝ち、弱さを見せて生きる術を得たのである。


 茂木恋は左手首に巻かれた包帯を抑えると、ゆっくりと眠りに落ちた。



 *


 ────放課後 光琳高校前マック


 茂木恋は意識を失い病院に搬送されたが、その日の内に解放された。

 そもそも貧血で倒れただけなので入院させるまでのことではなかったのである。

 すやすやと眠る息子の頭をぶっ叩くと、茂木恋の母と妹は半ば誘拐犯の如き手際の良さで彼を家へと連れ戻した。

 結構深く入ったリストカットでも死ななかった茂木恋にとって、母の張り手はダメージにならない。

 次の日にはいつも通り学校に行くことができた茂木恋に対して、彼の妹である茂木鈴は兄の身体の強さにドン引きしていた。


 そして、放課後。

 今日は水上かえでとマックでの勉強会の日であった。


 マックの店内に入ると、いつもの特等席で水上かえでは待っていた。

 席につくなり、水上かえでは彼の手を握り、涙目で訴えた。


「茂木くん! 待ってたよ」

「ごめんね。ちょっと遅れちゃった」

「ううん、いいんだよ。それより聞いてよ、茂木くん。私英語の小テスト、80点だったの! 今回自信あったのに〜悔しいよぉ〜」

「80点か。水上さんにしては確かに点数いかなかったかもな。悔しいね」

「そうなの! 私これまで小テストは90点以上キープしてたから尚更……」

「うわぁ、それはまじで悲しいやつだよ。なんとか次回は取り返したいね」

「うん。そうする。次は頑張るよ。ありがとう茂木くん」


 水上かえでは辛いことがあってもリストカットをしなくなった。

 しかし、代償として茂木恋によく懐いてしまったようである。

 現状、水上かえでが弱さを見せられるのは、茂木恋しかいない。


 これから漸次、頼れる人間が増えていくであろうが、水上かえでにとっての茂木恋はこれまで以上に特別な存在となるのは確定事項であった。


 少し甘えん坊になった水上かえでを拒絶することなど、彼はできなかった。


「そう言えば、茂木くん。私には『慰め』が足りないって言ってたよね。辞書で調べてみたら、面白い言葉が見つかったの」

「ん? どんな言葉?」

「『慰藉いしゃ』だよ。名詞で、意味は慰め労わること」


 解いていた数学の問題集に『慰藉』の漢字を書いてみせる。

 彼女に読みを教えてもらえなければ『いせき』とでも呼んでいただろう。

 そして、その読みを知って彼は感嘆の声を上げた。


「へぇ、すごい偶然だね。水上さんの将来の夢と読み方が一緒だ!」

「でしょう? 私はお『医者』さんになりたい。そして、人から『慰藉』してもらいたい。私はどうやら『いしゃ』というものに縁があるみたいだよ」


 駄洒落な言葉遊びで、彼らは笑い合う。


 かく言う茂木恋も『いしゃ』という言葉にご縁があった。

 これから浮気がバレて『慰謝』料を払うことになるからである。

 たぶん、おそらく、ほぼほぼ、間違いなく、払うことになるであろう。

 三股男には司法の鉄槌を。


 コーヒーを一口飲むと、茂木恋は言わなければならないことを思い出す。

 真剣な眼差しを向けられ、水上かえでは姿勢を正した。


「水上さん。大事な話があるんだった」

「大事な話? もしかしてそれって告白の……」

「それの返事に関わることだね。今週末の日曜日って空いてる?」

「う、うん。空いてるけど……」

「そしたら、俺の学校──聖心高校まで来てくれないかな。そこで返事をしようと思ってる」

「え、でもここでしてもいいんじゃ……」

「確かに……」


 予想外の反論を受け、一瞬固まる茂木恋。

 思えばこの提案はあまりに不自然である。

 小賢しい真似は、聡明叡智の水上かえでの前では無力であった。

 しかし、いかに才智に恵まれようと、ノリと勢いで逆境を乗り越えてきた茂木恋とは経験の差が違うのだ。

 精一杯身振り手振りを絡めて彼は説明する。


「こ、こういうのは雰囲気とかも大事だと思わない? 俺は思うなぁ〜雰囲気! 例えば満点の星空の下での告白と、マックでナゲットを食べながらでの告白だったらどっちが素敵かなんていうまでもないよね」

「えっ……? でも学校はそんなロマンティックな場所じゃ……」

「マックよりは絶対よくない? マックは『恋が実る』ような場所じゃないよ。マックは『肥えて実る』場所だよ」

「そ、そうだね」


 これは別にマックの商品を食すと太ると言っているわけではない。

 茂木恋にも悪気はないのだ。

 言葉遊びというものをしたい年頃の彼をどうか許してやってほしい。


 勢いで畳み掛ける茂木恋に、水上かえではとりあえず頷いた。


 水上かえでが了承したことで、彼の運命が日曜に決まることが確定する。


 今週日曜が彼の運命の日である。

 その日……3人の彼女たちは初めて顔合わせることになるのだ。


 そのことを実感し、茂木恋はゴクリと唾を飲み込み、拳を握るのだった。

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