第4話 『トイレ』拘束?

 ────ショッピングモール フードコート


 午前中のウィンドウショッピンングを終え、茂木恋達はフードコートへとやってきた。

 時間帯もあり、フードコートは人で混み合っている。


 ショッピング中、白雪有紗という突如乱入クエストが発生したが、『白雪有紗を追走する』という作戦によって、無事に鉢合わせを回避した茂木恋。

 しかし、気を抜いてはならない。

 さらなる障害が、ここフードコートでも彼を待っているのだ。


 空いている席などほとんどないが、それでもフードコート内を探し回り、やっとの思いで2人席を見つけた。


「ふう……すごい人混みだね。2人じゃなかったら席も取れなかったかも」

「確かに、家族できてたらこんなすぐに座れなかったね」

「茂木くん、兄弟いるの?」

「うん、いるよ。下に妹が1人。3つ差だから、俺たちと同時期に中学校に通ってたりはしなかったね」

「いいなぁ……私、一人っ子だから兄妹とか憧れちゃう」

「もし兄弟がいるとしたら、誰が欲しい? 兄弟姉妹でさ」

「……お兄ちゃんが欲しかったかな」


 茂木恋の何気ない質問で、途端に彼女の表情がかげる。

 何かまた地雷を踏んでしまったのではないかとあたふたする茂木恋は話を切り替えた。


「そっか、お兄ちゃんね! そういえばさ、昼食買いに行こうよ!」

「えっ、うん。そうだね」

「水上さんは何が食べたい?」

「どうしよう。まだ何があるかも分からないし、決めようがないというのが正直な意見かな。一緒に見て回る? 席も取ったし」

「いや、ちょっと待って。2人で出歩いたらここに置いた荷物が盗難とかに遭っちゃいそうだし、1人ずつ行くのがいいと思う」

「確かにそうかも。それじゃあ、茂木くん先に行っていいよ」

「分かった。ちょっと待っててね!」


 そうして、茂木恋は逃げるようにして席を立った。

 食べるメニューはまだ決めていないが、一先ず彼女から離れた方がいいと彼は直感的にそう感じ取ったのだった。


 しかし残念それが彼の運の尽き。

 災難から逃げれば、また別の災難が襲い掛かるというのが世の常である。


「それにしても混んでるなぁ……フードコートだからビーコン受け取り式なんだな…………ってあれは……!」


 フードコードの仕組みについて理解していたところで、茂木恋の歩みは一旦止まる。

 そして思考も止まる。

 茂木恋はまたしても見つけてしまったのだ。

 ゴシックな服を纏う白髪少女。

 赤い目の彼女は正しく──白雪有紗その人であった。


 茂木恋の頭の中では、どうしてこんな広いショッピングモール内でこうもバッタリと出会ってしまうんだとか、運が悪いだとかそういう思考が巡りに巡っているが、お昼の時間なのだから偶然でもなんでもないただの必然である。


 最悪なことに、これまで避けてきた白雪有紗は、ついに茂木恋を見つけてしまった。

 まるで獲物を捕らえるかのように猛スピードで距離を縮めてくる白雪有紗。

 なすすべなく白き獣に腕を掴まれてしまった。


「ああ……恋様。会いたかったです。ここ数日、朝も昼も晩もずっと……恋い焦がれていました。今朝も恋様を想い……1人で」

「うわああああ!! そういう生々しい話は食事時にやめてくれ!」


 腕が軋むほどの圧で握られた茂木恋は、どうにも動くことができない。

 側から見れば女の子に腕を掴まれる高校生カップルであろうが、その実態は巨大ペンチで腕をしばかれる奴隷に近いのだ。


「申し訳ありませんでした。以後、気をつけます……それはそうと恋様。先日の約束をお忘れではありませんよね」

「約束というか白雪さんが勝手に言ってたこと……」

「ダメ……でしょうか? 恋様は、私に触れられると迷惑でしょうか?」

「いや、迷惑というわけじゃあ……」


 途端に、白雪有紗の目が潤む。

 今にも泣き出しそうな表情で訴えられ、茂木恋はどうにも調子が狂ってしまった。

 彼自身全く分かっていないが、白雪有紗は彼に酷く依存している。

 茂木恋が彼女を突き放してしまえば、きっと彼女は壊れてしまう。

 そういう直感的なものは茂木恋も感じていた。


「……分かったよ。ただし、少しだけね。それと誰にもみられない場所で」

「ありがとうございます……ありがとうございます。それでは参りましょう」

「どこに?」

「女子トイレでございます」


「へっ」と変な声が出た後、茂木恋の体は猛烈な力に引っ張られる。

 駄々をこねる犬の散歩のように、茂木恋は必死に抵抗するが、リードを繋ぐ白雪有紗の腕力はおおよそ駄犬が抵抗するには強大すぎたため、結局のところほぼ無抵抗で女子トイレへと連行されていくことになる。


 このままでは来週の校内新聞の見出しは『男子清掃委員、ショッピングモールのトイレも清掃か?』になってしまうであろう。

 それは免れないとして、茂木恋はさらにもう一つの破滅を逃れるために脳をフル回転させていた。

 死兆を感じ取った彼の脳細胞は、一瞬にしてこの窮地を乗り切る方法を導き出した!


 もとより暗記教科を苦手としていない茂木恋は、連行の最中ショッピングモール内の店を全て暗記した。



 *



 ────フードコート内 女子トイレ


 男子禁制の聖域に、茂木恋は拘束されていた。

 トイレの個室に男女2人。明らかに事案である。

 白雪有紗は、茂木恋の胸に顔を埋め背中に腕を回してギュッと抱きしめていた。

 たわわな双丘が歪み、むにゅっとした柔らかい感触が茂木恋の鳩尾付近に広がっていた。


「恋様の匂い……私、大好きです。この匂いで、ご飯を食べたいくらいであります」

「そんなに好きなの? でも、ご飯はおかずと一緒に食べてね」

「“おかず”にしたい、と言っているのです」

「こらこら、女の子がそんなこと言うんじゃないよ」


 茂木恋はそう言いながら、彼女の細く透き通るようなホワイトヘアーを左手で撫でる。

 彼女は満足そうに頬を綻ばせると、埋めた顔を何度も擦り付けた。


 そして茂木恋は右手で…………スマホを操作していた!


『水上さん? 結構混んでるみたいだから俺がいっぺんに注文しておこうと思うんだけど、何か食べたいものない?』


 そう。茂木恋の導き出した作戦……それは白雪有紗に拘束されている時間を使い、水上かえでの注文を聞くというものであった。

 白雪有紗を満足させながら水上かえでに一切の疑念を抱かせないその作戦は正しくあっぱれ。


 現に白雪有紗は恍惚とした笑みを浮かべていた。

 しかしながら茂木恋のこの作戦はあまりにクズであった。


「はぁ……好きです……愛しています……好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き」

「ありがとう、白雪さん。そう言ってもらえると嬉しいよ」

『そうだなー、どんな店があった?』

『◯屋、銀◯こ、ペッ◯ーランチ、S◯BWAY、マック、なか◯、丸亀、結構色々あるよ』

「恋様。私の愛を受け取ってくださるのですか……?」

「うーん、それは迷ってる。『好き』って言ってくれるのは嬉しいけど、白雪さんちょっと強引すぎるからさ」

『どうしようかなー。ちょっと考えさせて。因みに茂木くんは?』

『俺はマック以外ならどこでもいいかな。すっごい混んでててさ、会計が面倒だから水上さんに合わせようかなって思ってる』

「そう……でしたか。申し訳ありません、恋様。私、重い女なのでしょうか」

「ううん、そんなことないよ。白雪さんは一途なだけだよ。一途なのは、白雪さんのいいところだと思う」

「あぁ、恋様……こんな私を見限らないでくださるなんて……なんてお優しいのでしょう。愛しています……好き……大好き……」

『じゃあS◯BWAYにしようよ! 私、えびアボカドがいい! えっと、オススメはタンドリーチキンね』

「タンドリーチキンね」

「……ん? タンドリーチキンがどうしたのですか?」

「あっ! いや、なんでもないよ! 朝タンドリーチキンを食べてね。その匂いがしたりしないかなぁって」


 墓穴を掘った茂木恋の心臓が大きくドクンと跳ね上がる。

 本来『墓穴を掘る』ではなく『詰めが甘い』と表現するのが正しそうな流れであったが、本局面においては間違いなく『墓穴を掘る』であった。

 白雪有紗が抱いていた疑念を彼の何気ない一言が掘り起こす。


「恋様、匂いといえば気になっていたのですが…………この香りはなんなのでしょうか? 恋様は今日……女の人とショッピングモールに来ていたのですか?」

「えっ、どうしてそれを……」

「簡単なことです。私が恋様の匂いを覚えているからであります…………恋様の芳しい体臭に紛れて、何やら不純物がまとわりついていることは……すぐにわかりました」


 白雪有紗の腕の力が強まる。

 腕力的にはその気になれば背骨を砕くことも可能であろう。

 茂木恋は暴力を振るわれても文句が言えぬほど、彼女の気持ちを弄んでいるという自覚があったため、覚悟を決めてギュッと目を瞑った。

 彼自身、暴力に対しては慣れている部分があった。

 しかし、不意に彼女の腕の力はフッと弱まった。


「私……それでも構いません。恋様の1番になれずとも……ただ、お側に置いて欲しいのです。たまにでもいいのです。私を撫で、抱きしめ……愛を囁いてほしいのです。私を……綺麗だと言って欲しいのです……」

「白雪さん……」


 白雪有紗の腕が震えていることに、茂木恋は気づく。

 必死に強がってはいるが、彼女は心の底から恐怖していた。

 こんな顔を見せられては、彼女を裏切ることはできなかった。


「白雪さん。俺は今日妹とショッピングモールに来てたんだ。だから、そんなに悲しそうな顔をしないでくれ」

「……そうでしたか」

「そろそろ、終わりにしよう。あんまり遅いと、妹に不審がられちゃうからさ」


 そうして茂木恋は白雪有紗を一度強く抱きしめ返した。

 彼女が茂木恋の嘘を見抜いたかの真偽はさておき、彼女の心はただ、茂木恋からの抱擁で救われたのだった。



 *



 ────夕方 光琳高校前駅


 日が落ちかけ、若干光量の落ちた時間帯。

 夕陽に照らされる駅は、今朝のそれとは違い哀愁漂うものであった。


「今日はありがとう、茂木くん。次会うときは、買ってもらった服着てくるね!」

「うん。その時はまた可愛い水上さんがみれるのを期待しているよ」

「へー、普段の私は可愛くないっていいたいのー?」

「さあ、どうだろうね」


 水上かえでは彼に買ってもらった白黒のフリルワンピを胸に抱いて笑う。

 結局、プレゼントは件の地雷系ファッションロードで買うことになったのだが、水上かえでがこの服を選んだ理由は『今日すっごく可愛い服を着ている子を見つけたから』である。

 それは完全に白雪有紗のことであった。

 実情を知る茂木恋は、なあなあにそれを返したが内心、フードコートで彼女と会っていたことがバレたのではないかと心臓の鼓動を早くしていた。


 帰る方向が逆であったため、駅で解散しようとしたその時、茂木恋はあることを思い出した。

 ゴソゴソとバックを漁り、小さな紙袋を水上かえでに渡した。


「そうだ、水上さん。これもプレゼント」

「これは…………ブレスレット?」

「うん。水上さん、腕に傷があるよね。これがあれば隠せるかなって」

「……やっぱり気持ち悪いかな? こんな腕に傷がある女の子なんて」

「ううん。最初は驚いたけど、気持ち悪いだなんて一度も思ったことないよ。でもあんまり人に見せるのよくないってのは分かるでしょ?」

「う……うん」

「編み込みで幅のあるやつだから、通気性もいいし夏も使えるよ」

「あ、ありがと……」


 顔を赤くした水上かえではボソッと感謝を告げると、夕日の中へと消えていった。


 1人残された茂木恋は花壇に腰掛け、ホッと胸を撫で下ろす。


「ふう…………なんとか今日1日を乗り切ったぞ……良くやった俺……!」


 そうして茂木恋は財布をのぞく。

 お札のポケットは既に空になっていた。

 母からの5000円がなければ今頃借金高校生になっていたところであろう。


「最後ブレスレットまで買っちゃったからな。おかげで財布はすっからかんだ」


 肩を落とす茂木恋。

 しかし、彼は今日の出費に不満はなく、寧ろ満足していた。

 自分を好きでいてくれる女の子の笑顔が見れるならば、それは何物にも変えがたいものなのであった。


 ピロロン♪

 突如、スマホに通知が入る。


『弟くん助けて〜! ティアマットマグナが倒せないの〜というわけでフレンドになろ♪ 後、お姉ちゃんには何かプレゼント無いのかな♪』


 茂木恋は文面を読みながら、思わず乾いた笑い声が出た。

 1日2日でマグナ戦まで進めていること、ちゃんと定石通りティアマットから討伐にかかっていること、そして……本日の予定が藤田奈緒に筒抜けだったこと。

 恐怖を超えて、それがどうにもおかしかった。


 お姉ちゃんのメールを見なかったことにして、茂木恋は家へと帰るのであった。

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