第20話 浪人生

 まりこ。


 高貴な気品漂う百合のようなまりこ。

 その笑顔は可憐な霞草のように煌めいて、向日葵のように明るく溌剌と天神乱漫さを振りまいている。


 ああ、彼女を自分のものにしたい。


 もし、俺が頼もしくも男らしいいわゆるイケメンだったら。高学歴で、まりこのように家柄もよく、将来の安泰を約束できると誓えるような男だったら──。


 今頃まりこはあの部屋で、俺の思いなど知る由もなくすやすやと芳しい寝息を立てて、無垢な顔で夢の世界へと身を置いているのだろうか。



 ──まりこは名も知らない花畑に居た。



 心地よい風が頬を撫ぜる。

 しかし、頬には一筋の涙が。


 一面純白の見知らぬ花達に埋もれて、1人、迷子になってへたりこむように。


 凪ぐ風が頬の涙と花弁を空に散らせる。


 まりこは、見据えども一面真っ白な世界にひどく困惑していた。


 ここは、こんなにも居心地が良いはずのに、なぜこんなに寂しいのだろう。


 また、目頭から湧く感情が、ようやく形容されようとしはじめたときだった。


 まりこの目尻を、本人に変わって拭う、後方から差し伸ばされた暖かい手の感触にまりこははっとした。


「大丈夫、君は一人じゃないよ」

「あなたは誰? 」


 その声はそよぐ風にもかき消されそうなほどに弱々しかった。


「君をいつも見ていた。君を誰よりも理解しているのは、この僕だよ」


 戸惑うまりこを後ろから抱きしめる。


 まりこは抵抗しない。抱き寄せた肩と腕は、風のせいでか、ひんやりとしている。


 寒かったろう? 僕が暖めてあげるからね、もう、心配しないでいいんだよ。


 まりこは納得したのか、抱きしめる腕に手を添えて、そっと肩を寄せた。


 ここでは、そうすることが正解だと理解しているかのように、とても従順だった──。』


 キーボードを叩く手が思わず止まる。



 この後、どうする?

 そのまま顔に手を伸ばして口づけして、従順なまりこを、丁寧に、じっくりと不安を削ぐようにして、愛を注いでやろうか……。


 想像を文に書き起こそうとすればするほど、妄想は現実の僕を取り残してどんどん先へ進んでいく。ああ、まりこ、愛しいまりこ。このはち切れんばかりの思い、どうすれば良いと言うのか──……!


 鼓動の早まりに急かされるように僕はノートパソコンをたたみ、くたびれた短パンと下着をずらすと、ティッシュの箱へと手を伸ばした。

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