ロイディ・フラグ

生坊

第1話 力の在りか

第1話 力の在りか 01

 どれほど優れた能力を持った機構であろうと、ただそこに在るだけではその機構はなきに等しい。


 しかるべく動作し、作用し、効力をもって世に働きかけてこそ、機構はその役を果たしたと言えるのである。


――イドゥン・ハットゥーサ「機構学序説」




 *



 油の匂いが染み付いた床、壁、天井。

 廃材を組み合わせてどうにか小屋として機能している空間。


 外側から見れば、それはありふれたつくりの建物にすぎない。

 リノ川の堤防沿いは同じようなバラック小屋で埋め尽くされている。


 リノ川は上流こそ水源としても利用され、生活の糧ともなっている川だが、 ここ、機工都市リンメルの南部を通る下流域では、工場や家屋からの排水で汚染され、ひどい悪臭を撒き散らしており、その臭いはこの建物の中にも入り込んでいる。

 戸や窓を締め切っていても、――もちろん粗末なもので、密閉などできるはずもないのだが――部屋じゅうにその臭いは充満している。


 だがおもむろにその戸が開けられ、ずかずかという擬音がふさわしい様子で踏み込んできた一人の人物。

 外も変わらぬ悪臭の空気でありながら、その人の動きが生み出す空気の循環が、いくぶんか室内の悪臭を解消するかのように思え―――。



「げぼぉっ、げっぼ!! あぁ、いつきてもここの臭いは最悪だよなぁ!! うぇっ、げほげほぉ!!!」


 少々大げさなくらいに咳き込みながら、両腕を振り回して部屋の空気を散らす。

 

「待ってな、探すから」


 部屋の中から外に向かって声をかける。

狭い小屋の中は一見してガラクタにしか見えないものが山積みになっており、彼は勝手を知った風に掻き分けていく。


 少しして、猫の姿を模した自動人形を手に、彼は小屋から出て来て、外に待たせていた少年にそれを手渡した。


「ありがとう、ロイディ!」

 少年は目を輝かせて受け取ったばかりの自動人形をあちこちの角度から見回す。


「動力線はここ、操作盤はここから接続、記憶素子の容量は十分とは言えないけど、スキルの工夫で結構幅広く操れる」


 ロイディは自分より5歳ばかり下であろう少年――自分もまだ少年と呼ばれる年ではあるが――にも、特別子供扱いをせずに使用方法を説明していく。

 

「オモチャには違いないけど、バカにはできないぜ。遊んで終わりにするんじゃなくて、色々勉強…………いや」


 言いかけて、訂正。


「もっともっと遊びこんでくれよな。改造したり、自分でつくれるようになるくらいに」


 と、少年の目を見て、自動人形を持った手をその上から包むように握る。


「つくるの………できるかなあ……」

 できるとは思えない、という口振り。


「つくれる。……つくろうとするのをやめなきゃ」

「遊ぶだけじゃダメなの?」

「作って遊んだ方が、もっと楽しい」

「………そっかぁ」


 実感がこもっているとは言えない返事。でも、当然だ、それでいい、とロイディは思うし、それでも自分の作ったものに興味を持ってくれた相手には必ず今言ったことを言うようにしている。


 駆け足で去っていく少年の背中が堤防の下に広がる貧民街の路地に入って見えなくなるのを見届けると、大きく伸びをして胸に空気を吸い込んだ。

 すぐに悪臭に咳き込んで、涙目で後悔する。

 

「なんで大人はこれを放置できるんだろうなあ……」


 そうロイディが口にした『これ』が果たして悪臭だけのことであったか。

 あるいは。

 眼下に見える貧民街の光景

 そこに消えていった少年の粗末な身なり。

 いや、それは自分自身も………。


 とりとめのない思考はそれこそここに漂うよどんだ空気そのものではないか。


 ロイディはそいつを振り払おうとばかりに駆け出す。

 堤防を駆け降りて、川沿いの黒ずんで湿った土を跳ね散らしながら走る。


 わかっている。世の中は問題が山積みで、とある国の一地方都市の問題など、他のどこにでもある些細な問題のひとつにすぎないのだ。

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