二章32 『天地開“白”』

 対局は表面上は何事もなく進んでいた。

 この『何事もなく』というのは、あくまでも破邪麻雀の『破邪』の部分である。

 打牌による攻撃によって対局が変化することは特にない。皆が皆、自分の切りたい牌を捨てており、守りに徹するため筒子(ピンズ)を切ったりしている者はいなかった。


 しかし川にはイヤな気配が立ち込めていた。


 盤古の川は、萬子、筒子、索子、字牌全てがまんべんなく捨てられており、しかも1~9のどこかに固めている気配が窺えない。作っている役を予測するなら単龍(タンロン)か花龍(ファロン)か……。追加された役がかえって状況をややこしくしているような気がする。

 おまけに槓振りと燕返(つばめがえ)しのせいで、下手にカンや立直もできない。

 俺なら、こんな窮屈(きゅうくつ)な一局はできる限り打ちたくない。


「そろそろかしらね」

 ぽつりとヒミコが呟いた。

「何がだ?」

「盤古が動き出す――そんな気配がするのよ」

「えっ?」

 俺が首を傾いだ時だった。

「――天地開闢(ティエンティ・カイピー)ッ!」

 盤古の叫びと己が地面を割る音が、辺り一帯を響かせた。

 曲げられた牌、リャンピンによって光円が二つ出現する。

 と同時に彼女の背後に点棒が一本、天より落下してきて突き立った。水面が弾けたがごとく土が吹き上がる。


 しかもこれはただの立直ではなく、天地開闢――オープン立直だ。

 つまりこれから起こるは、手牌の開示。

 ヤツがどんな手を作っていたかがわかる。


 盤古が斧を真一文字に振り、開かれた手は――

「……は?」


 自動雀卓の中で牌が掻き回されるように、一瞬頭の中がぐちゃぐちゃになった。

 十三枚の牌。それは一枚を除き、全てが|真っ白(・・・)だった。

 つまり白(ハク)なのだが――それは絶対にありえないことだ。

 麻雀牌は基本的には同じ牌は四枚しか存在しない。だから十二枚全てが同じ牌であるというのは、大胆なイカサマでもしない限り起こりえない。


「な、なんだよ……あれ?」

「破邪麻雀における、盤古の能力よ。天地開白(てんちかいびゃく)という名がつけられていますわ」

「の、能力って……イカサマだろっ、あんなの!?」

「そうよっ。まともな麻雀じゃないわっ、こんなのッ!!」

 麻燐も一緒になって俺と共にヒミコに詰め寄るが、彼女はただ肩を竦めただけだった。

「まともじゃない? 当然ですわ」

「な、なんだって!?」

「だってこれは破邪麻雀(・・・・)よ? 常識外のことが起こる――起こってしかるべきなのですわ」


 ゾッと背筋が冷えた。

 俺は今までこんなとんでもない、|麻雀ですらない(・・・・・・・)何かをさせられていたってのか……?

 呆気にとられている俺達に構わず、ヒミコは勝手に話を進める。

「盤古の天地開白は、対子(トイツ)を白に変えるというもの。あの無茶苦茶な捨て牌も、白になり得ないと判断された牌が捨てられていった結果ですわ」

 対子というのは、同じ牌が二枚重なったものを言う。多くの場合は雀頭(ジャントウ)候補に使われ、また七つ揃えると七対子(チートイツ)になる。

 七対子は二飜役で、一向聴(イーシャンテン)まで持っていくのは意外と容易い。和了りもちょくちょく見かける。


「つまりあれは無茶苦茶な手牌に見せかけて、実際は七対子のテンパイと変わらないってことなのか?」

「そうですわ。まあ、白く染まったことで対子じゃなくて刻子四つの北単騎待ちになると思いますけれど」

「すっ、四暗刻(スーアンコー)単騎待ち……?」

「青天井だからもっとありそうですわね。えーっと、字一色(ツーイーソー)、白4の、ドラ12……何点かしら?」


 青白い顔の麻燐が、薄氷を踏むがごとき口調で言った。

「役満13飜と計算して、60符42飜で6333兆1869億7598万9800点ね」

「ああ、そうですわね。ちなみに破邪麻雀は折半払いでツモでも点数が下がることはありませんのよ」

「地球、マジで壊れないかそれ?」

「それより、柚衣の身よ!」

「……麻燐」

 無茶苦茶な心配だ――でも。

「そうだな。今は柚衣を守らないと」

「ええ。助太刀しましょう」

 たとえ一人や二人加わったところで、どうしようもない。三万点で俺が死にかけたのだ。二千億人の命を奪っても余りある攻撃なんか防げるはずがない。


 でも目の前で誰かが危機にさらされるのだ。

「指を咥えて見てられっかよ!」

 駆けだしかけた、その矢先。


「――来てはなりませんッ!!」

 背を向けたままの柚衣から、一喝(いっかつ)が飛んできた。俺と柚衣はギョッと体を跳ねさせて、足を止めた。

「お嬢達はそこで見ていてください。これは私と盤古様の戦いなのです」

「でっ、でもっ……お前、6000兆点の攻撃なんか耐えられんのかよ!?」

「わかりません」

 答えるまで間があった。

 柚衣は強い。俺なんかよりもよっぽど破邪麻雀に精通しているだろう。殺傷能力の高い攻撃を放てるだろうし、鉄壁の防御で猛攻を退(しりぞ)けることだってできるだろう。

 だがしかしそれは人間の範疇での強者に過ぎない。

 彼女の手牌を見ている限りごくごく平凡な麻雀を打っているだけで、盤古みたいな常軌を逸したものではない。

 たとえ今回和了してもさほど点数が高くなるわけでもなく、神には決して届くまい。


「……見ていてください、お嬢。九十九」

 だが柚衣は堂々とした佇まいを変えない。

 手牌と向き合い、構えた刀をもって摸打(モウダ)を行う。

「これが私の最後の一局。貴様等へ託す――勝利の布石です!」

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