二章30 『限界なき点数』

 手牌を眺めやった盤古は、口角をきゅっと持ち上げて笑った。

 ありゃドラが入ったか、一向聴(イーシャンテン)。下手したらテンパイ……、最悪天和すら考えられるような顔じゃないだろうか。

 ドラ表示牌は中(チュン)。つまり白がドラだ。


 三元牌(サンゲンパイ)や風牌(フォンパイ)、がドラの時は少し厄介(やっかい)なことがある。ドラをそろえると自然と役ができてしまう可能性があるのだ。

 オタ風ならともかく、場風や自風、三元牌だとかなりマズイ。自分がドラを握っているならともかく、相手が持っているとなると、いつ和了(あが)られるか気が気でなくなる。曝(さら)してくれればまだ直撃を避けるよう注意して打牌できるが、暗刻(アンコー)にされたら最悪だ。相手は形を気にせず和了りに向かえるうえ、こちらにそれを悟らせず動かれてしまう。ある程度の実力者でも、それを察知することは難しい。


 もし盤古が白を三枚、あるいは四枚持っているとしたら、とんでもないアドバンテージを得られてしまっている、ということになる。

 俺の背中をつうっ……と冷たい汗が伝った。


 盤古はギラギラと光った目で柚衣を見やり言った。

「なあ、柚衣って言ったかい?」

「……はい」

「この一局、青天井でやらないかい?」

「あっ、青天井!?」

 俺は思わず叫んでしまった。


 青天井とは麻雀のルールの一つだ。

 麻雀は一飜(イーファン)増えるごとに点数が倍になっていくが、満貫(マンガン)――つまり五飜以上は親、子問わず各々定められた点数になる。

 それを撤廃したのが青天井だ。このルールでは点数は無限に上がっていき、通常では考えられないバカみたいな点数にさえ達する。万越えは当たり前、億にもなるし、下手したら兆にさえ達する。通常の麻雀の枠組みを破壊して余りある。このルールで金をかけてやったら明日からセレブの仲間入りか地下労働場に叩き込まれるだろう。


 それを破邪麻雀でやったらどうなるか?

 三万二千点でさえ俺は死にかけたのだ。億だの兆だのの攻撃が炸裂したら、地球がぶっ壊れるんじゃないだろうか?

 それに盤古がこのルールを提案してきたのは配牌が終わり、自分の手牌を確認した後だ。絶対優位の状況で持ちかけられている。この状況で了承するのはどう考えたって、愚策の一言に尽きる。


「……一つお聞きしてもよろしいですか?」

「なんだい?」

「盤古様の手牌は、|普通に考えれば(・・・・・・・)まだ一向聴より前ですよね?」

 噛み殺したような笑い声。盤古の笑みはおどろおどろしい、醜悪な空気を纏っていた。

「ああ、そうさね。それがどうかしたかい?」

「……いいえ。それが聞ければ十分です」

 柚衣はちらとこちらを肩越しに見やってから、盤古の方を向き、うなずきつつ言った。

「わかりました。青天井で打ちましょう」

「ちょっ、ちょっと待てよ!?」

 俺は思わず口を挟んだ。

 柚衣は振り向かずに問い返してくる。

「なんですか?」

「なんですかって……。どう考えたって、ありゃ罠だろ!? いや、それよりももっと幼稚な何かだ!!」


 背を向けたまま、柚衣は軽く肩を上下させてため息を吐いた。

「お嬢、そして九十九。少し我儘(わがまま)ですけど、二つほどお願いしてもいいですか?」

「な、なによ……?」

「一つは、この戦いをしかと目に焼き付けてほしいということ。そしてもう一つは――」

 振り返った彼女は、今までで一番――

「盤古様にするお願いに、このわたくしを蘇らせることを、追加してもらってもよろしいですか?」

 穏やかな笑みを浮かべていた。

 柚衣らしかぬ表情に、俺達は言葉を失った。

 麻燐は戸惑いや憤懣が混じったように睨み気味の目を彷徨わせていたが、やがて何かを決心したようにすっと表情を真に変えて訊いた。

「勝つために打つのよね?」

「はい、全力で打ちます。私は麻雀に対しては嘘はつけませんので」


「……わかったわ」

 肩を竦めて麻燐はうなずいた。

 俺はなおも納得できずに麻燐に問いをぶつけまくった。

「お、おいおいおい!? なに納得してんだよ!? 柚衣のヤツ、神風……つってもわかんないか。とにかく玉砕(ぎょくさい)覚悟で戦うつもりなんだぞ!?」

「そんなの破邪麻雀じゃ当たり前よ。役満直撃されたらほぼ死が確定するようなものだし」

「だとしても、相手は神……しかも天地開闢をしたとかわけわかんない領域の相手だぞ!? ただでさえ攻撃とか守備で、力量さがありそうなのに……」

「その神がまともにやっても勝てない、九尾をはじめとした邪者(シィチュオ)と渡り合うために生み出されたのが破邪麻雀よ。自分より実力が上の相手でも勝てる可能性は十分にあるわ。あたし達が父上に勝てたようにね」

「でっ、でも青天井は……」

「こっちが和了ればいいだけの話よ。そうよね、柚衣?」

 柚衣は一度ゆるやかな所作でうなずいた。

「はい。お嬢の顔に泥を塗らない――騎士団長として胸を張れる一局にしてみせます」

「わかったわ」


 手を太陽をつかむがごとく天に向け、高らかな声で告げる――

「水青家の長であり、九の国の現女王、麻燐が命じるわ。筒流柚衣、この一局をそなたの望むままに打ちなさい。そして必ずや、勝利するのよッ!!」

「嗻(チュー)!」

 柚衣は地に膝をつき、麻燐に向かって深く、深く頭(こうべ)を垂れた。

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