二章12 『必然なき結果』

 チューワンを捨てた一巡後、天佳から順にサンソウ、サンソウ、ローソウと川に並んだ。

 天佳は手牌切りだった。また手が進んだのか、あるいはただ単に索子(ソーズ)が安牌だと踏んで選んだのか……、それはわからない。ただ不穏さはより一層増した。


 さらに次の手番、彼女はとうとう明確な危険牌であるリャンピンをツモ切りしてきた。

 二位が狙える状態であの牌を切るとは冒険が過ぎる。それでもなお完成させようとしてるということは、高めでしかも作り切る自信があるということだろう。

 立直(リーチ)棒二本をものともしない彼女に俺と二並は気持ち的には負けかけていた。

 だが幸い、リー棒は呪われた装備のごとく外すことはできない。死ぬときは心中である。


 ツモ牌に触れた瞬間、二並の顔が凍り付く。また么九牌を手にしたらしい。なかなかツイていない。川にチューソウが置かれたが、天佳は無反応。

 他人事気分で同情していたら、俺もチューピンを引いてきてしまった。しかしこれが通れば後は相当に楽になる。

 必死に神に――というか今は天佳に内心で「許せ……許せ」と相当念入りに念じてチューピンを川の最後尾にそっと添える。彼女は見やっただけで口が動く気配はない。セーフだったと脱力。


 ……いかんいかん。上がられるのを恐れるあまり、自分が手牌を完成させる気概がなくなっていた。

 無論、麻雀は気分でどうにかなるものではない。しかし気力が尽きれば運に見放されるのもまた事実――かどうかはわからないが、立直をかけて何もできない以上、いかなる状況であれ雀士としては泰然(たいぜん)とした態度でいたいものだ。


 天佳はウーピンを切ってくる。

 おしい、と俺は歯噛みする。

 筋は合っているのだ、あとはそこから一跨(また)ぎズレてくれれば――


 と思った矢先。


 二並が、その牌――パーピンを置いた。

 間髪入れず俺は手牌を倒し。


「ロンッ!」

 自身の上がりを高らかに告げた。


 牌を倒し公開した手は、筒子(ピンズ)の3~5、7~9と南(ナン)の全てが二枚セットのものだ。しかも5の一枚は赤。

 初心者が一見すると七対子(チートイツ)に見えるかもしれないが、それはこの手牌のある役と併合しない。

 ついさっき、二並が上がったように。


「……そっ、そんな、まさか……」

 驚愕にわななく彼女に、俺は手牌の役を立て続けに述べてやる。

「立直、二盃口(リャンペーコー)、混一色(ホンイツ)、赤ドラ、抜きドラ、裏は――めくる必要もないが」

 ドラ表示牌のチューソウの下にある牌をめくる。北(ペー)だった。


 ドラを増やし、牌をさらに一枚多く引かせる三麻における、ある意味魔法の一枚。もしもこれがどれか一枚とすり替わっていたら、試合は大きく様相を変えていただろう。無論それはどの牌にも言えることだが、ことさら俺は北に関しては特別な感情を抱かずにはいられなかった。


 ともかく試合は終わった。

 俺は二並に、その旨を明確な数字として告げる。

「9翻40符、倍満。24000点だ」

 二並の途方に暮れた表情は、やがてどこか達観したような――あるいは今にも泣きそうな――不思議な笑みへと変わった。


「……まさか、二盃口で上がられるなんてねぇん」

 二並が二度目に上がった役も、二盃口だった。


 二盃口――3翻しかつかない割には作るのが難しく、この役をあえて狙う者はほぼいない。

 出現確率は0、05%。一般的には割に合わない役として知られている。


「好きな役なのか?」

「……ええ、そうねぇん。思い入れのある役、といったところかしらぁん」

 二並はここではない、どこか遠くを見やるような目つきで語った。


 それからふっと我に返ったように俺へと目線を戻し、今までとは違う穏やかな笑みを浮かべて口を開いた。

「おめでとう、あーたのトップよぉん」


 俺がラス親で上がりトップになったから、対局は終了したのだ。


 順位と点数は俺が一位で49500点。

 二並が二位で38500点。

 再開の天佳がラスで17000点。


 対局は終わったが、気になることが一つ。

「なあ、天佳」

「なにヨ?」

 ちょっとすねた様子の天佳。まあ、負けたから当然といえば当然だが……。


「お前の作ってた役ってもしかして国士無双じゃないか?」

 と訊いた途端、彼女はあからさまにビックリした様子で飛び跳ねた。


「なっ、なんでわかったアルか!?」

「いやまあ、そんな捨て方してたらイヤでもわかるだろ」

 二並も横でうんうんとうなずく。


 明らかに么九牌を捨てるのを嫌ったような川だ。1、9どころか字牌(ツーパイ)すら一枚もない。そして絶望的に開いた点差。これで国士じゃなかったら二位狙いでも混老頭(ホンロウトウ)か四喜和(スーシーホー)、あるいは字一色(ツーイーソー)か清老頭(チンロートー)ぐらいのものだと思うが。


 俺はちょっと身を乗り出して訊いた。

「よかったら、手牌を見せてほしいんだが」

「え、まあ、いいアルけど」


 そう言って天佳は手牌を倒した。

 萬子(マンズ)の1、9とイーピン、イーソウが二枚、東(トン)、南、西(シャー)が一枚ずつ、白、發が各一枚に、中が二枚。

 まあできかけてはいるが、二向聴(リャンシャンテン)。残り枚数から考えても作り切るのは難しかっただろうなあと考えていた時。

「ああっ、あちしのイーソウと白(ハク)ちゅわんがぁッ!」

 二並がマジ泣きしながら天佳の手牌に跳びつこうとした。

 その拍子に卓が揺れ、彼女の手牌が露(あら)わになった。


 筒子の5~7、イーソウ二枚に索子の2~4と7~9。それに白2枚。

 なるほど、イーソウと白のシャンポン待ちだ。

 もしも天佳が国士を狙わなかったら、おそらく今頃白が切られて、二並に上がられていただろう。


 ……危なかった。俺は額に浮かんだ汗を漢服の袖で拭った。

 ちょっとした偶然で結果が百八十度変わる。

 それが麻雀の面白さであり、また怖さでもある。

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