第17話 扉の先にある景色に、私は……

 シャワーを浴びている家主の愛咲ありさに代わり、泊まりに来ていたあおいちゃんに案内され、俺は愛咲の家のリビングへと入っていった。


 すると入った瞬間、さっきまでいた玄関や廊下とは全く違う世界へと飛び込んだかのように錯覚した。

 だからなのだろう、

「女子の部屋だ……!」

 俺はいつの間にか無意識のうちに言葉を発していた。


 よくよく見れば女子っぽいぬいぐるみなどが置いていない、味気ない部屋なのだが、それでも俺はここが女子の部屋なのだと納得していた。

 男子の部屋ではまず有り得ない匂い、甘い香りがリビング中に充満していたのだ。

 だからこそ、口が勝手に『 女子の部屋だ……!』とポロッと滑らせたのだろう。

 つまりは感動のあまりに出た言葉だったわけなのだが……。


「何当たり前なこと言ってるんですか?」

 どうやら女子からしたら失礼な言葉だったらしい。葵ちゃんがやや機嫌を悪くしていたのが、その証拠であろう。

 とはいえ、俺もその後の対応を間違えてしまい

「いや、普段俺の事を叩いてくる愛咲のことだからてっきりガサツな部屋なのかと思ってて」

 葵ちゃんの不機嫌さを助長させるような事を言ってしまったのである。

「それは先輩が暴走してるから先輩が叩いて止めてるんですよ!いいですか!櫛名田くしなだ先輩は私と同じで、れっきとした可愛い女の子なんですよ?ちゃんと櫛名田先輩のこと見てあげてくださいよ」

 見事なまでに、俺に注意をする葵ちゃん。


 数少ない女子からのアドバイスを有難く心に受け止めることにした俺だったが、聞き逃せない言葉があった。

 それが何かと言うと

「今、愛咲の話する時ちゃっかり、自分のこと可愛いってアピールしなかった?」

 これである。

 まさかと思い、俺は恐る恐る葵ちゃんの顔をじーっと見つめると

「え?だって私可愛いじゃないですか。自惚れじゃなくて、相対評価として可愛いと思いますが、先輩はそうは思わないんですか?」

 しれっとした顔で、自分は可愛いと言ってくるのである。

 あまりにも堂々とした態度で俺は唖然あぜんとした。

 が、しかし

「……可愛いと思うけども」

 彼女の言っていることをあながち否定できるものではなく、俺は認めざるを得なかった。

 そんな葵ちゃんはと言うと

「ほらやっぱり。可愛くて好きって素直に言ってくださいよ」

 自身の短く青い髪をフワッと掻き上げそんなことを言ってくる。

 ここまでくるともはや天晴れである。


「いやそこまでは言ってない。ってそうじゃなくって、愛咲の話じゃなかった?」

 俺は最後の最後で否定しつつ、俺は元の話に修正しようと試みた。

「先輩がくだらない茶々入れたからですよ」

「俺が悪いのかよ……。まぁいいや。えぇっと、愛咲のことを見ろって話だったよな?」

「ええ、そうです」

 葵ちゃんは最後まで自分のペースを崩さなかったが、緩く流していると、流石に諦めたのか、元の話へと戻ることが出来た。


 その話題を軌道修正した直後である。

 葵ちゃんがこんなことを言ってきたのである。

「俊先輩は櫛名田先輩の姿見れてないですよね?」

 と。

 あまりにも突拍子のないことで俺は、ついいつもの思考回路で話を始めようとした。

「見れてないってどういうことだよ。形はまだまだだけど大きく柔らかそうな胸は結構……」

 俺なりに分析した愛咲のいい所を挙げていこうとした時だった。

「それは胸だけしか見てないですよね?」

 葵ちゃんにドンピシャな指摘を貰った。ここまでは、言われても仕方ないと思っていた。

 実際今言おうとしていたことはその通りだったのだから。


 しかし、この後の葵ちゃんの言葉に俺はカチンときてしまった。

「俊先輩は櫛名田先輩本人をきちんと見れてますか?」

「……どういうことだよ、それ」


 俺が愛咲をきちんと見れていない?

 何勝手にわかりきった様な事を言っているんだろうか、この後輩は。

 俺と愛咲がどれだけ長い付き合いをしてきたと思ってるんだよ。たった1年足らずで俺と愛咲の仲を知った気で居ないで欲しい。



 そんな俺のイラつきを知ってか知らずか、葵ちゃんは口を開き続ける。

「この際だからはっきり聞きますね」

 そこまで言うと葵ちゃんは一旦言葉を切った。


 何を聞かれるのだろうと、イライラしながらも俺は不思議と頭は冷静であった。


 そしてやがて葵ちゃんの呼吸が整い、再び彼女は口を開き言葉にした。

「俊先輩は櫛名田先輩のことどう思ってるんですか?」


********************




「俊先輩は櫛名田先輩のことどう思ってるんですか?」


 私がシャワーを浴び終え、脱衣所で制服へと着替え、そのまま葵ちゃんと俊が居るリビングへと向かおうとしていると、突然扉越しに今の葵ちゃんの言葉が聞こえた。

 私は事態が飲み込めず

「え、待って、リビングで一体何が起きてるの!?」

 リビングの扉に耳を当て二人の会話を盗み聞きすることにした。


 すると、さっきの葵ちゃんの言葉に対しての言葉なのだろう

「俺が愛咲のことどう思ってるか、だって?」

 俊がややイラついたような声で聞き返す。

 それに対して葵ちゃんも、

「そうですよ。俊先輩は櫛名田先輩のこと女の子として見れていますか?」

 やや強い口調で俊に質問し返していた。

「ちょっと葵ちゃん……!?なんでそんなことになってるの……!?」

 私は思わず、驚いて大きな声を出してしまった。


 幸いにも今の私の声は扉向こうのリビングにいる2人の耳には届いていなかったようで

「……どういう意味だ?」

 俊は葵ちゃんに質問の意図を聞いていた。

 私はバレなかったことに心をなでおろしつつも、この後展開にハラハラしていた。

 そんな時に葵ちゃんがした質問が

「そのまんまの意味ですよ。俊先輩は櫛名田先輩のことを女の子として意識した事ありますか、ってことですよ」

 これである。


「……」

 私はただひたすらに口を抑え、気持ちが飛び出ないよう必死に堪える準備をした。


 いくら俊がおっぱいにしか興味が無いおっぱい星人であっても、その彼の口から女の子として意識したことがあるかの是非が出されるのだ。


 非だった場合、おそらく私は泣き崩れてしまうだろう。だからこそ、私は必死に口を抑えていた。


 そしてその俊からの答えはと言うと。

「そんなのあるに決まってるだろ」

 是であった。


 私は驚きのあまりまた声が出そうになったが、口を塞いでた為それは免れた。

 だがそれだけで収まることはなく、私は感無量に打ち震えていた。


 そんな時だった。

「例えばどんなところですか?櫛名田先輩のどんなところに女の子として意識しますか?」

 再び俊に問いかける葵ちゃん。

 質問をまだ続けようとしていたのだった。



 私の為なのか、俊を試す為、はたまた彼女自身の為なのか全く検討はつかなかったが、これ以上俊の気持ちを盗み聞くのは耐えられなかった。

「それは」

「お待たせー!」

 だから私は会話をぶった斬るようなタイミングでリビングの扉を開けた。


 俊と葵ちゃん、2人の反応はと言うと

「あ……」

「櫛名田先輩……」

 さっきまで話していた内容が内容だからなのだろう、気まずそうな様子で、私を呼ぶ声も歯切れが悪かった。


 私は自分のなんとも言えない気持ちを隠しながら俊に話しかける。


「ごめんね俊、シャワー浴びて対応出来なくて〜」


 あぁ、声が上ずってるなぁ。これじゃあ、バレちゃうじゃない。

「いやそれはいいんだけどさ、もしかして今の葵ちゃんとの会話……」

 ほらやっぱりバレちゃった。ダメだ、ボロを出さないようにしなきゃ……。

「ん?葵ちゃんと何か話してたの?それはごめんね邪魔しちゃって!次からは気をつけるね!」


 そんなぐちゃぐちゃになった私に、心配そうな様子で葵ちゃんも話しかけてくる。

「櫛名田先輩……?」

 あぁ、葵ちゃんにも心配かけさせちゃったなぁ。ダメな先輩だな、私。

「葵ちゃんもごめんね、せっかく俊と楽しくお話してたのに邪魔しちゃって!今度ジュースでも奢るね!」

 すると、私の異変に気づいた俊が私に詰め寄ってきた。

「おい、どうしたんだよ愛咲!」

「ん?何が?」

 私は凛とした態度で俊に応える。

「何がじゃなくてさ……」

 私に見つめられて、ふいっと一瞬目をそらす俊。

 どこか腫れ物に触るような扱いをする俊と葵ちゃんに私は耐えられなくなってしまった。

「ごめんね、ちょっと今日、日直で早めに出なきゃ行けないのを忘れてたの。だから先に出ちゃうわね」

 日直であると、もっともらしい嘘をつくと、リビングの奥に置いてあるカバンに手をかけようとした。


「櫛名田先輩!」

「ちょっと待て、愛咲!!!」

 当然2人は私を止めようとする。日直が嘘だとバレているのだろう。

 けれど、私が止まることは無かった。

「あぁ、俊のおっぱい本はそこに綺麗に積んであるから安心してね。もしかして鍵?ここに置いとくから、放課後までに返しに来てくれればいいから」

 私の腕を掴んでいた俊の右手を、ムチのように掴まれていた腕をしならせることで振り切り、そのまま私は玄関の方へと向かった。

「そういう事じゃなくてだな、おいっ!愛咲!!愛咲っ!こっち見ろって!愛咲!!」

 必死に私を呼び止めようと何度も私の名前を呼ぶ俊。


 それでも私は、足を止めることが出来ず、そのまま外へと飛び出した。

 私の心とは対照的で外は意外にも明るかった。



 そんな晴れ空の下、私は視界を滲ませながら、俊や葵ちゃんに追いつかれないよう学校へと走り出した。

 重々しい足にムチを打って……。

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