第22話 討伐部隊④
偵察部隊および運搬部隊が洞窟内から退避してきた報告を受けた俺達は、洞窟から逃げ出してくる“ゴブリン”に対応するため、各部隊の腕利きを集めた戦闘部隊を結成し、洞窟入口を取り囲んでいた。
もちろん俺には戦闘技術などないため、後方からの支援に徹している。
だが隣にいたはずのファティマは、いつの間にかその姿を消していた。
ファティマは民間人であることを理由に戦闘部隊への参加を見送られていたはずだが......。
そんなことを考えていた時、洞窟の中で何かがうごめく気配を感じた。
「ウオォオォオォ!!」
おぞましい叫びが洞窟内から響いてくる。
最前線の戦闘部隊に緊張が走る。
瞬間、“ゴブリン”達が洞窟からゆっくりと姿を現した。
その動きは鈍く、作戦によるダメージが効いているようであった。
“ゴブリン”達は眼前の戦闘部隊へとその足を一歩二歩と進めた時、突然“ゴブリン”達が倒れだした。
一体二体と倒れる“ゴブリン”達の中心にいたのはファティマであった。
その姿は舞でも舞っているかの如く小刀を振り回し、“ゴブリン”達を切り刻んでいった。
そして最後の一体を一閃。──わずかに遅れて斬撃音が響く。
──どさりと地面に倒れ込む“ゴブリン”。
「ふん」
ファティマはそう言うと、小刀についた血を吹き飛ばす。
「「「............」」」
誰一人として動くことが出来なかった。あまりの出来事に愕然としていたこともあるが、何よりファティマの戦う姿があまりに美しく、見惚れてしまっていたのだった。
「──どうした? 終わったぞ」
何食わぬ顔でそう話すファティマであったが、場は未だに沈黙が支配していた。
しかしその沈黙はクウネルにより破られる。
「いやぁ、さすがファティマさんですねぇ」
それはまるで、こうなることがわかっていたかのような口調であった。
「噂には聞いていたが......これ程までとは恐れ入った。しかし、民間人は戦闘部隊から外していたはずだ。隊の規律を乱す行為は慎んでいただきたい。もし君が警備隊員であったら処罰の対象になっていただろう」
そう話すヤクマはいつもの調子を取り戻していたようにみえる。
「むう......すまない。最近体が鈍っていてつい......な」
「──だが君の力に助けられたことに違いはない。君の働きに感謝する」
「ふむ」
ファティマは感謝を受けることに慣れていないのであろう、その顔は少しはにかんでいるのがわかった。
結果として、洞窟から出てきた“ゴブリン”は8体であった。いくら弱っていたとは言え、それを1人でしかも瞬時に倒してしまうファティマの戦闘能力に俺は驚愕してしまった。
ファティマがこんなにも強かっただなんて......。
そんなことを考えていると、ファティマが俺の隣に戻りこう言った。
「なんだ? 鳩が豆鉄砲をくらったような顔をして。クウネルにも傭兵の話を聞いていたのだろう?」
「......聞いてはいましたが、ここまでとは」
確かに傭兵もやっているとは聞いていた。だがここまで圧倒的な強さだとは想像だにしていなかった。
そして俺はふとした考えが頭をよぎった。
「ファティマさんがこんなに強いのであれば、作戦なんていらなかったかもしれないですね」
「それは無理な話だ。敵が8体であったからこそ容易に倒すことが出来たが、30体に囲まれてしまってはさすがに為す術もない。しかも今回はお主の作戦で敵も弱りきっていたから尚更だ。今回の勝利は間違いなくお主の作戦の賜物だ」
「ファティマくんの言う通りだ。君の作戦が計画通りに進んだ結果、全ての“ゴブリン”を倒すことができたのだ。とは言え、まだ洞窟内の確認が出来ていないので安心は出来ないが」
「......そうですか。あまり褒められたことがないので何だか気恥ずかしいですね。ですがありがとうございます。洞窟へ入れるのは......おそらく明日になってしまうと思います」
洞窟内は未だ火柱が上がり、黒煙が充満している。少なくともこの日1日は人の立ち入れる環境ではなかった。
「そうか、ではそれまではここで野営するしかあるまいな。しかし本当にこんな作戦をよく思いついたものだ。敬服に値する」
建築に携わる者にとって火災と酸欠は必須の知識だ。俺はそれを少し応用し、今回の作戦に取り入れたのだった。
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翌朝、探索を開始しようとしたが洞窟内の空気はどこか違和感があり、念のため昼まで待機することとした。
そして昼が過ぎ、偵察部隊が洞窟内を探索したところ、三叉路で6体、広場までの通路で14体、広場でま2体の計22体の“ゴブリン”が確認された。
ファティマが仕留めた8体を加えると計30体で、調査部隊から報告のあった数と一致していた。
だが一つ気になることが調査部隊からヤクマへ報告されていた。
「報告します。“ゴブリン”の中に、顔に火傷跡のある個体は確認できませんでした」
「......そうか。ご苦労であった」
そのことが何を示すのか、ヤクマもわかっていた。
そう、この洞窟にいた“ゴブリン”達の群れは、俺が黒い池で出会した“ゴブリン”とは別の集団であったのだ。
つまりそれは火傷跡の“ゴブリン”はまだどこかで生息しており、ミズイガハラへの脅威は消え去ったとは言い切れないのであった。
俺は思わずヤクマへ声を掛けた。
「ヤクマさん、まだあいつは......」
「聞いていたか? 君の考えている通り、君と対峙した“ゴブリン”はまだどこかで生きているであろう。調査部隊を再結成し、やはり北の地付近まで調査しなくてはならないだろうな。──だが、今日の勝利は間違いなく我々のものだ。まずはそれを喜ぼうではないか」
そう言うヤクマの顔は珍しく笑っていた。
俺がヤクマの笑顔を見たのはこの時が初めてであった。
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