22、春姫ちゃんポロリ


「あー、ボールがー」


 猪苗代が飛ばしたボールが少し沖の方にいってしまった。


 追いかけようとした猪苗代いなわしろの身体がそこで止まる。浮き輪をバタバタと動かしているが、どうやら脚がつかないらしい。


「な、流されるー」


「大丈夫、私が取ってくるよ」


 春姫が軽々と、ボールのところまで泳いでいく。余裕でボールを捕まえた春姫は俺たちに手を振って、合図をした。


「行くよー!」


 春姫がボールを持って引き返そうとする。


 だがそこに、小学生くらいの少年たちが乗ったゴムボートが、近くに迫ってきていた。


 ザッパーンと波を立てるボートは、かなり巨大で、しかも制御できていなかった。波に合わせてぐんぐんと進んで来ている。


「春っち、あぶなーい!」


 猪苗代が叫ぶ。


「わっ……」


 春姫が後ろを振り向いた時はもう遅かった。


 どーんと少年たちの乗ったゴムボートが、春姫に衝突する。しかしざっぷんと波しぶきがたち、春姫を飲み込んでいく。


「春姫ー!」


「春っちー!」


 迷惑なボートはそのまま人混みの中に入っていく、ようやくそこで止まった。


「春姫……」


 波しぶきがおさまっても、春姫の姿が見えてこない。


 乱入してきたボートに、他の海水浴客が迷惑そうな顔をしていたが、春姫はどこにもいなかった。


 やばい、と嫌な考えが脳裏をよぎる。すると、ざぷんと遠くの方から春姫が顔を出した。


「テッちゃーん!」


 顔を出したは良いものの、なぜかその場で困った顔をしたまま動かない。


 何かトラブルがあったのかもしれない。


 慌てて俺たちは、春姫のところに行こうとしたが、少しでも泳げるのは俺しかいなかった。


「筋肉は沈むでござる……」


 とか言って、福男もギブアップ。


 平泳ぎしか泳げない俺が、なんとか足を進めることにした。


 不恰好ぶかっこうな泳ぎ方で進んでいくと、水面から春姫が顔を出していた。


「テッちゃん」


「無事だったか、春姫?」


「うん、だけど」


 頬を赤らめて、春姫は顔を伏せていた。その声は明らかに動揺しているようだった。


 まさかと思って、視線を下げると彼女の水着のひもが、取れてしまっていた。


「水着が流されちゃって」


 春姫の胸を覆っていた水着は、そこに存在しなかった。

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