16、せっくすチャンス
付き合ってるの? という猪苗代の質問に、春姫は一瞬きょとんとした表情になった。
「なに? ど、どうしたの?」
「いやさ。高校まで仲が良い幼なじみってすごくない? しかもお互いの家に行き来しているくらいだから、できてるのかなー、とか思ったけど……実際どうなの?」
猪苗代は身を乗り出して、春姫に聞いた。その質問に春姫はあまり動揺もせず、あっさりと返した。
「ううん、付き合ってないよ。ただの幼なじみ」
「そっかー、そうなんだー……」
つまらなそうに、猪苗代は座布団にあぐらをかいた。
……付き合ってないか。
確かにそうだ。
けれど、改めて春姫の口から聞くとやはりそうなんだなと認識させられる。俺たちはただの幼なじみで、変わっているところがあるとすれば、毎週水曜日にセックスごっこをするだけの関係だ。
「なぁんだ。つまんないの」
猪苗代がため息をつく。
「でも、仲良しなのは確かだよ」
春姫がニッコリと笑って言う。
「テッちゃんはとっても、優しいんだ」
「そうは見えないけどな」
「マリーちゃんが知らないだけどよ。ね、テッちゃん?」
こっちを振り向いた春姫に、肩をすくめる。
「……どうだかな」
セックスごっこでさえ、いつかその内になくなってしまうのかもしれない。こうやって友人ができて、忙しくなれば、春姫だって家に近寄らなくなる。
そうなれば……、
「ねぇ、コーラある?」
くるくると鉛筆を指で回しながら、猪苗代が言った。
「コーラ? あるかな」
春姫がちらっと俺のことを見る。嫌な想像を頭から振り払って、俺は言った。
「悪い、水しかないんだ。ちょっと買ってくるよ」
「良いよ良いよ。自分で買ってくる」
「コンビニまでちょっと歩くぞ。国道まで出ないと見えてこない。歩いていくと15分くらいかかる」
「結構遠いねー。ま、良いか。気分転換がてら行ってきまーす」
足が痺れたのか、アイタタタと言いながら猪苗代はのそのそと部屋を出て行った。二人きりになった部屋で、春姫はクスクスと笑いながら言った。
「マリーちゃん、面白いでしょ」
「ま、悪いやつじゃなさそうだな」
「みんなからヤンキー扱いされてるけど、そんなことないのに」
「俺もそう思ってた。偏見って怖いな」
少しツンとしている印象があったが、猪苗代は話すとかなり良いやつだ。コソコソ噂話をする奴らよりも、ずっと性格が良い。
「春姫と気が合ったのも、理解したよ」
俺の言葉にくすりと笑って、春姫はペンを握った。しかしそれをすぐテーブルの上に置くと、春姫は髪を耳にかけると、ボソリと
「今日は、どうする?」
「ん?」
「今日、水曜日だよね」
春姫は俺と目を合わせることもなく言った。窓から差し込む西日に照らされた横顔は、じっとノートに注がれている。
「大人ごっこ。毎週水曜日の……約束でしょ」
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