6/11

 目を覚ますとぼくはぼくの家で横になっていた。食事もせずに眠ってしまったぼくは空腹を覚え、冷蔵庫を探る。そこにはただキンキンに冷えた麦茶のボトルと、キンキンに冷えた空気だけが入っていた。

 食べ物を探しに庭へ出ると、庭の雑草は全て掘り返された後だった。そういえば昨日の夜はミドリが来ていたのだ。もともと畑で働く人形だったからか、彼女は相変わらず、草を掘り返すのが好きだった。そして掘り返した草はカゴに入れて持って帰ってしまう。持って帰って、途中にあるコンビニのゴミ箱へ放り込むのだ。「そうするとゴミの日を待たなくても、ゴミが棄てられるのよ」と彼女は自慢そうに微笑んだ。

 ぼくはもはやヒツジではない。だから草にこだわらず、肉さえも食べることができる。ぼくはいつも庭の端にいる「何か」を捕まえて串刺しにすると、深緑の携帯コンロに網をかけてバーベキューを始めた。


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 ――〈●回●〉――

 ――W□□□W――

 ―――〈□〉――― ←何か

 ―――〈□〉―――

 ――M~~~M――

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 その「何か」は決して質の良い方のものではなかったし、「何か」と呼ばれる類のものは全般に珍味であって美味ではなかったのだけれど、味のことはこの際、問題じゃなかった。そんなものは、鼻を摘んでしまえばわからない。

 ぼくは「何か」をきっちり平らげ、鉄串をねぶり、網と一緒に片付けた。

 網は自分の居場所に戻る時に、

「ごめんなさい、ごめんなさい」

 としきりに謝っていた。

「どうしたのさ」

 とぼくが問う。

「ごめんなさい」

 と網は答えた。

 そのやり取りの間中、ずっと串は黙ったままだった。それはそうだ、串が喋るなんて、そんな不可解なことがあってはたまらない。


 ぼくは部屋に戻って音楽をかけた。曲名も歌手も知らないけれど、ぼくがヒツジでなくなったお祝いにもらったレコードだから、ずっと大事にしていた。歌詞だって丸暗記してしまったのに、レコード・プレイヤーは勝手に替え歌を作ってしまう。

 いつもは「タンボ」と歌うところを今日は「レンコンの穴」と歌ったし、「ブリキ」を「タヌキ」に替えていた。

 

  君や君のお父さんにありがとうと言える程に僕は強くはないし

  夜に逃げ込んでもこの町のヒートウェイヴは優しくはない

  いつだったか「死ぬ時はレンコンの穴に落下して」なんて言っていた彼女はきっと

  死ぬ時には布団の上で幾つものチューブを身体中に刺しているんだ

  それはこの僕が憧れた死に様で

  けれど一つ足りないのはタヌキのメッキ、タヌキのメッキ

  吸い込んで咳き込んで肺を病んで仕事をクビになるようなタヌキのメッキ

 

  午前四時の道にセントバーナードが吠えた

  ピレネー(グレート・ピレニーズ)が吠えた

  チクワ(別寅)が吠えた

  あの子は相変わらず舌ったらずだったよ

  何度も言うけれど君を買えるほどに僕はお金持ちじゃないから

 

  「この町の詳細地図はありますか」と言った客に僕は手描きの等高線を3万で売ったよ


 歌はまだ続くのに、レコード・プレイヤーが恋人と食事に出かけてしまった。ぼくはレコードをしばらく眺めていたけれど、爪を切ったばかりの指で引っ掻くのはどうも、気が引けた。

「ぼくらも外へ行こうか」

 ぼくは虚空に向かって言った。

 けれど、虚空と言うのは、認識しようとすると虚空ではなくなってしまうものだ。

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