第39話 記念日がスタート!


「待ってくれ!こんなことになるなんて知らなかったんだ!」


「言い分は向こうでゆ~っくり聞いてやっから大人しくしとけ~」


ジャパリパークキョウシュウエリア、日の出港。そこで手錠を掛けられ、わめ散らかす1人の若者。対するは言葉こそ緩いものの、声色は真剣な1人の本土の警官。そしてそれを見つめる俺と、俺の肩を掴む父さん。どことなく力を入れられているのは、俺が直ぐにでも手を出すと判断されているからだ


大丈夫、と小声で囁くと、父さんは手を離してくれた。どうにか心を落ち着かせ、そいつの目の前に立つ


「知らなかった、で済む話ではないんだが?そもそもお前はツアー参加のはずなのに、何故勝手にパークを歩き回っている?外の人間はルールも全うに守れないのか?」


「そ、それについても謝る!すまなかった!凄く反省してる!すぐに戻るつもりだったんだが…!」


「…そうか。では、この映像は一体なんなのだろうな?」


ラッキービーストが映し出す。ドス黒い液体が入った試験管を2つほど取り出し、地面へと垂らし物陰に隠れて様子を伺うこの男の姿を。その黒が形を手に入れ暴れ始めると、男は興奮した様子で残りの試験管を四方八方にばら蒔いた。微かだが歓喜の声も拾われており、戻ろうとする気配はなかった


なんてことはない。その映像は、こいつの犯行現場を捉えた確たる証拠だった


「至極楽しそうにしているな。目の前でセルリアンが産まれ、暴れているのを見れたのがそんなに良かったか?」


「えと…」


「それとも次の場面…フレンズが助けてくれたのが嬉しかったか?」


「その…」


「フレンズは皆良い子だ。この子も心からお前を心配してくれていた。お前の行動によって、自分が危険に晒されたと微塵も思ってないからな。どうせお前は『可愛い子と間近でお話できてラッキー♪』とか思ってたんだろうが」


「……」


無言は肯定の意。どうやら出任せで言った心の声まで合っていたらしい。反吐が出る、過去最高レベルに不快な正解だ



「現場は森の中。職員は1人も見えず。そんな中でも、優秀な人材ラッキービーストがこれでもかと瞳を光らせてんだよ。動物園の延長だと勘違いして余裕ぶっこいていたんだろうが、ここはそんな甘い世界じゃない」



そいつの顔を掴み、無理やり目線を合わさせる。小さな悲鳴は聴こえない



「──ジャパリパークを無礼なめるなよ」



左眼を紅く光らせ、神威を最大限に見せつける



「ヒュッ…」



なんとまぁ呆気ない。情けない音を出し、男は膝から崩れ落ちて意識を手放した



*



「まーた覇王色の覇気出しやがって…。これ後が結構めんどいんだぞ?」


「ええ、だからこそ任せてます。それに、優しい取り調べは俺の管轄外、警察の十八番でしょう?」


「…お前ホント図太くなったよな。アオイ、お前どんな教育したんだ?」


「独学だ独学。なんでもかんでも俺のせいにするな “レイジ” 。全く、我が息子ながら逞しく育ったもんだ…」


レイジさん。本名、博麗はくれい 霊児れいじ

父さんの昔からの親友であり、俺も昔からお世話になっている本土の警察官(かなりのお偉いさんになったらしい)だ。パークでの犯罪者や問題児のその後は、ほぼこの人の受け持っている部署、及び部下に回される。こちらからしたらとてもありがたいことであり、俺が信頼するの1人である


「それと、何もいたずらにやってる訳ではありませんからね。ああして心を折ることで、スムーズに記憶の封印、及び改竄が出来るんですから。面倒なことを色々覚えられているよりかは、よっぽどその後が楽だと思いますがね」


「…まぁな。つくづく、お前さんがに育ってくれて良かったよ」


「それはどうも」


これくらいじゃなきゃ守護けものはやってられないので。それに他の人達を見てください、一癖も二癖もある厄介な子ばかりです。皮肉であろうその言葉は、今は素直に受け取っておくとしますよ


「っと、もうこんな時間か。あ~あ、俺も観光してぇなぁジャパリパーク」


「この件が片付いた時にでも来い。孫でも連れてな」


「だな。そんときゃ世話になるわ。んじゃ、進展あったら連絡するわ」



*



「今回はどうだった?」


「特に変わらず」


「やっぱりか…私の方でも調査を進めてはいるんだが…」


ペパプライブから早二週間。キョウシュウエリアで起こったセルリウムばら蒔事件は、今回でもう3回目になる。しかし、その3回で実行犯から得られた真犯人へと繋がる情報はない。動機は『金が貰えるから』と一貫しているけど、だからなんだと言わざるを得ないのが現状だ


セルリウムを手に入れている以上、パーク職員が関わっているのは確かなはずなのだが、相手は相当逃げ隠れが得意らしい。かといって、大々的に動けば相手も何をしてくるか分からない。父さんも忙しい中頑張ってくれているけど、尻尾を掴むには至っていない。というかこの案件に人員を割いている余裕が、今のパークにないのも問題ではあるのだが…


「コウ、一旦この件は私に全て預けて、お前はゆっくり家族との時間を過ごすといい」


「そうは言っても、父さんも他のことで忙しいでしょ?隈、少し濃くなってるよ」


「それでもだ。職員が関わっている以上、私達の方がより早く真相に近づけるだろう。大丈夫、何も私だけが動くわけじゃない。ミドリも娘達も協力してくれている。だからお前は少しでも英気を養って待っててくれ。その分、見つけた後は任せるからな」


ポンポン、と頭を叩かれる。そこまで言ってくれるなら、任せない方が失礼というものだろう。小さく頷くと、父さんは得意気に笑った


「それに、だ」


「なに?」


「結婚記念日、もうすぐだろ?」





──────────





「もうすぐ結婚記念日だな」


「時が流れるのは早いねぇ」


子供達の誕生日も過ぎ、ペパプのライブも終わり、他に何か予定はあったかとカレンダーを見ていた妻の言葉で、その日が近づいてきていることを改めて実感した。毎年やってくるその特別な日を、今年はどんな日にしようかとぼんやり考える


「二人で出掛けてきたらどうだい?夫婦水入らずってね」


「いやいや出来ないでしょ。あの子達にお留守番はまだまだ早いしさ」


「二人は私達が面倒を見るよ。いつも通り過ごせばいいだけだしね。それに、当日は見知った顔もろっじに泊まりに来るから、保護者の数は心配いらないよ」


「この名探偵に任せなさい!必ず私の助手に相応しい力をつけさせてあげるわ!」


そんな短時間じゃつかないよ。ついてもそんな力は絶対ハリボテだよ。あと変なこと教えそうでちょっと不安だよ。そんなことしないだろうけど


ただ、この申し出は正直ありがたい。例の件もあって傍を離れるのには抵抗があったけど、皆が見てくれると言うのなら安心して出掛けられる。まぁ、子ども達がなんと答えるかだが…


「いってらっしゃい!シュリは任せて!僕が見てるから大丈夫!」


流石トウヤ、お兄ちゃん力をここぞとばかりに発揮してくれる。けどまさか最速で許可が下りるとは思ってなかった、ちょっとだけ寂しさが生まれる…これが親離れってやつかな…


「シュリは大丈夫?お留守番できる?」


「…できる」


「本当にできるか?」


「…できるもん」


シュリも許可を出してくれた。てっきり嫌だと言ってくるもんだと思っていたから、正直この反応は驚いている


でもやっぱり、本当は嫌なんだな。だって寂しいよオーラが隠しきれてないし、今だって俺に引っ付いて離れないんだもの。それが嬉しかったりもするのが親心ってもんだ。にしても力強いな、ちょっと脚上げても落ちないの凄い。これが4歳の力か…!


「ありがとうシュリ。その分、ママ達が出掛ける日までいっぱい遊ぼうな?」


「…いいの?」


「勿論だ。お勉強もお休みにしてしまおう。やりたいこと、なんでも言っていいぞ?」


「…じゃあ、おままごとやりたい!私ママやる!」


「なら、私は娘役をやろう。ほら、パパはどうするんだ?」


「んー…じゃあ、息子役かな。トウヤはパパな」


「はーい!終わったら狩りごっこね!」


きっとシュリの心には、寂しい気持ちは当日にはまた生まれて、そんな気持ちで1日を過ごすだろう。ならせめて今だけは、楽しい時間になるようにしてあげないとね




*****




「それじゃあ行ってくるね。トウヤ、シュリ、皆の言うことをちゃんと聞くんだぞ?」


「はーい!」

「…うん」


「そんな悲しい顔をするなシュリ、色々なお土産持って帰ってくるから。アリツカゲラ、オオカミ、キリン。改めてよろしく頼む」


「はい、任せてください」

「私達にもお土産よろしく♪」

「事件がないことを祈ってるわ!」


そんなこんなでろっじ組に子供達を任せ、俺達夫婦は家を出る。今日1日家を空け、明日の夕方には帰ってくる。つまりは一泊二日、二人だけでのお出掛けだ


バイクを走らせ…るには走らせるけど、それはほんのちょっとだけ。少し離れた場所に隠して、後は空を飛んで移動する。何故ならこっちの方が速いから。年に一度の記念日、色々な場所に行きたいからね


というわけで、まずやってきたのはジャパリカフェ行きのロープウェイ前。フレンズや観光客が作っている列には並ばず、その横を華麗に素通りする


「並ばないのか?」


「今日は登山ルートで行こうと思うんだけど、どう?」


「なるほど。異論はない、楽しみだ」


ジャパリカフェに続く手段は、電動と手動のロープウェイの他にもう1つ。それが、この崖を登っていく登山ルートだ。数年前に整備が終わったこの登山道は、一般の人に関しては1日の人数制限を設けて解放している。パークから登山に必要な道具セットが貸し出しされているけど、用意できる数には限りがあるため現在はこのような制度になっている


なぜ制限をかけるようになったのかという理由は単純で、なんの準備もなしに登ろうとする無謀な挑戦者が何人もいて、結局登りきれずに脱落していったから。下山を手伝うのも苦労するのである


それでも怪我や事故に繋がったら大変なので、そういったことをした上で、道の途中でラッキービーストに監視をさせている。因みにフレンズは例によって自由参加できる。崖を登って上まで行くのも可能なので、今日も数人チャレンジしている。中には落ちる子もいるけど…まぁ大丈夫だろう(適当)



*



さて、1/4くらい登ったかな。山には4つ休憩所があり、ちょうど1/4ずつ登るとそこに辿り着ける。そこでは屋台も出ているので、早速栄養補給といきましょうかね


「はい、焼きいもとお茶。火傷に注意してね」


「ありがとう。いただきます」


ベンチに座り、黙々と焼きいもにかじりつく俺達。甘い匂いと味が、疲れをどんどん消し去っていく。屋台のおっちゃんまた腕を上げたな、あとでもう一本貰っていこう


「あれ?コウさんにキングコブラさん。おはようございます、お二人も来てたんですね」


「かばんさん。おはよう、今日はお休み?」


「はい。なのでせっかくだから挑戦してみようかなって」


「サーバルと来たのか?姿が見えないがどこへ行ったんだ?」


「あっ、えと、今日はサーバルちゃんとではなくてですね…」



「かばんちゃーん!もらってきたよー!」



両手に大きな焼きいもを2つ持った1人の男が、かばんさんを呼びながらこちらに駆けてきた。彼女の表情がパアッと明るくなり、その1つを優しく受け取った


「…成る程、お前がかばんの恋人か」


「ん?確かにそうだ…って、キングコブラのフレンズ!?てことはかばんちゃん、もしかして…?」


「はい、このお二人が、僕のお友達のコウさんとキングコブラさんです」


「そっかそっかこの二人が…!あの、初めまして!俺は 『西行寺さいぎょうじ 優壱ゆういち』っていいます!よろしくお願いします!」


にこやかに挨拶をして、わりと勢いのあるお辞儀をしたユウイチ…くんでいいかな、うん。中々にテンションが高く、声が少し大きめだが、まさに爽やか青年といった風貌だ。身長は俺よりちょい高いくらいで、中々に鍛えているのが窺える


名刺を受け取って軽く確認。どうやらナナさんと同じ部署の新人職員なようで、日々彼女と共に働いているみたいだ。妻をどのフレンズか即言い当てたのは、その辺も関係しているのかもしれない


「えと…どうしました?俺なんか変ですか?あっ、もしかして寝癖ついてるとか!?かばんちゃん俺寝癖ついてる!?」


「ついてませんよ~。というか寝癖は僕が直してあげたじゃないですか」


「ああ~そうだったそうだった。良かった~」


「全くもう…フフフッ♪」


差し出された彼の頭を、愛おしそうに撫でるかばんさん。中々に甘々な空気だ


…少しだけ、不安な気持ちはあった。彼女は『人』について悩んだり、『人間』によって怖い思いをしたことがあったから。だから、好きな『ヒト』を見つけられるのか、その気持ちが続くのか…なんて考えてしまったこともあった


そんなことは杞憂だった。聞かなくても二人の雰囲気で分かる、二人の間にある大きな愛情。とても幸せそうなヒトとフレンズのカップルが、今ここに確かにいた


「…さて、俺達はそろそろ行こうか」


「もう行くんですか?」


「十分休めたからな。それに…二人の時間を邪魔をするのも野暮というものだろう?」


「うっ…///ありがとう、ございます…///」


「あはは…なら、俺達はもうちょっとゆっくりしていこうか」


かばんさんの肩を抱き寄せるユウイチくん。顔を真っ赤にしながらも受け入れ、そっと身体を寄せたかばんさん。そんな幸せ空間を形成する二人を余所に、俺達は登山を再開する


お互い何か言うこともなく手を繋ぎ、いつもよりゆっくりと歩きながら

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