第29話 幻想の花弁が舞う中で


【だるまさんがころんだ】

鬼を立て、その鬼が他の参加者をすべて捕虜にすることを目的とする遊び。『既定の回数生き残った者の勝ち』や『誰が最後まで残れるか競う』といった、地域や人によって様々な遊び方がある


今回は『鬼役(トウヤとシュリ)に一番先に触れた人が勝ち』というルールだ。動いたかどうかの判定は、ヤタガラスさんに判断してもらうことになった


以前、俺達はハンター組と散々やったことがある。その時はリカオンさんが最後まで鬼だった。二人がこの遊びを提案したのは、鬼をやってみたいという想いがあったのかもしれない


今回はいつも以上に、本気を出してこの遊びに臨む。何故なら、勝負の相手は子供達だけではなく、隣に並ぶ神々もだからだ。単純な勝負になるとは1ミリも考えてない


特に、嬉々として勝負を挑んできたイヌガミギョウブさん、いち早く乗っかってきたヤマタノオロチさん…この二人は絶対何か仕掛けてくると俺は睨んでいる。レフティさん?彼女はそんなことしないと勝手に信じてる



「いくよー!だーるーまーさーんーがーこーろーんーだ!」



開始のゴングが鳴り、振り向く。その瞬間、俺達は一斉に動きを止める。まずはよくある長さの掛け声、三人に動揺は特に見られない



「次はシュリの番!」


「うん!だーるーまーさーんーがーーーーー」



今回は長めの掛け声。どこで振り向いて来るか予想は難しいけど、長いということはその分距離を詰められるということ。今のうちになるべく──



「──うおっ!?この…っ!」


「ころんだ!…あれ?パパだいじょーぶー?」


「大丈夫だいじょーぶ!続けていいぞー!」



何が起きたか説明しよう


早速、ヤマタノオロチさんが妨害をしかけてきた。蛇を地中から俺に向かわせ、右足に引っかけてきたのだ。突然のことでバランスを崩したが、耐えようとはせずわざと素早く地面に倒れ寝そべった。これの方が確実に敗北を回避できると思ったからだ


「くっくっくっ、いつまで這いつくばっているつもりじゃ?はよう立て」


ギロリと挑発してきたヤマタノオロチさんを睨むが、彼女はケラケラと笑い返してくる。懲りる様子のない姿に、一層警戒心を強めるしかなかった



「いくよー!だーるーまーさーーーーー」


「「「「……。」」」」


「んーーがーーーー」



さっきとはまた少し違うパターン。そうでなければ面白くない。それと頑張って工夫していてパパ嬉しい


…妨害は、どのパターンでも面白くないけど!



「おもっ…!?効くかぁ!」


「ころんだ!…パパ動いてる?ヤタちゃーん!」


「いや、残念ながらこれは動いていないな」


「ほほう?流石にやるのぅ」



危ない危ない、もう少しで敗北するところだった


今度はイヌガミギョウブさんが妨害してきた。舞う桜の花びらを3匹のタヌキに変化させ、俺の背中や肩に乗せてきた。小さくて可愛いけど、岩のように重いタヌキにバランスを壊される前に、蛇の尻尾を地面に突き刺し、揺れないよう堪えてその場に立ち止まった


こんなことも出来るのかと感心する一方で、やり方が案外ガチでここまでやるのかと少し呆れている。反則じゃないのかと抗議したいが、キュウビ姉さんはともかく、オイナリサマもヤタガラスさんも何も言わないから意味がないだろう


逆に言えば、これくらいは俺もやって良いってことだ


今の位置取りは、レフティさん、イヌガミギョウブさん、ヤマタノオロチさん、俺の順に鬼に近い。レフティさんが少し遠いくらいで、残る二人は射程範囲内に十分入っている。子供達に気付かれない、それでいて確実に動かし転ばさんとする一手…やってやろうじゃないか



「だーーーるまーー」


「フンッ!!」

「あだっ!?」

「おわっ!?」


「ーーさんがころんだ!」


「うわわわわっ!?あー…」


「レフティちゃん動いてる!アウトー!」


「うむ。これは言い訳できんな」


「うへぇー…こんな早く終わるなんてー…」

「ドンマイレフティ~!よく頑張ったさ~!」



間延びした掛け声から一転、超高速『だるまさんがころんだ』によって、レフティさんは止まれずアウトに。ここで墜ちてくれたのはありがたい、これで二人に集中できる


「あれ?ヤマタノちゃんとイヌガミちゃんどうしたの?」


「足元が気になっただけじゃ。心配することは何もない」


「わしとしたことが騙されるところだったわい。やるのぅシュリ」


「えへへー!次こそ転ばせちゃうもんね!」


そしてこの二人は、手をついて座りこんでいる。俺がやったことは極めてシンプル、尻尾でそれぞれの脚を薙ぎ払った。流石に焦ったようで、二人の余裕面は半分くらい崩れている


代償として、俺もほとんど前に進めていない。二人はまだ俺の前にいる。妨害はもう通用しないだろう、警戒しているのが目に見えて分かる。それと、次の妨害の準備をしていることもね



「だーーるーー」



だから、仕掛けるのは初っぱながベスト…!


最後の勝負が始まったと同時に、大地を踏み抜き風になる。桜の花弁が再び舞い、髪や身体に引っ付くが気にしない。誰よりも速く、誰よりも先に行くために。先頭の景色は譲らない…!


後ろをチラッと見れば、さっきよりも慌てた顔をした二人がいた。妨害策に意識を向けてくれててありがとう、おかげで楽に横を抜けられたよ



「ーーーまーーさーーーんがーー」



「噛みつけぃ!」

「足止めするのじゃ!」



後ろから、蛇と狸の放つ何かが近づいてくるのが分かる。だが俺はもう振り返らない、届く前に鬼のいる方へ。スタートで稼いだ距離と俺自身のスピードで、どこまで行っても逃げてやる…!



「ーーころんdうわあっ!?パパもうここまで来たの!?」


「ハッハッハ!パパは速いからな!」


「すっごーい!もう届いちゃう!」



トウヤが振り向くのとほぼ同時に踏み止まり、審判からセーフ判定をもらう。子供達は目と鼻の先、シュリの伸ばした手を取れる位置。対して後ろの二人は身体2つ分くらい離れている。顔を後ろに向けて笑い…


『チェックメイト』と、口パクで二人に送った



「だーー」


「はいタッチ。俺の勝ち」


「パパの勝ち!」

「おめでとう!」



この勝負、文句のつけようのない俺の勝利だ




────




「美味しい!すっごく美味しいぞ!」


『ビックリおにぎり』におもいっきりかぶりつく。塩加減が絶妙で、顔を出したしゃけも梅干しも、ツナマヨもこんぶも、まさかの唐揚げもしんなりした海苔も全部、米の旨味を更に加速させていて、あっという間に完食してしまった


「こっちのおいなりさんも作ったんだよ!」

「すめし?いっぱい詰めたの!食べて食べて!」


「ああ食べるとも!」


次から次へと口へ運んでは、じっくりよく噛んで味わう。おかずを取ることも忘れない。全部から優しい味がする…これが幸せか…!


「はぁぁぁぁぁ…してやられた…」


「負けるとは思ってなかったんじゃがのぅ…」


「正々堂々やらないからこうなるのよ。こっちは見てて面白かったけどね、あなたのあの慌てようといったら…フフフ♪」


「ほんっとに嫌なキツネじゃ…!こうなったら酒で飛ばすのみ!付き合えヤマタノオロチ!」


「付き合ってやるとも!空にしてやろうぞ!」


まさにやけ酒、というべきか。姉さんが持ってきた大量のビンを開けては飲んで並べていっている。2リットルは軽く越えてる量のお酒を、二人は平気でラッパ飲みしている。なんて教育と身体に悪そうなんだ、俺は例えジュースでも絶対にやらないぞ


「ふえぇ…おしゃけくしゃいよぉ…」


「大丈夫…ではなさそうだな。おい酔っぱらい共、飲むなら離れて飲んでくれないか?シュリが嫌がっている」


「ぷはっ…仕方ないのぅ…」


「トウヤは大丈夫か?」


「僕はだいじょーぶ」


アルコールへの耐性…というよりは、匂いに敏感って感じか?妻が前に言ってたっけか、『トウヤよりもシュリの方が匂いに敏感だ』って。耳の良さは兄の方が、鼻の良さは妹の方が優れているというのが今日で確定したな


とはいえ、常時というわけじゃなさそうだ。もしそうであれば、トウヤは俺達のさっきの妨害合戦に気づくはずだ。これもサンドスターのイタズラなのかもしれないな


「リウキウのお土産もあるよー!どんどん食べてってねー!」

「いっぱいあるから遠慮はいらないさ~!」


「私も特製いなり寿司作ってきたんです。よかったらどうぞ」

「食後のデザートも用意してあるぞ。皆で分けるといい」


働き者の守護けものは、こうした準備も万全だった。皆で食べて、また遊んで、ほどよく騒いで。暫くへいげんから、賑やかな音は鳴り止まなかった




*




「もう食べられないよぅ…」

「ケーキ…おいひぃ…ふへ」


俺の膝の上でトウヤが、妻の膝の上でシュリが、幸せそうな夢を見ている。他の皆もぐっすり寝ている。ヤマタノオロチさんの稽古の後に沢山はしゃいだんだ、そうなるのは最早必然である


「…さて、可愛い寝顔をもう少し見ていたいところではありますが、この子達が起きる前に終わらせましょう」


「ええ。その為に集まったんだもの」


こうして守護けものが集まったのは、サンドスター火山の噴火以降に起きた出来事についての報告会をするため。ただ話すだけなら、ここに態々集まらずに、映像を繋げてそれぞれが担当するエリアから会議をすればいい。そうしなかったのは、盗聴やハッキングを警戒し、他の誰かに聴かれないようにするため。今回の議題はそういう内容だ


「まずはハンターセルについて。これは皆さん知っての通り、セルリアンの中でも最上級に危険な個体です。過去に出現した際も、その厄介な性質を振るい、各地で大きな被害を出しました」


各エリアには、ここにあるものより少し規模の小さいサンドスター火山がある。ここの火山が噴火した日、新しいフレンズの誕生とハンターセルの出現が、他のエリアでも同様に起こっていた


「幸い、全エリアで犠牲者はいなかった。怪我人は出たものの、その者達は皆軽傷で済んだことも奇跡であった。…だが」


「サーベルタイガーさんのビースト化…ですね?」


「…うむ」


ビースト…正直あまり思い出したくないが、話さないという選択はない。とはいえ、内容は前にカコさん達と話したものとそう変わりはない。過去に起きたことを交えて、今回起きたことを再確認していく


「ヤマタノオロチさん、彼女の相手をしてて何か感じましたか?」


「一度野生解放をさせたが、他の奴等よりも力と輝きが強かった。ビーストの影響が少しばかり残っているのかもしれんな」


「それは…もしかしたら、またビースト状態になるかもしれない可能性が?」


「0とは言えないな」


ビーストの力は強大だ。ハンターセルという、本来複数のフレンズで一体を相手しなければならないくらいの強敵を、たった一人で、しかも複数をほぼ一撃で倒すくらいの力だ。制御出来れば頼もしいが、出来なければ待っているのは破滅だけ


サーベルタイガーさんには、このことを踏まえて改めて話をする。彼女にも普段から気を付けてもらえば、再発する確率はグンと下がるだろう。もし自分でその予兆が分かるのであれば、その都度俺を呼んでもらうことも提案してみようかな


「ビースト化、もしくはビーストとして生まれたフレンズが出現した場合、余等も死力を尽くす。その後はコウ、そのほうに頼むことになるであろうが…」


「任せてください、その為のキメラでもありますから」


「頼りにしていますよ。では次の議題ですが…まずはコウ、これらを見てください」


「写真?これが何か……これは…!」


オイナリサマが取り出した1枚の写真。そこに映っていたのは4体の異形のセルリアン。どれもこれも見覚えがあり、あってはいけないものだった


炎竜バーナー水竜ストリーム地竜リアクタン風竜ライトニング…昔俺達が戦った、カードゲームの魔物達モンスター…。これはどこで?」


「リウキウのビーチだよー。最初はビックリしたけど、全然強くなかったねー」


「あの本は今も図書館の地下にある。貸し出しもしていないのにどうしてだ?」


「おそらくだけど、セルリアンは一度模倣したものを記憶してて、いつでも再現できるんじゃないかしら。ただあくまで推測だけど、模倣した元が異世界の本という特殊なケースだから、情報を完全には共有できてないのかもね」


「マルカ達も戦ったらしいんだけど、動きは単純で問題なかったって言ってたしね~」


過去に出現した個体は、それぞれの属性に沿った能力を持っていた。火を使ったり水を噴射したりだ。だけどこいつらはなかったらしい。たまたまなのかは分からないけど、出会ったら持っていることを前提に戦った方がよさそうだ


こうなった以上、他の種類も現れると考えておいた方がいいだろう。ハンターセルといいこれといい…セルリアンは厄介事をどんどん増やしてくるな…


「今回はこんなところですね。…コウ、改めて聞きます。守護けものという立場を降りるという選択肢はありますか?」


オイナリサマの真剣な眼差し。キョウシュウを任されるようになる前に、かつての俺もされた問答。彼女の瞳はあの時と変わらず威圧感があり、そして心から俺を心配していたのが分かった


トウヤとシュリを撫で、キングコブラを見る。一度瞳を閉じ、そして答える


「ありません。俺は、守護けものという肩書きと使命を背負っていきます。それが茨の道であったとしてもです」


「…キングコブラ、貴女はいいのですか?また同じ事が起こりえます。その度にまた、貴女の心も…」


「私は、コウがしたいことを応援したい。そして、隣で支えていたい。その覚悟は、子供が生まれる前から済ませてある」


真っ直ぐな、力強い妻の宣言。守護けものとしての役目を、父親としての覚悟を一緒に背負ってくれている。よくはないんだろうけど、それがなによりも嬉しくて、何度聞いても顔が綻んでしまう


「…そうですか。であれば、私達から言うことは何もありません。これからもコウをよろしくお願いしますね?」


「任せておけ。…それに、こいつは守護けものであってもなくても同じ事をするだろう。何をどう言っても無駄だ」


「流石は夫婦ね、よく理解しているわ」


それに関しては…返す言葉もないです…


「…さて、難しい話はここまでじゃな?であればコウ、ここからは酒のつまみに、わしらが復活するまでの話を聞かせてはくれまいか?」


「それと、異世界の話も聞いたいなー!」

「情報共有は大切だしね~!気になるな~!」


「構いませんよ。俺も貴女達の話し聞きたいですしね」


「盛り上がるのはいいが、子供達が起きない程度で頼むぞ?」


「分かっておるわい!さあさあ飲め飲め!」


呆れたような顔、ワクワクしてる顔、苦笑いしてる顔…心に秘めた想いはそれぞれだけど、誰もが今を楽しんでいる


俺はジュースを注ぎ、皆とコップを合わせ、ぐいっと同時に飲み干し、お菓子を口に入れる。満開の桜を眺めながら、俺達はもう少しだけ、昔話に花を咲かせるのだった

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る