第31話 ちからくらべは刺激的
「二人ともいったぞ!」
「リカオン!合わせますよ!」
「オーダー、了解です!せーの…!」
『━━━━━━ッ!?』
「こ、これでも足りない!?」
「ですが…ヒグマさん!」
「ああ!これで、トドメだ!」
『━━━━━━…』
パカァーン!
「…はい、そこまで。三人ともお疲れ様、最初よりタイムが縮まってるよ。連携が上手くいった証拠だね」
「ですが最後、私とリカオンの攻撃では倒せませんでした。威力がまだまだ足りないですね」
「お互い、踏ん張れなかったのもありそうですね。もう少し体幹を鍛えた方が良さそうです」
「パワーももっと付けないとな。最初の一撃で仕留められるような、勢いのある攻撃が必要だ」
ジャパリまんを頬張りながら、それぞれが反省点を述べている。疲れている中でのベストタイムが出たというのに、三人は満足せずもう次を見据えている
ヒグマさん、キンシコウさん、リカオンさん。元祖セルリアンハンターが戦っていたのは、俺が創り出した『ハンターマジムン』。場所は海岸付近で、周りに障害物になりそうなものがない開けた所。地形を利用しない連携を試したい、再び合間見えるであろうハンターセルとの模擬戦がしたいという2つのお願いを受け、こうして八雲道場は再び開門したのである
マジムンの人工知能…Aiといった方が分かりやすいか、それがかなり安定してきたので、少し離れたところで俺は手を出さず見守っていた。なんだか守護けものとしての役割をちゃんと果たせていた気がする。これに関しては、オイナリサマにガミガミ言われることはもうない…はず
「パークを廻ってて、変なセルリアンは見てない?昔に戦った竜型とか、
「そうだな…あっ、あのイルカみたいなやつがいたな」
「ああ…あのちょっと気味の悪いやつですね…」
「あれは色んな意味でキツかったですよー…」
うわっ、よりによって
リウキウエリアでモンスター型セルリアンが発見されてから、こっちでもちらほらと出現報告が出始めてきた。対処法は通常のと特に変わりなく、大型が出現していないのがせめてもの救いだ
「対処が難しいと思ったら、すぐに引いて連絡してね」
「分かってるって。…さて、行くとするか。今日はありがとう、また暇が出来たらよろしく頼む」
「了解。そっちも暇が出来たら遊びに来てね、子供達も喜ぶ──」
カサカサッ…
「──ん?」
「どうした?」
「いや、今あの茂みから何か聴こえたような…」
「気のせいじゃないですか?」
「んー…そうかも。んじゃまたねー」
…と言って別れたものの、俺の耳はしっかりと捕らえていたんだよな。見られてたような気もしてたし。リカオンさんにも聴こえなかった微かな音だったから、空耳の可能性もなくはないけど…
「…そりゃ、いないよね」
謎の正体の影も形もそこにはなく、綺麗な緑色をした植物がいつも通り鎮座しているだけ。セルリアンの話をしたから、もしかしたら意識が過敏になっていただけかもしれない
まぁいいや、とりあえず今日は真っ直ぐ帰ろう。もうすぐおやつの時間だし、子供達を待たせるのは可哀想だしね
*
「今日のおやつはなーに?」
「今日はプリンだ。絵本を閉じて待っていような?」
「はーい!」
冷蔵庫から、4つのプリンをお盆に乗せる。今日はカラメルたっぷりのやつ。チラッとリビングを見れば、まだかまだかとそわそわしているトウヤとシュリ。大丈夫、そんなに慌てなくてもプリンは逃げないからね
「た の も ー ! こ こ に コ ウ と い う 者 は い る か ー !?」
突然の大声に、子供達はビックリしてテーブルの下に隠れた。キングコブラはお茶を溢しそうになったし、俺もプリンを落としそうになった
「た の も ー ! コ ウ と い う 者 は い る か ー !?」
「…なんだ?お前を呼んでるぞ?」
「遊びに来たのかな?」
「パパのお友達なの?」
「いや、パパのお友達じゃないし遊びに来たわけでもなさそうだ。初めて聞く声だし、こんな訪ね方をしてくる子は知らない」
元気いっぱい…というには少し毛色が違うな…なんというか、突撃してきそうな感じだ。漫画で例えるなら、扉をバーン!って勢いよく開けて部屋に入ってきそうな声だ。ヘラジカさんに近いものを感じる。というか『たのもー』ってなにさ。戦いにでも来たのか?
「い な い の か ー い !? た の も ー !」
「はいはいいますよ!全く誰ですか?ろっじのお客さんにも迷惑ですよ?皆ビックリしてしまいますのでやめてくださいな?」
「アハハ、ごめんごめん、ついね」
意外と素直に謝ったその子は、立派な鬣とマフラー(?)を持ったフレンズだった。細い尻尾が左右に常に揺れていて、ケモ耳はピンと立っている
「で、俺がコウだけど、君は誰?」
「オレは “ケープライオン” !あんたに用があって来たんだ!」
ケープライオン…確か、昔に絶滅したライオンだったか。別エリアで再フレンズ化して、ここに遊びに来たのかな
「用って何?」
「それはだなー──って…んん?なんかあんたから美味しそうな匂いがするぞ?これは何の匂いだ?」
スンスンと鼻を鳴らし、興味深そうに俺を嗅ぐケープライオンさん。微かについたカラメルの匂いに気づくとは…てかこのままだとずっと嗅がれそうだ。それは俺にとってとんでもなくマズイ。妻が出て来たら特にマズイ。そうならないための対処法は…
「良かったら食べてく?」
*
「なんだこれ!?すっごく美味しいぞ!?」
「パパのデザートは世界一なんだ!」
「毎日美味しいのがいっぱいあるの!」
「こんな美味しいものが毎日も…!?これを食べているのも強さの秘訣だったり…!?」
勘違いと言っていいのか分からない何かをぶつぶつ言っては、プリンを口に運んでその美味しさに震えているケープライオンさん。ここまで新鮮なリアクションをしてくれる子は久々だな、ちょっと嬉しいからさっきのことはなかったことにしてあげよう
「ごちそうさまでした。さて、改めて自己紹介をしよう。オレはケープライオン、『百獣の王の一族』の新参であり、バリーとはライバルであり親友だ。よろしくな!」
「よろしく。それで、コウに会いに来た理由はなんだ?」
「バリーから聞いたんだ、パークには恐ろしく強いフレンズがいると。そしてコウ、お前がその一人だということを。あのバリーが自分よりも強いと認めたフレンズにオレも挑んでみたい…そう思いここまでやってきたんだ!」
後半早口になってたけど、要は『手合わせ願いたい』ということか。闘争本能が高そうな子にそんなこと言ったらそりゃこうなるよ。バリーさんには後で注意しておかないと
「パパとケープちゃん戦うの?」
「けんかするの?けんかはダメだよ!」
「喧嘩じゃなくて、強くなるための修行だよ。ほら仮面フレンズの漫画でもあっただろ?仮面フレンズが友達と『ちからくらべ』をしていたところ」
「あっ!あれなら大丈夫だね!」
「あれなら怪我しないもんね!」
【ちからくらべ】
お互いに耐久力のあるバリアを張ることで、怪我なく思う存分にフレンズ同士での模擬戦が出来るシステム…というのが漫画での設定。かつてのパークには実際にあったようで、セルリアンが使ったバリアを解析し、4体のラッキービーストにより再現して発動、これに利用していたらしい
しかし現代において、そのデータは残念ながら吹っ飛んでなくなってしまった、と両親が言っていた。もう一度創ろうにもデータがないし、他に優先してやることが多いため、未だにそのシステムは復活の目処が立っていない。カコさんがガックリと肩を落としていたのが記憶に新しい
おもいっきりやれるのは、俺を含めた守護けものがいる時くらいだ。簡易結界をバリアに見立ててやれば、漫画と同じように怪我なくできるけど、それをやるのは本当に稀。へいげんの子達もハンターも、皆生身でやりたがるから困ったもんだよ…
「やってくれるんだな!?ならさっそk」
「却下。今日はもうお仕事終わったのでゆっくりしたいのです」
「えーっ!?一回くらいいーじゃねーか!頼むよー!せっかく来たんだぜー!?」
そんな驚かなくても。なんで断られないと思っていたんだろうか。そして予想通り押しが強いのなんの
「「ダメ!」」
「うおっ!?」
「パパはお疲れだからお休みしてもらうの!」
「ゆっくり寝んねさせてあげるの!」
「「だからダメ!」」
ライオンを睨み付ける、幼い二人の確かな圧。パパをこんなに労ってくれるなんて…嬉しくて泣いちゃう。今日は早く寝るからね…
「…そうだな、自分のことばっかり考えてた。ごめん」
「分かってくれたからいいよ。明日ならいいからさ、今日はせっかくだしこの辺観光していきなよ。ろっじに泊まるのも良いもんだよ」
「なら明日頼む!楽しみにしてるぜ!」
切り替え早いな。まぁいっか、明日は何も予定ないし
◆
「では、これから『ちからくらべ』をしたいと思いますが…なんでいるの?いつの間に?」
「昨日だ。私も手合わせをしてもらいたいと思って来たんだが、どうやらタイミングが良かったらしいな。いいか?」
「まぁいいですけど…」
ケープライオンさんに余計なことを吹き込んだバリーさん、参戦!武を重んじ、誇りに思う彼女は、静かに順番を待っている。訓練とはいえ真剣勝負、その邪魔にならないようにしているのは流石だと言いたいが…甘いぞバリー、隠しきれない程のうずうずが身体から出てるぞ
「パパがんばれー!」
「パパ負けないでー!」
「ああ、パパがんばr…ちょっと待って、なんでいるんだ!?キングコブラ!」
「パパの強さを見たいと言って聞かなくてな…」
「ううん…」
ちからくらべや修行等を、子供達に見せたことは一度もない。訓練とはいえ、他人に力を振るうような姿を見せることになるからだ。だから迷う、本当に良いのだろうかと。教育に悪いんじゃないのかと。まだ早いんじゃないかと
「私の漫画を読んでいる時点で、そんな考えは無意味ないんじゃないかな?いいじゃないか、少しくらい見せたって。この子達は他人に暴力を振るう大人にはならないさ。それに、この子達が一番見たいのは、パパの強い姿なんだからね」
オオカミさんの言葉に、ちょっと納得した自分がいた
そうだ、この子達なら分かってくれるはずだ。『強くなって皆を護れるように』『困ってる子を助けられるように』という、ちからくらべをする意味も、その安全性も。そして、『この力で皆を護っているんだよ』と、俺が伝えればいいだけなんだ
「ラッキーさん、バリアをお願い。 …やるふりでいいからね(小声)」
「分カッタヨ。“バリア” を展開中…展開中…」
それっぽい音を出してもらってる隙に、指を鳴らして結界を発動。俺とケープライオンさんをバリアが覆う。よく自分につけている『耐久力1の復活する』バリアではなく、何回か耐えた後に割れるシャボン玉のように透明なものだ
「いつでもいいよ」
「なら早速やろうぜ!」
「では両者構えて──始めッ!」
「おっっっっっっしゃああああああ!!!」
「おっ…と」
「避けたか!まだまだいくぞぉ!」
頬を勢いよく掠める、彼女の両拳。風圧だけでダメージを受けそうなくらいの威力だ。まともに喰らえば、そこらのセルリアンなら一撃で破壊されるだろう
「そらそらそらそらぁ!こんなもんかい!?」
「ふむ…」
ラッシュが激しくなる。ギリギリで避けるには、少し動きを変えていかなきゃいけないくらいの速さになってきた。一発じゃ壊れないとはいえ、何度も受けたらバリアが壊れるのは時間の問題。流石は百獣の王、バリーさんが認めるのも頷ける
ただ、一点だけ気になった
「ケープライオンさん、常に本気を出しすぎてると思う」
「ん?どういうことだ?」
「本気になるのは、一瞬でもいいんじゃないかなってこと」
バリーさんやハンター達と、彼女の決定的な違いはそこだ。そんなことをしていたら直ぐにバテてしまい、思わぬところで足元を掬われてしまう可能性だってある。それに、そんな状態で野生解放を重ねても、きっと改心の一撃なんて出ないはずだ
「そう、こんな風に──ねッ!」
「っ…!?なにぃ!?」
繰り出された右拳を最小限の動きで避け、その隙に大きく開いた右脇腹に左拳を入れる。動きこそジャブだけど、その威力は彼女にとって無視できなかったようだ。それでいい、それが狙いだ
サンドスターを一瞬だけ拳に集めることで、消費を最小限にしつつ、最大限に近い威力を放つ。野生解放によるバフを、全身ではなく身体の一部でのみ行う。精密なので意識的にやるにはとても難しいが、使いこなせれば戦術が格段に広がる技だ
「なんだ?何かが変だったような…」
「気づいた?さっきのはね、こうしてサンドスターをあt」
「いや、言わなくていい。自分で掴んでみせるからな!だからもっともっと見せてくれよ!」
「…りょーかい!思う存分、見ててっていいぞ!」
これはもうちからくらべという勝負ではなく、彼女の訓練に成り代わった。だがそれでいい、俺の役割は時に皆を護り、時に皆を導くこと。彼女の望むことを、出来る限り叶えてあげることが大切だ
彼女は今まで出会ってきたフレンズの中でも、トップクラスに力が強い。そして格闘センスも高く、バリーさんと同じく武術を学べば、直ぐに吸収して戦いに応用できるだろう。彼女は、いや彼女達は、これからもっともっと強くなれる
皆が強くなるのが嬉しい。皆の役に立てているのが嬉しい。楽しそうな顔を見れるのが嬉しくて、ついつい夢中になって見とり稽古のようなものを続けていた
そう、夢中で。だからなんだろうな
「…トウヤ?シュリ?どうした?」
小さくて大きな、見落としをしてしまっていたんだ
「トウヤ!?シュリ!?」
キングコブラの叫ぶ声。何があったのかを把握する前に、それは起こりそして終わっていた
「な…なんっ…!?」
「コウ!」
「おっとと…大丈夫、問題ないよ」
2度の衝撃があった。何かが、俺の身体を引き裂こうとした。幸いバリアによって怪我を負うことはなかったが、もしなかったら俺は大怪我をしていたかもしれない。そう思えるほどの威力だった
瞳を見開くバリーさんとケープライオンさん、呆然としているオオカミさん、駆け寄ってきたキングコブラ。俺は不安そうな顔をする彼女の手を握りながら、視線を原因にゆっくり向けた
「トウヤ…?シュリ…?」
「ヴヴヴ…ヴヴヴヴ…!」
「グルルル…グルル…!」
とても小さなその身体に、似つかわしくない大きな威圧感。普段の可愛い仕草は鳴りを潜め、見えるのは飢えた獣のような姿。蜃気楼のように揺らめく輝きが、二人を覆い形を保とうとしていた
俺もキングコブラも、直ぐに理解した
トウヤとシュリは、この日、初めて野生解放をした
それはとても歪で、不完全な代物だった
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます