第16話 ドッペルゲンガー


「今日はどこに行く?」


「今日は遊園地に行くでち。アリクイとインドゾウも来るでちよ」


「おお~?行動が早い?」


「当たり前でち。ジョフは大人でちから、これくらいは余裕でち!」


ここはじゃんぐるちほーから離れた森の中。木の上で会話をしていたのはジョフロイネコとオセロット。眠たげなのか、オセロットはあくびをし、その場で器用に伸びをした


「…あっ、来たみたい?」


「そうみたいでちね!」


木の葉の隙間から見えたのは、待ち合わせをしている相手だった。身軽な動きで地面に降り、そのフレンズの元へと走り出す


「あれ?アリクイだけ?」


「インドゾウはどうしたでちか?」


この場に来たのはミナミコアリクイだけであった。彼女とインドゾウは仲がとても良く、遊びに行く時は一緒に来ることが多い。しかし今日はそうでなかった為、二人はそのことを疑問に思い質問した


しかし、目の前にいるミナミコアリクイは何も答えない。不敵に笑う姿に、ジョフロイネコとオセロットは少し寒気を感じた


「おーい!ジョフー!オセロットー!」

「遅くなってごめんね~」


「「…え?」」


そこに現れたのは、少し息を切らしたミナミコアリクイと、余裕ある顔で手を振るインドゾウだった


ジョフロイネコとオセロットの頭は混乱していた。今来たのは間違いなく、自分達の知る二人だからだ



──では、今彼女達の目の前にいるのは?



「どうしたの……って……」

「……え?わ、私がいる!?なんで!?」


「…フフフ♪」


「ひぇー!?威嚇のポーズゥ!」


両手を広げ威嚇するミナミコアリクイ。これは当然の行動であっただろう。インドゾウはすかさず、ミナミコアリクイを守るように二人の間に割って入った


対して、同じく両手を広げて笑う、ミナミコアリクイの姿をした謎の人物。彼女達に近づくことはせず、4人を見てただただ笑顔を崩さない。その場にいるだけのそれは不気味で、襲いかかってくるよりも恐怖を感じられた



「フフフ…アハハハハ!」



「「「「わぁー!?」」」」



突如、強風が巻き起こる。草木は揺れ、枯れ葉は舞い、視界が覆われる。飛ばされまいと必死に耐える4人の耳に届くのは、それの大きな笑い声だった


「…いなくなったでち」

「どこに行ったの…?」

「な、なんだったんだよぉ~!?」

「今のは…一体…?」


眼を開けた時には、それは既にいなかった。何もかもが分からないこの状況に、4人は暫く動くことが出来なかった





────────────────────





「トウヤ、捕まえた♪」

「シュリゲットよ!」


「捕まっちゃったー!」

「パパー!ママー!助けてー!」


「任せておけ」

「直ぐ助けてやるからなー」


朝食が済み、エネルギーが充電された俺達は、中庭で『ケイドロ』をしている。警察側はオオカミさんとキリンさん、泥棒側は俺達家族。早速トウヤとシュリが捕まったので、夫婦のコンビネーションで助けに行くのである


「さて、どうやって攻めていこ──」


「コウさん、少しいいですか?」


「──うん?」


ラッキーさんを抱えて、アリツカゲラさんが俺達の元に来た。どうやら俺宛に通信が入ったらしい。皆に一言言って、一人少し離れた場所で通信開始。相手は父さんだ


『おはよう、コウ。今大丈夫か?』


「おはよう、大丈夫だよ。どうしたの?」


『それが…だな…その…』


…父さんにしては歯切れが悪いな。何か迷っているような、本当にこれでいいのか…そんなことを思っているような雰囲気を感じる


『見間違いじゃないでち!ジョフは見たんでち!』

『あれは絶対、絶対私だったんだよぉ~!』


「…ん?」


『お、落ち着いてください。疑ってないですから、詳しくお話を聞きたいだけですから、ね?』


向こうから聞こえてきたのは、声からしてジョフさんとアリクイさん。どうやら母さんに迫っているようで、慌ただしさが十二分に伝わってくる。他に聞こえた声は…オセロットさんとインドゾウさんかな


「…何かあったの?」


『…コウ、“ドッペルゲンガー” という言葉は知っているな?』


【ドッペルゲンガー】

自分自身の姿を自分で見る幻覚の一種で、『自己像幻視』とも呼ばれる現象。同じ人物が同時に別の場所に姿を現す現象を指すこともある。この言葉を聞いた時、大抵の人は後者を思い浮かべるだろう


「知ってるけど、それがどうs……まさか」


『…ああ、そのまさかだ。彼女達は森の中で、に出会ったそうだ』


「っ…!」


俺の脳内に溢れ出したのは、過去にあった1つの事件


昔、俺の姿をコピーしたセルリアンが現れたことがあった。『スカー』と名乗ったそいつは、キョウシュウ全域を巻き込んだ事件を起こした。今でも鮮明に思い出せる。あれの厄介さを、あの時の悪意を


もしあいつみたいな奴が、再び現れたとしたら…


『あっ!コウでちか!?』


「えっ、あ、うん、そうだよ」


『私達、“もう一人の私ミナミコアリクイ” を見たんだぁ!嘘じゃないんだよぉ!』


「…大丈夫、信じるよ。その話、詳しく聞かせてもらうね」


彼女達の慌てぶりを聞いてたら、心が多少落ち着いた。まずは些細なことでもいいから、情報を集めていかないとね


「もう一度聞くけど、見た目は全く同じだったんだよね?」

『そうだよぉ!あれは絶対私だったんだぁ!』


「声はどうだった?」

『声もそっくりだったわ~』


姿も声も完璧…か。なら──



「──そいつから、?」



『…あっ、してないかも?』

『確かにしてなかったでち!』



よし、一番貴重な情報をゲットだ



後は、その時の状況、そいつの行動、時間帯等を聞いておく。ゆっくり丁寧に、彼女達は教えてくれた


「皆、話してくれてありがとう。解決したら教えるから、後はこっちに任せてくれ」


『わ、分かったでち』

『気を付けてねぇ…』

『無理はダメだよ?』

『ありがとうね~…』


彼女達は遊園地にいる。こんな状態じゃ楽しむことは難しいと思うけど、どうか少しでも忘れられることを願うよ


『本当にセルリアンじゃないかどうかは実際に見てみないことには分からないが…少なくとも、彼女達に被害が及んでいなかったのは幸いだったな…』


…そう、取り敢えずは良かったと言える。それにあの二人の鼻でああ感じたのなら、セルリアンでない可能性は大いにある


それでも油断はできない。違う脅威の出現、またはそれになりうる可能性もあるのだから


『今はラッキービーストやハンターが探してくれてはいる。だが見つかる気配が全然なくてな。現状はこんな感じだ。公にする必要はまだないと判断したが、お前には伝えておこうと思って連絡したんだ』


「そっか。他の目撃情報はないんだね?」


『ああ。今のところ、そのような報告も、被害報告もない。だがもしかしたら直ぐにでも、次の目撃情報が出てくるかもしれn』


「あっ!コウさんいましたー!」

「おはようございますー!」


「…あれ、おはよう」


俺の元に来たのはパフィンさんとエトピリカさん。高揚しているように見えるのは気のせいだろうか?


「あっ、ごめんなさい、お邪魔しちゃいましたかー?」


『大丈夫、問題ないよ』


「同じく。二人とも何かあった?」


「はい!パフィンちゃん達、さっき凄いの見ちゃったんでーす!」


「凄いの?」


「なんと、でーす!」

「そっくりそのままのパフィンちゃんでしたー!」


『「なっ…!?」』


2つ目の目撃情報…!でも見たのはミナミコアリクイさんじゃない…!?


一体が複数の姿を取れるのか、それとも複数いて一人を写し取るのか…どちらにせよ、目撃者が増えて混乱が広がるのは時間の問題だ…!


「二人とも、それを何処で見たか覚えてる?」


「バッチリでーす!」


「それなら、そこに案内してもらってもいい?」


「いいですよー!」


「ありがとう。父さん、俺ちょっと行ってみるよ」


『…頼んでもいいのか?』


「勿論。こういうのこそ、俺の出番でしょ?」


『…すまない、頼む』


過去にあった似たような事例は二件。それはどちらも、セルリアンから派生した特殊な例。そういう相手は俺の仕事だ。焦る気持ちをグッと堪えて、冷静に話を進めていこう


「では、さっそk」


「あっとと、ちょっと待ってね」


出掛ける前に、皆に伝えておかないとね



*



「…というわけなんだ」


「まさか…そんなことが…」

「…セルリアンじゃなければいいんだけどね」

「ちょっと…怖いわね…」

「心配です…」


パフィンさんとエトピリカさんが子供達の遊び相手をしてくれている間に、皆に先程の話をしておく。当たり前と言うべきか、全員あの事件を思い出し暗い顔をした


「これから俺は、あの二人と共に行ってくる。そっちでも何かあったら、直ぐに父さん達に連絡を入れてほしい。それと…トウヤとシュリのこと、頼んだよ」


「…ああ」


妻の顔は、他の三人よりも更に暗い。その理由なんて分かりきっている、あんなことは10年近く経っても忘れられるはずがないのだから。これが本当にセルリアンの仕業じゃなくても、あのことを想わずにはいられないんだ


「あれ?パパどこか行くの?」

「私もいくー!」


「パパこれからちょっとお仕事なんだ。だから二人はお留守番してて?」


「えー!?」

「やだー!」


「ごめんな。その代わり、帰ってきたらいっぱい遊ぶから。だから良い子にして待っててくれ。な?」


「…約束!」

「ああ約束だ」

「指切り!」

「はい、指切り。んじゃ皆、いってくるね」


「…気を付けてな」

「「いってらっしゃい!」」


心配そうに見つめる妻に軽いハグをして、トウヤとシュリの頭をポンポンして、俺はパフィンさんとエトピリカさんと共にろっじを後にした



*



件の場所へ移動中、ジャパリまんを食べながら、二人はその時のことを話し始めてくれた


「あれは、パフィンちゃんとエトピリカちゃんがスタッフさんから貰った、試作品の『ジャパリチップス シュウマイ味』を食べてる時のことでーす」


シュウマイ味?なにそれ気になる…じゃなくて、真面目に話を聞かないと


「急に強い風が吹いて、袋が飛ばされちゃったんです。だからパフィンちゃん、エトピリカちゃんと一緒に探しに行きましたー」


飛ばされた場所は、みずべのステージから少し歩いた位置の茂み。案内してもらって、軽く周囲を確認する。当然、特に変わったところはない


「エトピリカたん、その袋を見つけたので、パフィンちゃんを呼んだんです。そしたら、パフィンちゃん直ぐに来てくれたんですけどー…」


「…それが、2人目のパフィンさんだった?」


「そうなんです!パフィンちゃんが右と左から来たんです!もうビックリしちゃって、エトピリカたん持ってたジャパリチップス落としちゃいましたー!」


「パフィンちゃんもすっごくビックリして、おっきな声出しちゃいましたー!そしたら、笑って凄い速さでどこかに行っちゃったんでーす!」


何処かに行った…逃げた、ってことか?行方知らずなのは気がかりだけど、とりあえず二人にも危害がなくて良かった


さて、眼に見える手がかりはここで途切れている。とりあえず、二人が指差した方にでも行ってみるか


「あれ?コウじゃないの。こんなところで会うなんて奇遇ね」


茂みから出てきたのはフォッサさん。昨日ここに来て、ずっとこの辺りで修行をしていたらしい。そして早速勝負を申し込んできた。相変わらずストイックである。勿論断りました


「聞きたいことがあるんだ。ドッペルゲンガー…自分とそっくりなフレンズを見かけたり、そんな話を他の子から聞いたりしてる?」


「そっくりなフレンズ?いいえ、何も知らないわ」


まぁ普通はそうだよね。だけどこれで、予測できることが2つ。1つはこの辺りにいる他のフレンズも見ていないだろうということ、もう1つは、そいつはもうここにはいないだろうってことだ


なら、直ぐにここを離れて、次の場所を探した方が良さそうだな


「…ねぇ、もしかして、あんな感じのやつ?」


「ん?そうそう、あんな感じ」


フォッサさんの示した先にいたのはエトピリカさん。髪をくるくると弄りながら、こっちを見て手を振っている。なんだか楽しそうだなぁ…



……って



「「「いたぁ~!?」」」



「アハハハハ!」



「っ…!?」

「けほっけほっ…!」

「けむいでーす!?」

「何も見えませんー!」



ボフンッ!と辺りに立ち込めたのは煙幕。全てが白に包まれ、偽者のエトピリカさんがシルエットになる。蛇の尻尾をおもいっきり振り回し、煙を裂いて視界を確保する


「あれ!?いませーん!」

「また何処かに行っちゃいましたー!」


「俺はあれを追う!皆はろっじに避難してて!」


「あっ、ちょ、ちょっと!?」


三人の返事を聞く前に走り出し、逃げた偽者を追う。既に見失ってはいるけど、ほんの僅かに残った、嗅いだことのない匂いを便りにしていく


あの二人の言った通り、これはセルリアンの匂いではない…が、このを、セルリアンと全く関係ないと断定することも、フレンズと断定することも出来ない


「最初はミナミコアリクイさん。次にパフィンさん。そして、今度はエトピリカさん… 」


特に共通点が見当たらない。どうやってその姿になれたのかが分からない。三人は襲われていない…つまり、輝きを奪われたわけでもない


こいつは、いったいなんなんだ…?


「本当に、面倒だよ…!」


謎も考えることも多過ぎて嫌になるけど、それを一辺に解決する方法はただ1つ


被害が出るその前に、捕まえて審判を下す…!

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