第13話 たくさんのアシュ


「はぁ~…温泉さいこ~…」

「さいこ~…」


現在、雪山2日目のお昼前。温泉から出てきて一息ついてるところ。早起きをして、またかまくら作りに勤しみ冷えた身体。それに温泉が染み渡り、まさに極楽の一時を過ごした


「そして、これがまた美味しいんだなぁ~」


「それなーに?」


「これはフルーツ牛乳だ。飲むか?」


「飲む!」


小さなビンに入った、フルーツ牛乳の蓋を開けて渡す。まずは小さくコクッと一口。気に入ったのか瞳を輝かせ、ゴクゴクと豪快に流し込んでいる。この善さが分かるとは将来有望すぎるな。だけど一本だけだ、それ以上はお腹を壊しかねないからね


キングコブラとシュリが出てくるまでの暇潰しにゲームコーナーへ。格闘ゲームやカードゲーム、あの忌々しい恋愛ゲーム等、昔あったものはそのまま置いてある。このような少々人を選ぶであろうゲーム達は、入口から離れた奥に設置されている


それ以外には、エアホッケーやぬいぐるみのクレーンゲーム等、家族で楽しめるゲームが増えた。ここもスペースが中々広がったものだ


その中から、トウヤも出来そうなゲームを探していく。え?あのカードゲーム?それはまだトウヤには(シュリにも)早い。幼子にあの難解なテキストを見せてはいけない


「あっ、二人も来たんだね」


「キタキツネさん。今は休憩中?」


「そう。やっと解放されたんだよ。今のうちに進めとくんだ」


「なにやるのー?」


「これだよ!」


いそいそと動き、最近追加された弾幕シューティングゲームをやり始めたキタキツネさん。選んだ難易度は最高ランクルナティックモード。少し前に一段階下ハードモードをクリアしたらしく、全クリアに向けて燃えている


ピチューン!


「あっ!?」


「うわぁエグい…」


「ぐぬぬ…序盤からキツい…!」


1、2面とは思えない多方向への攻撃に、見事に撃ち抜かれたキタキツネさん。『マダジョバンダカラ』と小さく呟いて再開した瞬間、自機の後ろから来た弾に当たってやられた。堪らず『こゃ~!?』っと鳴き声らしきものを上げ、トウヤがそれを真似た



「ここにいたのね、私のアシュキタキツネ!」



それに反応したのか、ゲームコーナーに走り込んできた子が一人


キタキツネさんを指差し、アシュと叫んだ女の子。色は赤っぽく、外見はここの女将であるキツネ二人に似ている


彼女の名は “アカギツネ” さん。1年前に別のエリアからキョウシュウに来て以来、ちょこちょこ顔を出しているらしい。髪が少し濡れているから、温泉に入っていたのだろう


「あら、二人が飲んでるのは何?」


「これはフルーツ牛乳だよ」


「つまり、牛乳のアシュね!」


…まぁ、そうだとも言えるけど、これにまでアシュって言わなくてもいいんじゃないかな


「ボクもうその『アシュマウント』飽きた」


「アシュマウントってなに!?」


「そのままの意味だよ。アシュへのマウント、略してアシュマウント」


「マウントなんて取ってないわよ~!」


アカギツネには沢山の亜種がいて、キタキツネやギンギツネはその一部。原種ということが誇りなのか、なにかと彼女は二人にアシュアシュと言っている。俺達も会う度に聞いているのだから、キタキツネさん達は更になのは想像に難くない


「…って、そうだ、それも大切なんだけど、ギンギツネからの伝言を伝えなきゃ」


「ギンギツネから?」


「『午後また一仕事手伝ってもらうから』ですって」


「ええ~…ボクダラダラしてたい~…」


「午後のお仕事はナナからのお願いらしいの。手伝えばそのシューティングゲームの新作を追加してくれるって言ってたわよ?」

「やる」

「相変わらずね!?」


流石キタキツネさん、ゲームのことになると判断が早い


「なになに?なにかやるのー?」

「また頼み事か?」


妻と娘が帰ってきたので、何をやるのかアカギツネさんから聞いてみる。俺達もお願いされたので、承諾して全員で参加することに。それに備えて、お昼は温かいものにしようかな


その前に、一回だけお菓子を掴むクレーンゲームをした。チョコバーが2つ落ちてくれたので、子供達のおやつになった



*



今日は快晴、寒さはだいぶ和らいでいる。それでも駄目な時はちゃんと言うように子供達に注意する。元気な返事をしたのでバッチリです


「皆、集まってくれてありがとう!」


待ち構えていたのはナナさん。彼女の後ろには、カラーコーンで区切られたコートのようなものがあり、その中には所々雪の壁が作られていた


「僕達は何をすればいいの?」


「簡単に言えば、雪合戦をしてほしいんだよね」


【雪合戦】

雪を丸めて投げ合う遊び、ゲームのこと。ルールを決めてチーム対抗で行われる『スポーツ雪合戦』というのもある。用意されたコートやルールは、それに準じて作られている。これも外のヒトとの交流イベントとして、『かまくら創作会』と交互に開いている


ただ、今回はルールを少し変えたらしい。つまり、いつも通りテストプレイに呼ばれたってことだ。デモンストレーションにもなって一石二鳥とのこと


「成る程…これは、雪合戦のアシュってことね!」


「…あはは、そうとも言えるね…」


それにも反応するの?と言いたげな顔を、ナナさんに続いてその場にいたほとんどがした。当人は眼を輝かせているけど


「それで、どんなことを変えたの?」


「色々あるけど、一番の変化は…あれだよ!」


バッ!と指し示した先にあったのは、1から3までの数字が書いてあるパネル。『ストラックアウト』で使うような物が、コートの後ろの枠の外に設置されていた


変更されたルールは以下の通り

・あのパネルを全部撃ち抜いた方の勝ち

・雪玉を当てられた場合、開始地点に戻り30秒経ってから復帰する。復帰できる回数は3回まで

・仲間の流れ弾、尻尾、手で雪玉を弾いた場合はセーフ。腕はアウト


「悪いけど勝ちは譲らないわ!ゲンシュの名にかけて!」

「貴方本当にそれ好きね…」

「もう好きなだけ言わせとけばいいと思う」

「私もアシュなんでしょうかね~?」

「それだと、私もアシュになるのかもな」


敵チームはギンギツネさん、キタキツネさん、ホワイトライオンさん、バリーさん、そして皆を率いるアカギツネさん。人一倍やる気のある彼女がリーダーを名乗った


「がんばるぞー!」

「おーっ!」

「フフッ、頑張りましょうね」

「はい!頑張ります!」

「さて、どう攻めていくか」

「どうしようかねぇ~」


対して俺のチームは、俺達家族、ブチハイエナさん、アードウルフさん。トウヤとシュリは2人で1人分、これで人数は五分だ。更にハンデとして、トウヤとシュリには雪玉を防ぐ盾を持たせている。小さな子でも持って走れる軽いものだ


審判はナナさんと数体のラッキーさん。観客には宿に泊まっていたフレンズやヒト。俺は唯一の男だからか、なんか変な注目が集まっている…気がする


ナナさんから諸々の注意を受け、雪玉を作り、壁の後ろでスタンバイ。独特の緊張感がこの場を包んでいく


『では…3…2…1…スタート!』



雪合戦、開始だ



「よし、まずは隠れながら──」


ザザザッ!


「──うおっとぉ!?」


「先手必勝!」


パァン!×2


「フッ、流石にやるな!」


「えーいっ!」


「っとと…!」


バリーさんの投げた雪玉を、ギリギリ蛇の尻尾で叩き落とすことに成功した。彼女はアードウルフさんの反撃を避け、雪玉を取りに戻った。なんという不意打ち、雪を滑る音がなければやられたかもしれない


しかし流石のバリーさん、野生解放でスピードは上がりつつも、威力は注意された通り抑えてくれていた。彼女が本気で投げたら、砲弾の如き威力だっただろう


壁から頭だけ出して回りを見渡すと、向こうも開始地点から動いていない。動くなら今動いた方が良さそうだ。アードウルフさんは逃げ隠れが上手いので、偵察にはうってつけ。ブチハイエナさんと共に先に行ってもらおう


「お前はどうする?」


「俺は暫く様子を見てるよ。それと…トウヤ、シュリ、ちょっと眼を瞑って?」


「何するの?」


「おまじない。怪我しないようにってね。…うん、OK。さぁ二人とも、行ってこい!」


「らじゃー!」

「いってきまーす!」


二人にしたおまじないは、雪玉の威力を軽減してくれる簡易結界。万が一のことを考えてのことだ。これくらいなら過保護にはならないだろう。…ならないよね?


トウヤは右側から、シュリは左から回り込むように行かせる。なるべくゆっくり進んで…って思ったけど無理そうだ


「当てられちゃったー」

「見つかっちゃったー」


そりゃそうだ、元気いっぱい駆け出すんだもの


「次は私も一緒に行こう。ここは頼んだぞ?」


「任せといて」


三人を見送って、俺は一人仁王立ち。守護けものらしく、守り抜いてやろうじゃないか



『あの人一人で残ったぞ…』

『大丈夫なのかな…?』

『どこまでいけるのか見物ですね』メガネクイッ

『あぁ…眼が離せないぜ…』ゴクリ…



…程々にしとこうかな。目立つの嫌だし



…もう手遅れな気もするけど







こんにちは。私はナナ、パークの職員です。最近はイベントの企画が主な仕事です。大変ですが、フレンズも手伝ってくれるので楽しくやっています


さて、今目の前で行われているのは、フレンズ達の雪合戦。状況は双方パネルの残りは1枚、互いに王手がかかってる


ちゃんと皆活躍してた。ホワイトライオンが雪に紛れてアードウルフとブチハイエナを一掃したり、バリーとキングコブラが一騎討ちの激闘の末相討ちになったり、トウヤくんとシュリちゃんが隙をついて二人でパネルを撃ち抜いたり。手に汗握る攻防ってこのことなんだなって思った


そんな盛り上がる場面満載だったはずなのに、今起こってることが全部持っていってる


「えーい!」

「やぁー!」


「まだまだぁ!」


「くっ…!やっぱり防がれちゃうわよね…!」

「さっきから全然当たんないんだけど…!」


コウはパネルの前で仁王立ちして、ギンギツネとアカギツネの雪玉を全部弾いてる。同時に投げても時間差で不意を突いても、咄嗟に対応してくる様はまさにラスボスって感じ。でもこれもう雪合戦とは呼べないかな…


「ここはボクがやる。二人はありったけの雪玉を持ってきて」


「何か策があるの?」


「あるよ。ボクの新技を見せてあげる!」


新技?そんなの編み出してたんだ。どんなのかな?



「こゃこゃこゃこゃこゃこゃこゃぁ!!!」←エンジェル雪遊び



それただ両手で雪玉投げまくってるだけじゃん!ていうかなにその掛け声!?また何かに影響されたの!?横の2人固まってるよ!?



「無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄ァ!!!」



なんでお返しとばかりに叫ぶの!?でもそっちは聴いたことある!成る程ラッシュ対決だったんだね!いやそうはならないでしょ!


『すげぇ…!なにもんだあの人…!』

『武術か何かの達人!?』

『痛くないのかなあれ…』

『楽しそうだし大丈夫なんじゃない?』

『あの尻尾ってやっぱり本物?』

『じゃあ男性なのにフレンズってことか?』

『そんなことありえるの?』

『まさか、高性能な機械とかだろう』

『あんなものまで作ってるのかぁ…凄いなぁジャパリパーク…』

『それ差し引いてもとんでもないけどねあの人…』


お客さんも、参加してた子達も、全員が夢中になってる。その中で一番注目を集めているのは、フレンズと渡り合ってる渦中の人


でも…誰も、彼に偏見を持っていない


彼を応援する声もする。それは、本当に良かったって思ってる



「くぅ…!ならここは必殺のジバッとジャンp」


「判断が遅い!」


パァン!


「うわぁっ!?」


「更にもう一発!」


「きゃあ!?」


「これで二人とも脱落だね。さて…残るはアカギツネさん、君だけだ。その最後の雪玉で俺を仕留められるかな?」


「うっ…や、やってやるわ!散っていった友達アシュのためにも!」


「…そうか。なら俺も、本気で答えよう」


たぶんこれが最後の衝突。会場が静まり返り、固唾を呑んで二人を見守ってる



アカギツネが駆け出す



コウが構える



そして、最後の雪玉が投げられて──







「久しぶりに張り切っていたな?」


「ハハハ…やりすぎた…」


帰る準備も終わり、子供達がアカギツネさん達と雪だるまを作ってる様子を眺めながら、キングコブラと雪合戦のことを話す。試合には勝った。妻も、子供達も、皆も、褒めてくれた。それは素直に嬉しい


ただやりすぎた。目立ちすぎた。ヒートアップしすぎた。思い返したら凄く恥ずかしくなってきた


見られること事態に抵抗はない。ヒトが、人が、人間が、俺のことをどう思おうとも、俺はもう揺るがないから。子供達の楽しむ姿を見れば、妻の微笑む顔を見れば、そんなことなんてとても些細なことに思えるから


ただ今回のことに関しては、ナナさんが帰りのバスの中で上手いこと説明してくれるとのこと。正直ありがたい、俺の存在キメラのフレンズは公にするにはまだ早いからね


「パパー!ママー!来たよー!」

「早く乗ろー!」


「はいよー。んじゃ、皆またね」

「世話になった。次もよろしく頼む」


「ご利用、ありがとうございました」

「またのお越しをお待ちしています」

「またね!今度は負けないわよ!」


キツネ達の丁寧なお見送りとリベンジ宣言を受け取り、第2便のバスに揺られて家へと帰る


帰ったらまずは…オオカミさん達に、お土産話を沢山しようかな

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