第29話 神獣の領域

——ドレアス王宮内でアッシュ達が一騒ぎ起こしていたその頃。






「母上ぇー、母上ぇー」






ドレアス王国の遥か南に広がる神獣の領域の鬱蒼と茂る森の中。


そんな森の中心地にぽつりとある宮殿内にそんな声が響き渡っていた。




この場所は強力な神獣であるドラゴンが多く住む人類にとっては未踏の地であり、神獣の領域と呼ばれる広大な森の中に場違いのように建っている巨大な宮殿がある事など人類は知る由もない。




そんな巨大な宮殿の竜族ですら悠々と通る事の出来る巨大な通路を抜けて、声を主であった1体の竜が玉座の間に入ってきた。








「どうしたの? カルルちゃん?」






特に不躾に玉座の間に入ってきた竜カルルを咎めるでもなく玉座に座る女性が優し気にそう声をかけた。


とは言っても、巨大な竜が巨大な玉座に腰を下ろし座っていたわけではない。


玉座に座る女性は竜族でこそあるが、その外見は美しいエメラルドグリーンの目と髪を持つ人間の女性の姿をしており、この神獣の領域内でも唯一人間の姿を取れる強大な力を持つ竜族だった。






「母上ぇー、僕の住処に人間がー!」






カルルのそんな言葉に女はピクリと眉を動かした。






「……人間? そんなのカルルちゃんの敵ではないじゃない」






この世界では竜族こそ最強にして至高の存在であると女は理解していた。


それに比べて人間はこの世界では竜以外の魔獣にも勝つことができないほど弱い存在である。


カルルは神獣の森の北部を縄張りとしているまだまだ若い竜だが、今の人類が少し束になった程度では勝てる相手ではない。


だが、そんな彼女の常識を覆すかのようにカルルの体に複数の切り傷がある事に気付き、女は驚いたように声を上げた。






「ちょっとカルルちゃんどうしたの!?」






「人間が僕の住処にやってきたから、ちょっと人間の国まで追いかけて行ったの。そしたら凄く強い人間が出てきてやられちゃった」






「……カルルちゃんが人間に?」






北に人間の大きな国があることは女も知っている。


カルルが追い返したのはその国の人間でカルルに複数の傷を負わせたのもまたその国の人間だと女は考えた。






「うん、レイって名の剣聖だって言ってた。剣もさ、いつものやつじゃなくてさとっても硬いやつ」






「……ミスリルね。確かこの森にも埋蔵していた気がするわ。カルルちゃんの住処を奪ったのはそれが目的か」






この世界の人間が住む領域には基本的に鉄以上の硬度を持つ金属は産出される事はほぼない。


ミスリル以上の硬度を持つ金属を生み出すのには魔力が必要とされると考えられているからだ。


神獣の領域と呼ばれる場所はそもそも大地に魔力が豊富な上に強力な魔力を持つ魔獣が多く存在する事からミスリル以上の金属が産出されやすいとされているのである。




恐らく、人間がミスリルの存在に気付いたのは単なる偶然だろう。


魔法が使えない人間に魔力の有無がどうとかの判断ができるわけがないのだから。


そして、偶然に神獣の領域にミスリルが多く眠る事に気付いた人間達が軍を率いてやってきたとそんな所だろうと女は考える。






「ふふふ」






「どうしたの? 母上」






女は思わず声を上げて、笑うのを堪える事ができなかった。




なぜなら神獣の領域と呼ばれる場所は女が治めるこの地以外にも他に沢山あるというのによりによって人間達は女が治めるこの地をミスリル採掘の地に選んだというのだから。




他の神獣の領域でもミスリルなど山のように取れる事を人間は知らないのだろうか?


それともただ近いという理由だけでこの地を選んだということだろうか?




どちらにせよ人間は愚かだとしか言いようがない。


少し冷静に考えれば分かりそうなものだというのに人間はいつまでたっても愚かで弱い生き物だと女は改めて思う。




脆弱な人間がこのエメラルドドラゴンロード・エルディアが支配するこの地に手を出して待っているのは滅びしかないのだから。

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