25話 底無しのブツカリゲイコ 

 ライデンにとって、シュンシュウが作り上げた城は未知であり、今現在何が起こっているのかも知らなかった。ただ、ここにはドヒョウがあり、体格のいい連中が集まっている。それだけで、やるべきことはわかった。


「そこのお前、ちょっと来い」


 ライデンはスライム・レギオンを指差すと手招きする。

 疑問符を浮かべながら、ドヒョウに乗るスライム・レギオン。状況がわかっていないのか、もともと純粋なせいか、とにかく素直である。

 ライデンとドヒョウ上で向き合うスライム・レギオン。巻いていたマワシもどきは無いものの、アギーハMにより破壊された身体もだいぶ再生されている。その体格は、ライデンと並んでも見劣りしない。


「ブツカリゲイコだ! さあ来い!」


 ドン! と胸をたたいたライデンは、腹を出し、ずんと仁王立ちで構える。

 そんなライデンに、スライム・レギオンはおっかなびっくりといった様子を見せる。無理もない、先程までライデンの身体はシュンシュウに乗っ取られていたのだ。

 今のライデンはシュンシュウではないのか?

 魔王の一歩手前までいった存在にぶつかっていっていいのか?

 いま、ドヒョウで何かしている場合なのか?

 様々な思考が、スライム・レギオンの足を止める。この困惑は、この場にいる魔物たちが皆、共有している感情であった。


「おい、どうした! お前ら、スモウがやりたいんじゃないのか!」


 ライデンが口にした、スモウの三文字。この三文字が、困惑するスライム・レギオンの思考を切り替えさせる。

 シュンシュウがスライム・レギオンたち力自慢の魔物に教えてくれたスモウ。ドヒョウの上でぶつかり合う、力比べ。戦うこと、勝ち負けですべてを判断する魔物にとって、スモウとはたまらなく馴染む存在であった。

 シュンシュウはスモウを教えてくれたものの、自らドヒョウに立つことはなく、そして最後にはスモウを裏切った。

 だが、今、シュンシュウであった男は、ドヒョウ上に雄々しく立ち、突っ込んでこいとこちらを煽ってくる。この男こそ、スモウそのものなのでは? スライム・レギオンの頭によぎる予感。スモウを裏切った主に落胆してしまった以上、このドヒョウ上でスモウを叫ぶ、ライデンという男を確かめねばなるまい。


「イクゾ」


「ああ、ドン! と来い! ドン! と」


 覚悟を決め、頭を突き出すスライム・レギオン。

 そして、真正面からスライム・レギオンを受け止めようとするライデン。

 スライム・レギオンが立ち、ライデンの胸にぶち当たる。


「ソ、ソンナ……!?」


 ライデンに組み付いたスライム・レギオンは、驚きを隠さなかった。

 スライムの集合体であるスライム・レギオンは超軟体であるものの、その重量はスライム数百匹ぶん。その実、超重量である。おそらく重さだけなら、ライデンを超えているだろう。

 スライム・レギオンの突進を受け止めたライデンは、まったく動かなかった。

 重い物と軽い物がぶつかれば、軽い物が吹き飛ぶに決まっている。重い物に勢いがあればなおさらだ。だが、スライム・レギオンが身体を浴びせても、ライデンは動かなかった。


「よし。そこまでだ」


 ライデンはそう言うと、スライム・レギオンの粘着質の身体をあっさり転がす。

 マスタツが苦戦したやわらかな身体をものともせず、片手でごろりと。

 転がったスライム・レギオンは、一瞬だけぼおっとライデンを見上げた後、もう一度ライデンに当たっていく。


「おっ! いいぞ! さっきより、気持ちが入ってるじゃないか!」


 ライデンの足が、わずかに後ろに動いたが、それ以上は動かない。

 だがそのわずかが、スライム・レギオンにとって、途方も無い喜びであった。

 再び、地面に転がされるスライム・レギオン。だが、今度は俯いたまま起きなかった。俯いて、肩を震わせている。彼に両目があれば、涙を流していたに違いない。


「オオオ……オオ……」


 スライム・レギオンの嗚咽が、魔物たちを震わせる。

 強靭な力を持った魔物たちは、みな不憫であった。魔王が封じられたこの世界では、いくら強大な力を持っていても、まともにぶつける先が無い。全力で暴れても、やがて人間の数の力に負けるのが常である。統治者なき魔物は、数に弱い。

 力を持て余し、生きてきた魔物たちにとって、魔王憑きもシュンシュウも希望であった。だが、今、自分たちの目の前には、それ以上の希望がある。自らの力を活かせるスモウと、いくら全力をぶつけても壊れない不動の男ライデン。


「ワレラノオウ……ワレラノオウガ……アラワレタノダ……!」


 スライム・レギオンがかしずいたのを合図に、人型の魔物は似たような仕草を取り、ドラゴンのような四足歩行の魔物も頭を垂れる。彼らにとって、尊敬すべき強者であり、魔王となるべき存在は、シュンシュウではなくライデンだったのだ。


「オウ? 王様ってことか? おい、ヴィルマ、どういうことだ? コイツらそもそも、なんで集まってんだ」


 ライデンはヴィルマにこれまでの事情を聞こうとするが、ヴィルマの姿はいつの間にか消えていた。


「アイツ、どこ行きやがったんだ?」


「わかりません。少なくとも私は何も聞いてません」


 キョロキョロと辺りを見回すライデンに、マスタツAが答える。

 アギーハMは、自身の身体の傷を片手で器用に治している。


「そうか。便所にでも行ったか? つーか、お前誰だ。お前みたいなちびっこ、こんなぶっそうなところにいたら危ないだろ」


 『おっと。いきなり喧嘩を売ってきたぞ、このリキシ。待ってろ、応急処置が終わったら、相手してやるから』


「お前も見ないうちに、態度がデカくなったな。ああいいぞ、次はお互い、何も言えなくなるくらいに潰し合おうじゃねえか」


 マスタツとライデンはすでにやりあっているものの、ライデンとアギーハはこれが初対面である。その上現在、アギーハとマスタツの精神は入れ替わっている。この状況でライデンがマスタツとアギーハのあり方を理解するのは、まあ無理だろう。


 とりあえず、コイツらは放っておこう。ライデンは当面の問題であり、今の自分でも理解できる話に着手する。


「王だかなんだかよくわからんが、俺はそんなもんになる気はぜんぜんない!」


 魔物たちに高らかに宣言するライデン。

 自らの力を託せる相手に拒絶される。それは、辛く悲しいことである。

 だがライデンは、そんな悲しみが伝わるより先に、新たな宣言を叫ぶ。


「俺はリキシだ! スモウトリだ! そして目指すべきは、リキシの頂点たるヨコヅナだ! お前らが、スモウに興味を持ったなら、とにかくついてこい! ケイコしてチャンコ食って、ケイコして。共に、スモウの道を歩こうじゃねえか!」


 俺は王になる気はない。

 スモウの頂点、ヨコヅナを目指している以上、どんな王にもなる気はない。

 人間だろうが魔物だろうが、スモウが好きならば同士である。

 それでいいなら、ついてこい!


 器が大きいのか、それとも底抜けなのか。

 ただ少なくとも、魔物たちは感動に打ち震えていた。

 そして、トンビに油揚げをさらわれる形となった、アギーハMだけが不貞腐れていた。それは、わたしがカラテでやりたかったのだと、すねている。


 そんな時、この場に漂う感動も何もかも吹き飛ばす勢いで、力自慢の魔物にしか動かせない巨大な城門が大開きとなった。先程、マスタツがセイケンヅキで門をこじ開けた時以上の勢いである。

 その場にいるリキシも魔物もカラテカも、門を開いた小柄な人物に注目する。

 そこにいたのは、魔物としての実力と格はあるものの、城門を開けられるだけの体格と力がないため外に追放されていたワイト・プーリストであった。


               ◇


「うーん……むにゃむにゃ……美味しい……」


 風雲急を告げる外の情勢とは真逆の、静かすぎる地下牢。

 チャンコに屈した女戦士は、膨らんだ腹をなでながら幸せそうに寝ていた。

 そんな地下牢の扉が、ゆっくりと開く。


「……誰だ!」


 たとえ、チャンコと食べてすぐ寝る気持ちよさに屈しても、まだ戦士としての気概まで死んだわけではない。女戦士は即座に飛び起き、武器代わりにスプーンを構える。なんだかもう、ダメな気がするのは気のせいか。


 牢の外から飛んできた鍵束。鍵束は、女戦士の足元に落ちる。

 女戦士が鍵束を拾ったところで、女の声が聞こえてくる。


「今すぐ、仲間を助けて、ここを出な。そして、城門の近くでこれからおこなわれる戦いを見るんだ」


「戦い? いったい、外で何が起こってるんだ? そもそも、お前は誰だ!?」


「そんなことより、急がないと。四百年前の英雄たちは、魔王の封印には成功したものの、逃げた高位魔族を滅ぼす手段は編み出せなかった。それは、子孫であるそちらも同様。でも、今、わたしたちが思いもよらなかったやり方で、高位魔族をギタギタにしている男がいる。英雄の子孫である以上、それを見届けるのは、あんたたちの義務だ」


「何故それを知っている! 影に隠れてないで、私の目の前で説明しろ!」


 女戦士は叫ぶものの、それ以上の返答はなかった。

 諦めた女戦士が、鍵束を手に牢を脱出したところで、声の主は物陰よりその姿をあらわす。


「わたしが見惚れたスモウとリキシが起こす奇跡。あんたたちにも見せてあげるよ。いや、高位魔族に立ち向かおうとする人間なら、絶対に見ないといけないんだ」


 そう言って、ライデンたちの元へと戻るヴィルマ。

 ヴィルマの顔は、どんな状況でも最低限保っていた飄々さが一切消え、今までにないほどに真剣な面持ちとなっていた。

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