問30 互いを知ることで交際を深めるために会う約束は?

「恋愛雑学クイズ~っ」


 教卓前に立つ出題者兼進行役の橘が、元気よく声を上げた。

 クイズ研究部の部活を行っている教室では、間隔を開けて横に並び置いた机を前に座る、部長と副部長、書紀が笑顔で手を叩いている。三人の手元にはそれぞれ、スケッチブックと黒のインクペンが用意されていた。


「本日はストレートに、恋愛における雑学クイズをおこないます。そもそも皆さん、恋愛はしていらっしゃいますか?」


 進行役に問われて、部長と副部長、書紀は口を固く結びながら作り笑いをしながら互いに顔を見合った。


「どうですか?」


 進行役と目があってしまった書紀は、


「……えーっと、恋愛は……まあ、クイズと同じで、一人ではできないですし……」


 手をすり合わせながらしどろもどろに答え、二人はどうですかとたずねる。


「そうですね……恋愛もクイズとおなじく、傾向と対策を疎かにしてはいけないと思います。クイズには早押し、マルバツ、三択四択、難易度やジャンルなどもあります。過去問題をはじめ、市販されているクイズ本を読み込み、クイズ番組の録画を見直し、わからなかった問題をノートに書いておぼえることで、傾向もつかめるようになりますからね」


 副部長が横目で、部長をちらりと見た。


「競技と恋愛は両立してはならない、恋愛は無駄、恋人に費やしている時間はない、なんていうコーチもいるかもしれません。海外では『どんどん恋愛しなさい』というそうです。なぜなら、交際相手は誰よりも自分を認め、尊重してくれる存在という認識。だから、『恋人がいなかったら、いい結果を出して誰が褒めてくれる? 褒めてくれる人がいるからがんばれるんだろ』と、恋愛を勧めているようですね」

「へえ」


 副部長と書紀は、感嘆の声を漏らした。


「なので、うちの部も恋愛を推奨しています。こそこそ隠れてやらず、堂々と恋愛をしてもらって構いません」

「さすが部長。ところで、先程の質問なのですけれども、まだ御三方からは、明確なお答えを頂いていないのですが」


 進行役の言葉に三人は、天井を見たり窓の向こうに視線を送ったりして、目を合わせないよう反らし続ける。


「恋愛には疎い御三方には、これより恋愛雑学クイズをおこなってもらいます。知っていると得することばかりですので、がんばって挑んでください。ルール説明をします。全部で五問、ご用意いたしました。答えやすいよう三択にしてありますので、解答をお手元のスケブに書いてください。正解すれば一ポイント、不正解の場合はポイントが付きませんが、減点もありません。最終的にポイントが高かった人が優勝となります」


 説明を聞きながら三人は、それぞれスケッチブックを開き、ペンを手にとった。


「問題。広島大学の研究によれば、告白が一番成功しやすいのは次のうちどれでしょうか。A、出会ってから三カ月未満。B、三カ月以上六カ月未満。C、六カ月以上一年未満」


 三人はインクペンを手に持ち、スケッチブックに書いていった。書き終わると、ペンに蓋をし、スケッチブックをふせる。


「一斉にみます。スケッチブックをオープン」 


 進行役の声に合わせて、三人はスケッチブックを立てた。

 書紀はBと解答。

 部長、副部長はそれぞれAと答えていた。


「思い立ったら即行動だと思いまして、ぼくはAにしました」


 副部長の言葉に続いて、


「奇貨可居。好機逸すべからずですね」


 部長も大きくうなずいた。

 二人に対して、書紀は異を唱えた。


「そうはいってもですよ、相手を知らずして告白に至るには早急すぎると思うんです」


 それぞれの性格が垣間見えたところで、進行役が正解を告げる。


「答えは、Aの出会ってから三カ月未満です」


 書紀がスケッチブックを閉じて苦笑いを浮かべる隣で、


「やった~」


 部長と副部長はスケッチブックを掲げて喜んだ。


「告白を成功させた人のうち、三十五パーセントは、三カ月以内に想いを伝えています。失敗した人の中で最も多かったのは一年以上で四十五・八パーセントとなっています。恋愛成就には早めの行動、思い立ったら吉日ですね」


 つぎに行きます、と進行役が手元の問題用紙に目を落とす。

 三人はすぐにスケッチブックをめくり、ペンの蓋を外した。


「問題。同じく、広島大学の研究によると、告白が成功しやすかった時間帯は次のうちどれでしょうか。A、昼。B、夕方。C、夜」


 三人は書き終えると、ペンに蓋をし、スケッチブックをふせる。


「では、書紀から見ていきます」


 進行役に促され、書紀はスケッチブックを立てた。


「Aの昼をどうして選んだのかというと、昼間のほうが直接会う機会もあるし、なにより冷静だからです。副交感神経がはたらく夜は、理性よりも情動が優先されます。妄想や思い込みが広がって感情的となるため『夜に手紙を書くな』ともいわれるほどです。なので、昼間の方がうまくいくとおもいました」

「なるほど。つぎに部長、スケッチブックを見せてください」


 進行役に言われて、部長がスケッチブックを立てた。


「俺は、Cの夜にしました。書紀の指摘どおり、夜は冷静さを欠きます。それは告白される側も同様だと考えたので、いもちが高ぶることで、ついOKしてしまうのではと思いました」

「なるほど、面白いですね。では副部長、見せてください」


 待ってましたと、副部長はスケッチブックを立てる。


「ぼくは、Bの夕方にしました。二人のいうこともわかってますが、放課後や帰宅時のほうが相手と二人きりになれる状況になりやすいのではと考えました」


 三者答えがわかれたところで、進行役は正解を告げる。


「正解は、Cでした」


 書紀が笑うとなりで、部長副部長は机に突っ伏していた。


「最も告白しやすい時間は夜、正確には深夜零時から午前五時の間が最も成功した結果が出たそうです。とはいえ、おそすぎるのもいろいろ問題があるので、同じ夜でも深夜零時をまたぐ前にするといいかと思います。ちなみに、十二時から十七時台に告白して成功した人は四十四・二パーセントと最も低い傾向にありました」

「四割を越えてるんだから、夕方でもいいと思うんだけどなぁ」


 副部長は、ふふふと負け惜しみに笑う。


「プロ野球で四割打者になることはきわめて難しいですからね」


 部長が養護した。


「では、つぎに行きます」


 進行役の言葉に三人はすぐにスケッチブックをめくり、ペンの蓋を外した。


「問題。初デートで仲が深まる時間は、次のうちどれでしょうか。A、一時間。B、二時間。C、三時間」


 三人はそれぞれペンを走らせ、スケッチブックを伏せた。


「副部長から見ていきましょう」


 促され、スケッチブックを立てる副部長。


「ぼくは、Bにしました。一時間では物足らないだろうし、三時間だとくどくなるのかなと思いました」

「くどくなるのですか、なるほど。ではつぎに部長、みせてください」


 ばばん、と部長は自ら効果音を口にしてスケッチブックを見せる。


「俺は一時間。時間をかければいいというわけではないと思うんだよね。濃密であれば、一時間でいいんじゃないかな」

「なるほど……では、さいごに書紀、お願いします」


 はい、と答えて書紀はスケッチブックを立てた。


「Cの三時間です。ほんとは、三時間といわず、何時間でもいいんじゃないかなと思ったんです。付き合ってるんだから、ずっと一緒にいたいって思うんじゃないですか。しらんけど」


 またも、答えが分かれたところで正解を発表する。


「正解は、Cの三時間でした」


 正解した書紀は、おおおおーっと声とともにスケッチブックを頭の上に掲げた。


「書紀の仰るとおり、三時間以上が正解です。多くの人は二、三時間は見栄を張っているもので、理性の仮面を脱いで本音がでるのは三時間以降。相性が合うかを見極めるなら長時間いっしょにいた方がいいそうです。それに短時間を何度もくり返すより、一回に長時間いた方が好感が持てるそうです」


 なるほどね、と三人はうなずきながらスケッチブックのページをめくった。


「問題。統計学に基づけば、良い人に巡り合うのに最良なのは次のうちどれでしょうか。A、 自分の好みに関係なくたくさんの人と連絡を取る。B、十二人以上、デートする。C、毎日同じ電車の車両に乗る」


 書き終えてスケッチブックをふせるのをみてから、進行役は声をかけた。


「一斉にスケッチブックをオープン」


 進行役の声に合わせて、三人はスケッチブックを立てた。

 書紀はBと解答。

 部長、副部長はそれぞれAと答えていた。


「ぼくは電車通学していないのでCは外しました。でも、いろんな人に会うのは必要だと思うんですよね。質より量といいますから。クラスの女子なら連絡は取れるけど、十二人以上デートするのは厳しいと思ったので」


 副部長の説明の後、部長が続く。


「毎日同じ電車に乗っていても、学生だけが乗ってるわけじゃいですから。通学時間なんて、サラリーマンも多いですからめぐり合わせは難しい。デートすれば相手のことがわかるだろうけど、わかるのと可能かは別ですから」


 二人のあと、書紀が口を開く。


「この場合、可能かどうかは脇においておくべきと思いBにしました。できるのかと聞かれたら、無理ですけどね」


 えへへ、と書紀は笑った。

 進行役は、三人のスケッチブックを見回してから告げた。


「正解は、Bの十二人以上、デートするでした」


 ブブブー、と部長は下唇を震わせて音を鳴らした。


「十二人以上とデートすると相性のいい人を見極める力がつくため、長期的な恋愛に発展しやすいのだそうです」

「直感を養うためには日々の体験の積み重ねが大事、ということですね」


 部長は書紀に拍手を贈り、


「経験を積んで知識を蓄える。恋愛もクイズと同じなんだ」


 副部長も手を叩いた。


「次は最終問題です」


 進行役が声を上げる。

 三人はすぐにスケッチブックをめくり、ペンの蓋を外した。


「現在、書紀が三ポイントとリードしていますので、最終問題に正解できても逆転はできません。なので最終問題の正解者には三ポイントあげたいと思います」


 進行役の言葉を聞いて、よっしゃーと部長が声を上げる。

 手首をほぐす副部長もやる気だ。

 書紀は深くため息を付いて、早押しボタンに指を乗せた。


「問題。男性は魅力的な異性に自分のことを知ってもらおうと自分の話をしたがる傾向があるのに対し、女性は好意のある男性にどのような態度を取るでしょうか。A、質問してくる。B、おしゃべりになる。C、そっけない態度を取る」


 三人は、最後の問題の選択肢をスケッチブックに書き込み、伏せた。


「では、一斉にオープン」


 部長は、A。

 副部長は、B。

 書紀は、Cとスケッチブックに書いていた。


「部長、Aですか」

「 デンマークの格言に『質問するのを恐れる人は、 学ぶことを恥と考えている人だ』とあるくらいですからね」

「なるほど。副部長はBですか」

「正直よくわからないですけれど、女子相手と話すときはいつも、おしゃべりな子なので」

「そうですか。書紀はCですか」

「やっぱり、意識してる相手を前にすると緊張して話せないって聞きますから。いわゆるツンデレのツンですね」

「なるほど、わかりました。それでは発表します」


 三人の解答が出揃ったところで、進行役は深呼吸をする。

 部長、副部長、書紀はそれぞれ、スケッチブックを握りしめていた。


「本日の優勝は、部長です。正解はAでした」

「よっしゃー」


 大声あげて、部長は両腕を突き上げた。

 副部長と書紀は、スケッチブックから手を離し、称賛の拍手を部長に贈った。


「女性は本気で恋愛しようとすると、はじめに相手の情報収集から始めます。つまり、相手に興味がなければほとんど質問しません。付き合う前なのにおしゃべりな女性は相手に興味がない可能性が高いです」


「ということは、ぼくに興味がないってことだったのか」


 乾いた笑いをした副部長は、やがてため息に変わった。


「現実は、ツンツンしててもデレないってことなのか」


 額に手を当てる書紀は、うつむいて肩を落としていた。

 そんな三人を見ながら、


「というわけで本日の恋愛雑学クイズは、部長の優勝で終わりたいと思います。このあと、デートなのでお先に失礼します」


 進行役の橘は三人に一礼すると、いそいで教室を出ていった。

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